下請けの塗装会社から脱すべく社員の意識を変え、“困りごと”市場を開拓(株式会社オークマ工塗・社長 大熊重之氏)
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塗装会社の経営者であり職人だった父にあこがれ、塗装業界に身を投じた大熊重之社長は、親会社の注文に合わせて余裕なく仕事をする下請けの状況を変えるべく、社員の意識改革を図りながら、小ロットで高品質の手吹き塗装に脱皮した。さらに、特殊な塗装や、賃貸住宅の内装を低コストでリフォームする新ビジネスにも参入している。
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大阪府東大阪市の多くの中小製造業が軒を連ねる一角にあるオークマ工塗の本社に入ると、そこはショールームになっており、多彩な塗装を施された製品サンプルが並んでいる。
目を引くのは、自動車タイヤに金色の塗装を施したサンプルだ。同社の大熊重之社長(45歳)に「このタイヤで走ることはできるんですか」と聞くと、「接地面の塗装は削れますが、横面は大丈夫。ゴムに合わせて伸び縮みする塗料なんです」と言う(以下、発言は同氏)。
このタイヤは、自社で面白がってつくったサンプルで、ホームページに掲載したところ商社から問い合わせがあり、海外での販売が決まったという。
壁面の棚に目をやると、携帯電話が何台か展示されていて、それぞれの筐体に写真を貼り付けたような塗装がある。この技術は、たとえれば水面上に墨汁を垂らし、それを紙に写し取るような方法だという。同社では、この技術を使って、一般ユーザー向けの「オリジナルダイレクト水圧転写(ODS)」というサービスを展開。スマートフォンなどのボディに自分のペットや好きな写真を転写し、ペットショップなどでの販売、宣伝活動といったニーズを想定している。料金は4,500円で、昨年12月に「ディーズコレクション」というサイトをつくり、スタートした。
ほかにも、業界では不可能といわれていたシリコンゴム塗装も可能にし、黒色か白色のみだったカチオン電着という技術でどんな色でも塗装できるようにするなど、新たな技術に積極的に取り組み、実用化している。
90分以内に塗装する画期的なサービスも
同社は小ロットの小物に対して、「手吹き」という一つひとつ手作業で行なう高品質塗装をメイン事業とする。塗装する素材は金属系、樹脂系から陶器まで幅広い。塗料や塗装技術も多岐にわたり、どんな注文にも応じられる体制を整えている。
取引先は自動車部品、家電部品、建築金物、ガス器具、雑貨など部品メーカー250社ほど。同社だけではすべての注文をさばき切れないので近隣の同業10社とグループを組み、同社が窓口となって各社が得意とする塗装技術に合った仕事を回す。
「トヨタの高級車のカードキーを塗装する仕事を受けたとき、品質管理の厳しさに驚きましたが、同業他社で50%近かった不良率を5%以内に抑えて評価していただきました」と大熊社長は、少し誇らしげに語る。
同社の工場はクリーンルームになっており、不良を起こすほこりや粉じんを寄せつけないように工夫されている。
同社のホームページには、「問題、解決いたします!」の文字が溢れている。塗装に関する困りごとであればどんなことでも解決するのが同社のポリシーであり、ここにニーズがあると考え、事業の焦点を絞っている。さらに、大熊社長は「部品塗装のコンサルタント」としてブログを綴り、ホームページに納品事例などを掲載するうちに、同業他社に依頼してできなかった仕事が飛び込んできたり、難しい注文を受けた塗装会社が困って同社に駆け込むようになった。
「私自身、もともと新しいことにトライするのが好きなんです。これまでやったこともない仕事を受けるうちに、手がける塗装の幅が広がりました」
