世界初、バネを使ったメンテナンス不要の濾過装置を開発し見事に下請けから脱皮(株式会社モノベエンジニアリング・社長 物部長順)
キラリと光るスモールカンパニー掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。
高度な技術力で環境や医療、光にかかわる分野の製品製造を手がける精密機械加工メーカー、モノベエンジニアリング。同社を育て上げた物部長順社長は、不毛な価格競争にさらされる下請け部品メーカーから脱皮を決意し、世界初の、バネを使った濾過装置を開発した。6年の歳月と3億円を投じた冒険は少しずつ果実を実らせている。
◇ ◇ ◇
食品や化学工場から飲料水、温泉に至るまで、濾過は近代文明に欠かせない技術である。一般的には膜や濾過筒、砂などが濾材に用いられるが、定期的に交換、洗浄するなどコストと手間がかかる。
千葉市花見川区に本社を置く社員数13名のモノベエンジニアリングの物部長順社長(71歳)は、濾過装置にかかわる手間を省き、ほぼメンテナンスが不要で、ランニングコストを抑える画期的な仕組みを備えた「モノMAXフィルター」(以下、モノMAX)を6年の歳月と3億円の費用を投じて開発した。
濾材として誰も思いつかなかったバネを活用する世界初のアイデアを実現。錆びに強いステンレス線を螺旋(らせん)状に巻いた筒状バネ式フィルターは、線と線の間に規則的に数10マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリの1,000分の1)の高さの突起を設け、わずかな隙間ができるようにつくられている。
この微細な隙間が濾材の穴と同じ役割を果たす。汚濁水などをバネ式フィルターの外部から吸い込むときには、バネがその力によって内側に引っ張られて隙間を狭め、汚濁物がこしとられる。しばらくすると、バネ式フィルターの周りにはびっしりと汚濁物が付着する。完全に目詰まりすると内部から外部に向けて液体を逆流させ、その圧力によってバネの隙間が開いて汚濁物が一気に洗い流され、排出される仕組みである。これを「逆洗浄」と呼んでいる。
この作業を自動で行なうため、基本的にはフィルターの交換も洗浄も不要なのである。
細菌も除去できる汎用型の万能濾過装置
「一般的な濾過装置より幅広い汚濁水や粉じんなどに対応でき、バネ式フィルターの隙間は10から90マイクロメートルの間で設定できます。汎用性フィルターとして濾過性能はダントツに高く、ランニングコストは多孔質の精密フィルターに比べて数10分の1から数100分の1と桁違いに安いのですが、バネが安い素材と見られ、性能は高いのに相応の値段の濾過装置と思ってもらえないのが残念です」と物部社長は悔しさをにじませる(以下、発言は同氏)。
モノMAXは濾過する対象によって様々にカスタマイズできる。たとえば、高い濾過精度を発揮する必要はないが流量が多く、処理スピードを求められる場合、バネ式フィルターの突起を高くして隙間を広げる。
一方、微細な汚れまで濾過する場合は、突起を低くして隙間を狭めるとともに、珪藻土からつくられた濾過助剤を汚濁水に混ぜて、わざと目詰まりに近い状態にする。珪藻土がバネ式フィルターに付着することで濾過材の役割を果たし、なんと最小で0.1マイクロメートルの粒子までこしとる。一般的に細菌のサイズが0.5マイクロメートルなので、雑菌類も問題なく除去できるという。
当初、粘度の高い汚濁物はバネ式フィルターの周囲に固着し、逆洗浄しにくかったが、その後、改良を加え、現在では液体に空気の泡を混ぜて高圧で一気に洗浄する装置も開発し、この問題を解決した。これまでに食品・化学工場、温泉施設、トンネル工事濁水処理などを中心に、330台ほどを納入している。
一般のフィルターでは対応しにくい案件が多く、基本的に濾過する対象にあわせてカスタマイズしている。そのため、装置の完成まで早くて半年、長引くと2年ほどかかるが、モノMAXの性能を求めて引き合いは絶えないという。
