住む場所や時間を問わず誰もが自由に働ける場をつくる(ランサーズ株式会社 社長 秋好陽介)
キラリと光るスモールカンパニー掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。
ウェブ上で、個人・法人を問わず仕事が受発注できる日本初のクラウドソーシングサイトを運営するランサーズ。
現在、社名を冠したサイトの登録者数は22万人を超え、依頼件数は24万件、顧客数は5万5000社に達する(いずれも累計。2013年12月15日現在)。
「新しい働き方を提案したい」という思いから同社を立ち上げた秋好陽介社長に、成長の軌跡を聞いた。
◇ ◇ ◇
先日、ランサーズの秋好陽介社長(32歳)のもとに、40代の主婦から感謝のメールが写真付きで届いた。
「こんな田舎なのに、ランサーズさんのおかげで仕事ができて、本当にありがたいです」
写真には、自宅の裏を流れている小川で子供たちが元気よく遊ぶ姿を窓越しに見ながら、パソコンに向かい仕事をする主婦が写っていた。
「うれしかったですね。ランサーズの登録者の7割は地方在住者です。どこに住んでいても仕事ができる、ということをこの写真は象徴しているんです。ランサーズを立ち上げてよかったと心の底から思いました」と秋好社長は微笑む(以下、発言は同氏)。
ランサーズは、個人法人を問わず、誰もが、いつでもどこでも自由に仕事の受発注ができる「クラウドソーシング」サイトを運営している。クラウドソーシングとは、ウェブで不特定多数の人たち(クラウド)に業務をアウトソーシング(外注)するという新しい働き方である。
社名を冠したサイトへの登録者はフリーランスが中心で、22万6,437人に達する(数字は2013年12月15日時点。いずれも累計、以下同様)。同社では登録者を「ランサー」と呼び、社名もそれに由来する。仕事を発注するクライアント数は5万5,306社、依頼件数は24万6,743件に達している。依頼総額はのべ187億5,232万円だ。この規模は、同種の国内サービス事業者の3倍以上あり、最大手である。
同社の収益の柱はランサーから得る利用手数料で、依頼金額が20万円を超えると5%、10万~20万円で10%、10万円以下の場合20%となる。登録や仕事の依頼は無料だ。
ランサーにはデザイナー、ライター、システム開発者など様々なクリエイターがおり、多種多様な仕事がやりとりされている。最も件数が多いのは、ウェブ制作やプログラミングなどのIT系だ。最近では記事執筆や翻訳も増えているという。そのほか、イラスト、ロゴの制作や、映像関係の仕事も多い。
月間で平均1万6,000件ほどの仕事が新規発注され、成約率は50%以上だ。ランサーズからの仕事だけで、300万~500万円の年収があるランサーは200人ほど。800万円以上というランサーもいる。
受発注から納品までウェブ上で完結
たとえば奈良県在住のデザイナーは、ヒラカワコーポレーションという寝具・インテリアメーカーの信頼を得て、パッケージデザインの8割近くを1人で受注している。他のクライアントからのリピート発注も多く、ランサーズを通しての収入は、週3日ほどの労働で十分に生活できる金額に達する。
これだけ多くの仕事をやりとりしているが、このデザイナーと企業の担当者は1度も顔を合わせたことがないという。ランサーズでは、基本的にランサーとクライアントは会うことなく、仕事の受発注から納品までウェブ上ですべてが完結する。
「直接会わなくても担当者は彼を高く評価しています。ウェブだけの付き合いでも、心が通じ合っているのだと思います」
通常はクリエイターとクライアントの間には広告代理店やプロダクションが入り、企画の打合せや交渉を行なう。クリエイターにとってはクライアントと折衝する手間は省けるが、取り分も少なくなる。クライアントにとっても個人とやりとりするリスクは軽減できるが、代金は高くなる。ランサーズを介することは双方にメリットが多い。
またランサーズでは、ランサーとクライアント間のリスクを回避する様々な工夫がなされている。たとえば、金銭面でのトラブルを防ぐため、契約が成立するとクライアントからランサーズがあらかじめ代金を預かり、仕事が完了してからランサーに支払われるという「エスクロー(仮入金)方式」を採用した。トラブルなどで仕事が完了しなかった場合は、クライアントには代金が全額返還される。このしくみにより、悪意のある業者は排除されるわけだ。
仕事中にランサーと連絡が取れなくなった場合、サポートチームから自動的にメールで連絡を催促するシステムも開発した。何度催促しても連絡がないときは、契約が破棄される。逆もしかりだ。依頼通りに仕事をしたのに、クライアントと連絡が取れなくなった場合も、代金は仮入金したなかからランサーに支払われる。
ランサーの信頼性を担保するために、登録時には書類による本人確認、機密保持の意思確認などを行なう。またランサーのスキルを明確にするために、世界標準のスキル認定試験を行なっているアメリカのエキスパート・レイティング社と提携し、オンライン試験を実施している。IT技能だけでなくデザインや執筆のレベル試験もある。実績や評価によって、ランサーをビギナーからトップまで5段階にランク分けする機能もある。また、仕事が完了すると、ランサーとクライアントが相互に評価しあうしくみもつくった。そのすべてがウェブ上で行なわれ、ランサーもクライアントもランサーズの事務所に足を運ぶ必要もない。
ランサーズで仕事を受発注するには、3種類の方式がある。まず「コンペ方式」はクライアントの依頼に、ランサーが直接「作品」を応募して競う方式。ロゴ制作など、1つの作業で完成する仕事が多い。
次に「プロジェクト方式」は、クライアントの依頼に対して、ランサーがスケジュールや手順、予算といった「計画」を作成し提案する方式だ。ウェブ制作やアプリ開発など複数の工程が必要な作業が多く、クライアントは提案を確認後、ベストプランを選び、仕事を発注する。