08年頃から、業界初の「試作塗装」を始めた。たとえ一個でも顧客の要望を聞き出しながら塗装を行なう。急な塗装依頼にも対応し、加工製品を同社に持ち込んだ場合、90分以内に塗装する「クイックタイム90」というサービスを開始。宅配便で持ち込まれた場合は、到着した翌日に発送する。一週間程度の納期が当たり前のこの業界において90分で仕上げるスピードは、他の追随を許さない。
兄弟で継いだ会社から独立して創業
海外から調達した部品の塗装上のトラブルを解決する「海外調達レスキュー隊」というサービスも始めた。塗り直しだけでなく、不良を分析し原因を突き止め、海外工場で塗装改善などのコンサルティングも行なう。
「こうした問題を抱えているお客様は見つけにくく、われわれのサービスを伝える手段も限られています。いまのところ注文はあまりありませんが、マーケットは必ずあると思います」
大熊社長によると、大阪の工業塗装はミシンの黒塗りから始まった。刷毛目が出ないように塗るのが職人の技だったという。大熊社長の父正明氏が1959年に同社の母体となる大正インダストリーを創業し、ミシン塗りの仕事を中心に手がけ、最盛期には30人を超える社員を抱える会社に育て上げた。
そんな経営者でもあり職人でもある父の背中を見て育った大熊社長は、職人にあこがれ、18歳で入社し、現場や営業、技術開発などを経験した。
59年には兄正裕氏が社長に、大熊社長が副社長に就任。兄弟で会社を盛り立てるようになった。だが、お互いに気を遣い、思うように仕事を進めることができない。やがて、大熊社長の中に自分の考えで経営したい思いが膨らんでいった。
「塗装業は、下請けの最たるもの。取引先の注文に合わせて、色を塗ってお戻しする。納期もいつも余裕がなく、自ら生産計画を立てることなどできず、親会社一社で売上の半分ぐらいを占めるので仕事が専門化、細分化して、基本的にいつも同じ素材を同じ技術で塗装している。私は、親会社以外の注文も何でも受けました。そのうちにノウハウがたまって、扱う素材や技術が広がっていきました」
こうした考え方が兄と異なったのだろう。大熊社長は同社の休眠子会社を復活させ、2000年にオークマ工塗を設立。
とはいえ、当初から何か新しいことをやろうと決意していたわけではなかった。社員1人とパート3人ほどでスタートしたときは、経営者としての自覚は乏しく、得意先から受けた仕事を誠実にこなしていけばいいという職人的な考えが強かった。
品質に自信はあったが、あるとき顧客から「お宅は社長しか話をできる人がいないね。悪いけど、社員は挨拶一つできないよ」と文句をつけられた。
「当時は3人ほど職人がいましたが、やる仕事は決まっていて、他のことには手をつけようとしない。離職率が高くて人が育たず、より高い品質をめざすことができませんでした。これではお客さんの信頼を失ってしまうと思いました」
社内改革を決意し人づくりに注力する
危機感を抱いた大熊社長だったが、どうすればよいのか答えが見つからない。そこで中小企業家同友会に入って集会に参加したり、知り合いの社長から話を聞いて回り勉強に励んだ。
「いまでこそ『社員の幸せが第一』と言っていますが、創業当初は給料さえ高ければ人はよい仕事をすると単純に考えていました。ところが、知り合いの板金屋を見学したとき、給料はうちより安いのに、社員が皆、明るく働いていた。3S(整理・整頓・清掃)も行き届いていて、驚いてしまいました」
これをきっかけに、大熊社長は社内改革を決意。3Sや朝礼など、仕組みづくりに着手した。だが、3Sは一週間も続かず、ISO9001は導入できたものの、仕事の記録ができない。大熊社長は怒鳴ったり、なだめすかしたりと試行錯誤するが、ルールは守られず、社員の離職は止まらなかった。
そのような日々が続いていた06年頃、1冊の本に出合った。ある経営コンサルタントから勧められた、スティーブン・コビー著『7つの習慣』である。ビジネス書としては異例の世界的ベストセラーで、人生に成功をもたらすものは主体性、目的意識、優先順位、Win Win、理解、相乗効果、自己研鑽の七つの習慣にあると説いている。大熊社長はその考え方に大きなショックを受けたという。
