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冷凍焼けせずドリップも出ない画期的な「液体凍結」を開発、食品保存に変革をもたらす(株式会社テクニカン・社長 山田義夫氏)

キラリと光るスモールカンパニー

掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。


通常、冷凍食品を解凍すると肉も魚もドリップが生じて品質が劣化する。
だが、テクニカンの山田義夫社長が開発した「凍眠」は、液体を使った画期的な凍結システムを用い、冷凍・解凍を繰り返しても品質が劣化しない。
20年近く保存しても冷凍焼けも起こさない冷凍装置だ。世間の認知を得るのに時間を要したが、これまでに累計1000台を出荷し、海外からも引き合いが届くようになっている。

◇    ◇    ◇

一般的に、冷凍した肉や魚を解凍するとドリップと呼ばれる汁が食品から出て、味や食感が損なわれる。ドリップとは、食品が凍結したときに破壊された細胞から生じる成分である。
ましてや一度、解凍した冷凍食品を再度、冷凍すると食べられる代物ではなくなるといわれる。
だが、テクニカンが開発した冷凍装置「凍眠」を使って凍結した食品は凍結・解凍を繰り返しても品質が劣化しない。
同社の山田義夫社長(65歳)は「百聞は一見にしかずですから実際に牛肉を凍結させてみましょう」と同社内にある調理室のような場所に案内してくれた(以下、発言は同氏)。

「凍結・解凍を繰り返すだけじゃ面白くない。解凍した牛肉の繊維が切れるほど、思い切り拳(こぶし)で叩いてみてください」

言われるまま、ビニール袋に入った厚さ1センチほどのステーキ肉を勢いよく何度か叩いた。それを凍眠の中に入れると、液体の中でみるみる牛肉が凍っていくのが見てわかる。わずか数分で凍結してしまった。

通常の急速冷凍は冷風を吹き付けるが、凍眠は水にエチルアルコールを60%添加し、マイナス30度に冷やした水溶液によって固める〝液体凍結システム〞である。

驚くべきはそのスピードだ。厚さ1センチの牛肉は冷風なら1時間かかるが、凍眠は3分。2センチの牛肉でも8~10分で凍らせてしまう。

解凍も早い。流水にさらすと、牛肉はたちまち生の状態に戻った。山田社長に促され、解凍された牛肉を再度、拳で叩くとボロボロの雑巾のようになってしまった。それをまた凍眠へ。再び解凍して叩き、凍結。

通常の20倍のスピードで冷凍

どんな肉になってしまったのかとお感じになっていることだろう。再び解凍後に、山田社長が調理したその牛肉のステーキを口にして驚いた。
ドリップが出ていないため、味が損なわれず美味だ。解凍したマグロも賞味したが、牛肉と同様に一滴もドリップは出ておらず、味わいは生のマグロそのものだった。

「プロの料理人でも凍眠で冷凍後に解凍したものか生か、見分けがつきませんからね(笑)」

なぜ、こんな魔法のような冷凍が可能かと言えば、凍眠が液体の熱伝導を巧みに活かしたシステムだからだ。
急速に液体で冷凍するために氷の結晶が5ミクロンと、肉や野菜の細胞の大きさ(20~30ミクロン)より小さくなり、細胞の破壊を防ぐのである。

通常の冷風による冷凍では、100~200ミクロンの氷の結晶ができてしまうため、食品の細胞を破り、解凍したときにうまみや栄養が含まれるドリップが流れ出てしまう。

「凍結速度が遅いと、氷は突起状の結晶になって、細胞の内外から細胞膜を破壊します。液体は熱伝導が早いので、冷風の20倍の早さで凍結し、氷の結晶は小さく丸みを帯びた形になって細胞を傷つけません。マグロはマイナス60度で冷凍するからおいしく保存できるというのが常識ですが、凍眠では冷凍温度に注意する必要がない」

小売店などで販売される冷凍マグロのパック内には吸水シートが敷かれているが、それはドリップを吸い取るためのもの。マイナス60度でさえも品質が劣化することに変わりはない。