プロジェクト方式にランサーが参加しやすくなるように、2013年12月には「ランサーズマイチーム」という新サービスをリリースした。これは1人のランサーがリーダーとなり、得意分野が異なるランサーを集めてチームをつくることができるサービスだ。チームをつくることにより、規模の大きなシステム開発や複数のスキルが必要な仕事を提案することが可能となる。チーム内でのファイル共有やメッセージ機能も提供されている。クラウドソーシングでのこうした試みは日本初だ。
「マイチームは様々なスキルをもった人たちが集まって大きな仕事をできると同時に、ランサーのスキルを向上させるシステムでもあります。チームの中心に実力派ランサーがいるため、まだビギナーのランサーは、仕事をしながらスキルを伸ばすことができます」
3つ目の「タスク方式」はデータ入力やアンケートなど、大量の単純作業を依頼したいクライアントと、空き時間に仕事がしたいランサーをマッチングする方式だ。クライアントはランサーズサイト上に作業用テンプレートを作成し、期限、単価を明示した依頼を公開する。それを見た手の空いているランサーが、作業をするしくみである。単価は低いことが多いが、空き時間に作業できるので、専業主婦のランサーにも人気がある。多人数で作業するので納期が早く、クライアントにも好評だ。
自分に合った方式の働き方を選択
本業をもちながら空いた時間にランサーズで働く人もいる。IT関連会社で働いていた男性は、家業の農家を継ぎ果樹栽培を行なう傍ら、手が空いたときにランサーズでウェブ制作を行ない、毎月5~7万円ほどの収入を得ている。農業を始めたいが生計に不安を感じている人も、ランサーとして一定の収入を得ながら農業に携わるという新しい働き方も可能になる。
海外在住の主婦が仕事を得ているケースもある。結婚後スペインに住むことになったその主婦は、言葉の違いから現地では働くのが難しかった。しかしデザインの経験があったため、ランサーズで日本の企業と仕事をし、月10万円程度の収入を得ているという。
大企業もランサーズを活用し始めた。パナソニックはデジタルカメラのデザインをランサーズで発注し、1,300案集まったなかから、50種のデザインカメラを生産した。またユニバーサルミュージックでは、所属アーティストのミュージックビデオをランサーに依頼した。ランサーと企業のコラボ商品も増えている。
個人事業主からの依頼も多く、名刺やロゴのデザイン、ホームページ作成などをランサーズで行なっている。浅草にある鯛焼き屋では、店舗のロゴ制作から始まり、鯛焼きの金型デザインまでランサーに任せるようになった。忍者の形をした「忍者たい焼き」が人気だという。
日本初のクラウドソーシングサイトを構築
秋好社長は1981年に大阪で生まれた。大学入学後にサイト構築やネット広告を制作するベンチャー事業を起こし、4年生のときには1,000万円以上を売り上げていたという。卒業後の2005年にIT大手のニフティに入社、サービスの企画・開発を担当した。
「入社時は起業したいとはそれほど思っていなかったんです。しかしプログラムやサービス開発を外注するとき、ニフティが相手にするのは安心感のある大手企業中心で、コストは高いし、納期が早いこともない。学生ベンチャーの時代にお世話になった個人の方に頼んだら半分のコストで、もっと早く上げることができると思いました。しかし、いくら上司を口説いてもうんと言わない。そのうち、能力のある個人と会社を結びつけるしくみがあればいいと思うようになりました。調べてもそのようなマッチングサービスは存在しない。それなら、自分でつくってしまおうと思ったのです」
秋好社長は08年3月に退職すると、リートという会社をパートナーと2人で創業。社名は、リアルとネットを掛け合わせたものだ。その後12年にランサーズに社名を変更した。当初、システム開発は外部の業者に委託していたが、途中で仕事を放棄されるというトラブルがあり、大半を秋好社長とパートナーで完成させた。デザイナーだったパートナーは必死でプログラミングを勉強、いまではエンジニア部門を統括している。08年12月にランサーズのサービスを開始したが、それから2年間、毎月10万円程度の売上しかなかった。
「川崎のインキュベーションオフィスに入れたので経費はそれほどかからなかったのですが厳しかったですね。資本金を食いつぶしながら、システムを改良し続けました。なかなかランサーもクライアントも増えず、何度もやめようかと思いました。でも支持してくれる人も多かったので、その声を支えに頑張りました」
秋好社長はランサーたちと一緒に少しずつ実績を積み、広報活動を地道に続けた。徐々にクラウドソーシングの有用性が知られるようになり、クライアントと登録ランサーの数も増えていった。当初、発注価格をクライアントに任せていたが、次第に単価が下がり、ランサーにとって割に合わない価格の仕事が増加してしまう。秋好社長は悩んだすえ、09年に「最低価格制度」を導入、案件ごとの最低単価を決めた。この決断が分岐点となる。一時的に依頼件数は激減したが、ランサーは安心して働けるようになり、仕事の質も向上。依頼件数も徐々に戻っていった。
「女性やシニアをはじめ、高い能力やスキルがあるのに働く場のない人たちはたくさんいます。住む場所の関係で仕事がない人も多いでしょう。ランサーズを始めたことで、多少なりともそうした方たちのお役に立てたのではないかと思います」
秋好社長は17年には、ランサーズからの収入だけで生活できるランサーを、1万人に増やしたいと語る。そのとき、ランサーという新しい働き方は完全に定着するだろう。
月刊「ニュートップL.」 2014年2月号
吉村克己(ルポライター)
掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。