「会社がボールだとすると、外側が組織、その内側の層がマネジメント、さらに内側に人間関係があり、真ん中に社員個人がいる。私はそれまで、外側ばかりをつくろうとして、真ん中を育てることを疎かにしていたと気づいたんです」
そこで、『7つの習慣』を紹介してくれたコンサルタントを招いて、勉強会を始めた。社員全員が同書を読み、月1回、集まって自分たちの立場に置き換えながら話し合いを繰り返した。
新しい経営理念の作成にも取り組んだ。パートを含めた全社員の意見を活かし、「個人の幸せを追求するために、主体的に行動し優れた人格の形成と能力を高めます」など4つの理念にまとめ、同年12月に改訂した。
勉強会を通じて、『7つの習慣』の用語や考え方が社内に浸透し、それを共通語として会議できるようになると、徐々に社内の雰囲気が変わり仕事にも事業にも計画性が生まれた。仕事と会社を自分の人生に重ね合わせる社員が増え、自然にリーダー的な存在も育ち始めた。離職率は下がり、全員がパソコンを使いこなして仕事の記録を残し、顧客対応も改善していった。
クイックタイム90などは、この下地があってこそ可能になった。現在、営業を担当する社員3人は、顧客のニーズに応える提案ができるようになっているという。こういった経験から大熊社長は、社員の感動こそが顧客満足につながると考え、それを生涯めざす「100年ビジョン」も打ち立てた。
そんな大熊社長の本気度を示すエピソードがある。07年のこと、当時、売上の2割を占める得意先の注文を切ったのだ。手間がかかり社員が疲れ切っているのに、それほど利益も出ない状況を見ての判断だった。
「これまでの大量生産というスタイルはもう終わりだと思っていましたし、忙しすぎて勉強会もできない。半年間悩みましたが、思い切って断りました。売上は減りましたが、利益率は少し改善しましたよ」
社員は、この決断に大熊社長の覚悟を知ったに違いない。クイックタイム90などの新サービスも手がけ始め、順調に業容は拡大していった。
賃貸住宅の空き室をリフォームする新事業
ところが、リーマンショックが同社にも影響を及ぼした。仕事量は激減、「品質さえ高ければ注文は来るという考えは経営者として内向き過ぎた」と大熊社長が言うほど、顧客の意識は変わった。従来の土俵だけで戦っていては生き残れないと、関係する取引先とその顧客と同社のメリットを追求する新ビジネスを模索し、現在、2つの事業の展開を図っている。
その1つが、冒頭に述べた「オリジナルダイレクト水圧転写」だ。同社にとって一般ユーザーを対象にするビジネスは初めてだがリサーチを重ねた結果、手応えを得ているという。
もう1つが賃貸住宅向けの内装リフォームサービスである。特別な技術がなくても誰でも自由な色できれいに塗れ、消臭、抗菌、防カビ、抗ウイルスなどの効果をもつ内装用塗料を開発。同社が直接、リフォームを手がけるわけではなく、この塗料を核にしたビジネスを進めている。室内塗装や床修繕、インテリアの手直しなど丸ごと低コストでリフォームを請け負う専門家を育てるスクールを開き、4日間程度で実務を教え、塗料・資材などを提供するのである。
「バリファリペアシステム」という名称で、室内塗装は壁のクロス貼り替えに比べて3分の1程度のコストで、1ルーム標準15万円ほどで改装できる。賃貸住宅の空き室対策として提案するとともに、工務店や大工、建材店などを対象に2011年2月からスクールを始め、現在11人ほどが受講。職人でなくても、女性や高齢者でも習得すれば1人でできるという。
「得意とする塗装ジャンルで新ビジネスの種をまき、どんどん育てて社員をその会社の社長にする〝農場経営〞をめざしています。究極の教育は社長になることですから」
〝オークマファーム〞の収穫の時期が楽しみだ。
月刊「ニュートップL.」 2012年1月号
吉村克己(ルポライター)
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