海外からの大型案件への対応に課題も
「既存の濾過設備の代わりに導入するケースは少ないので、新設の工場への納入が多いですね。従来の装置で有害物質を濾過する場合、水槽の下に沈降させるための凝集剤を使わなければなりませんでしたが、モノMAXにはそうした処理剤も不要です。処理剤である化学薬品などは、1トン当たり100万円もする高価なものがありますから、ランニングコストの少ないモノMAXを備えれば、すぐに元がとれますよ」
モノMAXは使用するバネ式フィルターの本数やサイズによって様々なバリエーションを用意できる。フィルターを10~20本程度使う小型装置ならば300万~500万円から。大型装置では数1,000万円になる。
モノベエンジニアリングに隣接する特別養護老人ホームでは、5年前に飲料用地下水の濾過用としてモノMAXを導入。同ホームはショートステイやデイサービスなども併設する施設であり、従来の水道水に比べて年間800万~900万円の経費節減につながった。装置代が約2,200万円だったが、これまで部品交換もしていないので、約3年で元がとれた計算だ。
「お客様から用途や仕様に関するお話をうかがって、当社の製品を導入することでお客様にメリットがあるかどうか判断して対応を決めています。商談は当社にあるデモ機をご覧いただき、仕組みを理解してもらってから始めるんです。難しい案件でも技術的に挑戦する価値があればお引き受けしています。ただ、家庭用はいまのところお断りしている状況です」
同社では、とくに積極的な営業をしておらず、販売代理店も置いていないが、電話やホームページを通じて多くの問い合わせが舞い込んでいるという。
唯一、濾過関連企業などと提携して販売しているが、それらの企業が自社の装置で対応できない案件を同社に持ち込むので、技術的な難度が高い仕事が多い。海外からの引き合いも増えており、現在までにフランス、イタリア、韓国、タイ、中国、フィリピンなどに納入した。
現在、上海交通大学と共同開発で上海の河川浄化や巨大な化学工場の排水処理などの案件を進めているが、具体化はまだ先のようだ。同社は、環境学で著名な瀧和夫元千葉工業大学教授を招き、自社に研究室を設けて共同研究を行なっている。瀧氏は上海交通大学の客員教授でもあり、同プロジェクトを一緒に進めているのである。
このほか、中近東からも海水を飲料水に変える装置の開発に関する相談が持ち込まれるなど、大型案件は複数ある。ただ、同社の限られた人員では、海外に駐在してまで対応できないのが課題だという。
「大半の総合商社の部長クラスの方にもおいでいただきました。デモ機をご覧になると感心されるのですが、その後、商談が具体化することはありません。それは、モノMAXがフィルターなどの消耗品を使わず、メンテナンスも不要だから。商社が扱っても装置を納めたら終わりで、その後に収益を上げられないんです」
こうした収益構造ができあがっている濾過業界では、画期的で優れた製品ほど受け入れられにくいようだ。
3,000万円以上の不渡りを食らった経験も
1941年生まれの物部社長の姓は「もののべ」と読む。古代、蘇我氏と覇権を争った物部氏の末裔である。出身は秋田県で、弟が大仙市にある唐松神社の第64代宮司の職を継いだ。
「社名を『モノノベ』にすると呼びにくいと思ったので、『モノベ』にしたんです」と笑う。
物部社長は東京の大学で工学を修め、一部上場の機械部品メーカーに就職した。枠にはまらない性格で、会社の規則などお構いなしで、夜中まで働いては毎朝、遅刻。外部の取引先に出向くと、その工場の技術や設備を学ぼうと、丸1日会社に戻らなかったという。
上司の指示にも従わず、「あいつは生意気だ」とにらまれたが、社長はそんな物部社長の資質に気づいたのだろう、設計から旋盤、溶接、プレス、品質管理と社内の現場を一通り経験させ、さらに、外の企業に出向を命じて武者修行もさせた。そのうち、若手ながら生産全体を見渡せるほどの知識と技術を得て、様々な生産改善に成果を上げるようになった。