牛肉を焼いたときに表面からしみ出てくる赤い肉汁もドリップだ。そうした光景はジューシーに見え、食欲をそそるかもしれないが、鮮度のいい肉は実は肉汁など出ないという。

通常の冷凍では氷がシャーベット状になり、その隙間から酸化が進む。しかし、凍眠は凍結温度がマイナス100度と言われる窒素ガスの8倍のスピードで凍結し、氷がクリーム状になって食品を覆うので酸化などの劣化を防ぐという。

山田社長は自身の言葉を証明するため、凍眠と冷風で凍結させた一口サイズのゼリーを用意していた。口にすると、冷風による冷凍ゼリーは確かにシャーベットのようにシャリシャリした食感だったが、凍眠ゼリーはアイスクリームのように滑らかな食感で、ゼリーとは別の冷凍菓子になっていた。

通常、こんにゃくや豆腐は冷凍して解凍すると元に戻らなくなるが、凍眠では可能だ。果物も同様で、凍眠で冷凍したみかんをいただくと、市販されている冷凍みかんとは別物で「みかんアイス」として商品化できるような味だった。凍眠が苦手なのはウニぐらいだという。

冷凍食品を長く保存すると、冷凍焼けと呼ばれる品質劣化が起きる。これは食品表面の水分が蒸発して乾燥し、脂質が酸化したり、タンパク質が変質するからだ。ところが、凍眠ではこの冷凍焼けが起きない。19年前から保存している肉もいまだに鮮度を保っているという。

現在、凍眠には横幅と高さが1メートル強の小型機から横幅5メートル近い大型機までラインナップをそろえている。小型機で単体370万円、大型機では7000万円ほどになる。30メートルを超す生産ラインを特注で納入したこともある。

離島の水産業活性化にも貢献

凍眠シリーズの最上位機種が「TUST(タスト)」だ。赤身魚の身の変色を起こさない冷凍装置を作ってほしいという顧客の要望に応えて、10年がかりで山田社長が開発したものだ。

「赤身が変色するのは血液の鉄分が壊れるためです。理由は理解できても防ぐしくみを作るのに苦労しました。結局、圧力をかけることでより早く凍結でき、鉄分を破壊しないこともわかり、06年に発売しました」

TUSTはマイナス40度の液体を用い、通常の冷凍の25倍の早さで凍結する。氷の結晶は3~4ミクロンだという。

凍眠シリーズは世界36か国で特許を取得し、累計出荷台数は1,000台を突破。海外からも引き合いが増え、現在までに40台ほど輸出している。

納入先は食肉加工場、食品メーカー、水産会社、外食チェーンなど幅広い。築地市場でも利用されているという。

離島の水産業活性化にも貢献しており、10年末には鹿児島県トカラ列島の宝島で導入された。宝島は鹿児島港からフェリーで13時間もかかる遠方のため、これまで自給漁業だけが行なわれてきたが、凍眠によって水産資源を加工、凍結して輸送することが可能になった。

「氷詰めして船で市場まで運ぶとキロ当たり250円もかかり、ビジネスになりません。離島への定期便は週に数便ですから、漁ができる日数も限られる。しかし、凍眠で冷凍すればキロ当たり30円で運べるのです。旬を外して市場がほしがる時期に出荷できるので、生産者が価格を主導することもできます。もちろん、備蓄用として活用することも可能。大げさにいえば、凍眠は〝時間〞を止めることができるのです」

魚1キロを凍らせるコストは、業務用冷凍庫が4円、TUSTが5円、窒素ガス冷凍が55円だという。こうしたことも離島の水産業活性化などに役立っているのだろう。

「なぜ」と考えるのが小さい頃から好きだった

同社は海外からも注目されており、10年には中国の畜産加工大手と契約し、凍眠の大型機を納入した。11年10月にはロシア政府使節団がテクニカンを訪問。
ロシア版シリコンバレーと言われる最先端都市計画「スコルボ・プロジェクト」に凍眠の導入が検討されている。

実は凍眠の性能を家庭で試せる製品もある。消費者にも液体凍結を知ってほしいとの思いから山田社長が開発し、「トレジャーボックス」という名称で販売している。特殊な液体が入ったパックの間に食品を挟み込み、家庭用冷凍庫で凍結させる。1セット5,980円で、同社サイトから購入できる。