たとえば、部品のプレス加工を13工程から3工程に短縮したり、ネジの加工法を合理化して年間1,200万円ものコスト削減を果たした。物部社長の月給が当時3万円弱というから、給料の30倍以上もの働きをしたことになる。
だが、まだ若いということもあったのか、こうした規格外の働きは、大企業では正当に評価されにくい。物部社長は、自分のいるべき場所を求めて3年半で退職。68年に26歳でモノベエンジニアリングを設立した。電話番役の夫人との2人だけのスタートだった。
出向先企業の社長と懇意にしていたことから、その事務所の机を借り、設計を手伝うことになった。おもに家電製品の設計を手がけ、髪の毛をセットするためのスチームアイロンや自動缶切り機などを開発した。
右肩上がりの時代で、順調に収益が増えたが、好事魔多し。72年、取引先の1つが倒産して3,000万円以上の不渡りを食らった。支払いを待ってもらうために仕入れ先や下請け先などに頭を下げて回り、必死で稼いで完済した。その後、73年のオイルショックでも不渡りをつかまされたが、下請け先は協力してくれたという。
金型工場の視察からバネ式フィルターを考案
物部社長は現場に精通し、生産工程を熟知していたことから、自ら加工法まで設計し、複数の加工下請けとネットワークを組んで効率的に仕事ができた。そのため、同業より安く高品質な製品を仕上げるという評判が口コミで広がって注文が増え、次第に幅広い技術力を身につけて、どんな依頼でも引き受けられる精密加工会社として知られるようになっていった。
80年、自動車向けに障害物との距離を測る超音波センサーの部品を村田製作所と共同開発。87年にはCDの読み取りレンズを支える部品を大手オーディオメーカーと共同で手がけた。このころになると大手メーカーとの取引が増えていった。
だが、こうして開発した部品も競合製品が世に出るようになると値が下がり、CDの部品については1個10円から30銭まで下がり、物部社長は下請け部品メーカーとして生き残る厳しさを実感。その状況を脱するために、自社オリジナル製品を生み出そうと決意した。
物部社長が大手金型メーカーの工場を視察したとき、工場の裏には鉄くずが混ざった排水を処理する際に使ったフィルターが山積みされていた。そのメーカーの社長が「排水の濾過におカネがかかって仕方がない」と嘆くのを聞いて、物部社長の挑戦が始まった。交換不要のフィルターをつくろうと考え、それまでの経験から利用できるのはバネしかないと直感した。93年のことである。
ただ、バネに突起を設けてフィルターの穴の代わりにするアイデアはすぐに思いついたが、ステンレス線に精密に突起をつくり、螺旋状に巻くのは至難の業だった。大手鉄鋼メーカーのバネの専門家(現在はモノベエンジニアリング専務)に相談したり、線材メーカーと共同で開発しながら工夫を重ねるうち、6年の月日と人件費も含め3億円のコストがかかったが、99年、ついに試作機が完成した。
画期的な製品はマスメディアからも注目されて話題になり、表彰も受けた。線材に突起をつくることを特許化していた企業から訴訟を起こされたこともあるが、勝訴して02年にはその特許を買い取った。
現在、九州大学と共同でタンカーなどのバランスを保つバラスト水の処理装置を開発中だ。海水であるバラスト水は、取水地とは別の場所で排水すると生態系を壊す危険があり、世界的に処理の義務化が進められている。将来、大きな市場になる可能性を秘めているのである。
「装置を簡素化し、標準タイプをつくって価格を下げたい」と語る物部社長の技術者魂は、ますます燃え上がる。
月刊「ニュートップL.」 2013年3月号
吉村克己(ルポライター)
掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。