テクニカンは凍眠シリーズだけでなく、挽肉をばらばらにして凍結する装置(特許取得)や、食肉工場内で枝肉を吊して運ぶ装置、野菜の水切り機、ステーキなどに使われる肉を一定の大きさにカットする食品プレス機なども製造・販売している。

こうした装置は、すべて山田社長が開発してきたものだ。小さい頃からものづくりが好きで、物事や事象が「なぜ」起こるのかを考えるのも好きだったが、体系立てて技術を学んだことはないという。父親の代から食肉関連に携わり、山田社長は三男だが、兄弟や姉もみな、食肉関係の会社を営む。肉親の関係会社だけで、売上が総計500億円ほどになるという。

山田社長は独立する前、姉夫婦の経営する食肉加工会社に勤務し、外食産業向けの商品開発などを手がけていた。

「いまから30年ほど前は外食産業が急成長した時期で、食肉取扱量も年々、増えていました。ただ、食肉加工場のスペースの3分の1は冷凍庫が占め、しかもカット・成型した食肉を段ボールに詰めて、冷凍するために積んでおく棚が冷凍庫内の半分を占めていたのです」

段ボール詰めの肉を冷凍するには全体に冷風が行き渡るように、棚に置いたままでも24~30時間を要す。山田社長は、もっと短時間で冷凍できる装置を作れば、庫外で冷凍して庫内に積み上げることができ、冷凍用の棚も不要になって、効率よく加工量を増やせると考えた。寒い庫内での作業時間も減らせる。そこで、冷凍スピードを上げる研究を始めたのだという。

長年、楽しんでいたダイビングの経験も役立ち、海中の水が体から熱を奪うことを体感的に知っていたことが大きかった。

「25度の部屋だと裸でも暖かく感じるけれど、25度の水温の水に浸かると体が冷えますよね。これは、気体と液体では熱伝導率が違うから。調べてみてそのことを知り、熱伝導の早い液体で冷凍したほうがはるかに早いと思ったのです」

早速、試作機の開発に取りかかり、仕事の合間を縫って開発を続けて、半年ほどでできあがった。もちろん、いまほどの性能はなかったが、基本原理の開発に苦労はしなかったという。

できあがった試作機で肉を凍らせると、従来の冷風凍結とは、解凍したときの味がまるで別物だった。姉夫婦に現物を見せ、実際に肉を口にしてもらうと納得し、社内でも少しずつ液体で冷凍した肉の取扱いを増やしていった。すると、注文が著しく増えていったという。

自信をもった山田社長は3年間じっくりと改良を続け、89年、満を持して独立し、妻と2人でテクニカンを設立。「凍眠」の販売を開始した。

食糧危機を救う切り札になる

ところが、従来存在しない液体冷凍法を誰も理解しようとしない。ユーザー先に凍眠を持ち込んでテストすると、味の違いはわかってくれるが購入にはつながらなかった。
94年、凍眠に目をつけた大手代理店と契約でき、設備と人員を増やしたが、芳しい結果を得られず、2億円以上の損失を出してしまった。

「こうした経験を通じて、他人の力に頼るのではなく、まず凍眠を知ってもらうことに注力しようと思いました。95年に小型機を開発し、車に乗せてはいろいろな顧客先で無償の実演を繰り返したんです。その間、資金はある程度あったのでしのぐことができたため、つらいと思うことはありませんでした」

兄弟など親類関係の企業の協力もあったのだろう。次第に口コミで広がり、じわじわと売れるようになっていった。

「多くの食品が廃棄されているのを見るのは耐えられません。野菜などは加工し、凍眠で冷凍して保管すれば、計算上、風力や太陽光発電などの自然エネルギーを併用して貯蔵できます。みかんも豊作になると値が暴落するというので、冷凍しておいて夏に販売すればいい。今後はそうしたビジネスにも協力していきたいと思っています」

凍眠が普及すれば、食糧資源の有効活用につながる。それどころか将来的な食糧危機が指摘されるなか、備蓄に寄与し、資源の少ない日本の窮状を救う切り札になるかもしれない。

月刊「ニュートップL.」 2012年6月号
吉村克己(ルポライター)


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