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エビ養殖の困りごとを自ら解決して高性能消臭機を開発(株式会社片野工業・社長 片野明夫)

キラリと光るスモールカンパニー

掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。


輸送用コンテナの修理や改造などを行なっている片野工業は、本業とはかけ離れた高性能で小型の除菌消臭機を開発、医療機器大手テルモから販売し、話題を呼んでいる。今春には自動車メーカーと提携して開発した車載用消臭機も発売予定と前途は明るい。その開発のきっかけは、創業者の片野明夫社長が静岡県内のレストランで口にした巨大エビフライだった。

◇    ◇    ◇

約16センチ四方の小型除菌消臭機「エアーサクセスプロ」を、たばこの煙が充満した試験用の半透明の箱に入れると、たちまち白い煙が消えていく。そのうちに、たばこの臭いも感じなくなった。

エアーサクセスプロは、小型ながら驚くほどの消臭効果をもち、2011年末にその効果を認めた大手医療機器メーカーのテルモから発売。販売台数は2万台を超える。実勢価格は2万円前後。臭いの問題を抱えている病院や動物病院、ペットを飼っている家庭などから好評を得ている。ペットの糞の臭いなどもたちまち消えるという。

開発したのは、横浜港の本牧ふ頭近くに本社を置く片野工業。輸送用コンテナの修理・改造および輸出梱包業務などを手がけるが、本業とかけ離れた消臭機を開発した同社の片野明夫社長(51歳)は快活にこう語る。

「社員は誰も信じていなかったんですよ。消臭機はすでに大手が販売しているのだから、無理だと決めつけていたようです。でも、やりもしないであきらめるのはおかしいでしょう。私は何でもまずやってみるんです」(以下、発言は同氏)

エアーサクセスプロは、一般的な空気清浄機や消臭機と違って、ファンもなければフィルターもない。片野社長が独自に開発した「多重リング式コロナ放電技術(MRD)」によって発生する大量のイオン風が室内に拡散される。イオン風に含まれる高濃度イオンと低濃度オゾンが臭い物質やカビ、雑菌に吸着し、ラジカル反応を起こすことで分解し、ウイルスや花粉などを不活化する。ラジカル反応とは分子が他の分子から連鎖的に電子を引き抜く現象だ。

画期的なMRD技術で世界中で特許を出願

MRDは、従来型のコロナ放電技術より約3倍のイオン風を発生させる能力がある。

(財)日本食品分析センターが行なったエアーサクセスプロの消臭効果試験の結果によると、臭いの原因物質の1つであるアンモニアは作動後2時間で半減、魚臭に似たトリメチルアミンは3分の1以下に減少。インフルエンザウイルスは24時間後に約3分の1に、大腸菌や黄色ブドウ球菌、アオカビなどは24時間後に検出できないほどの量に減った。

コロナ放電とは、とがった針電極に高電圧がかかったときに起こる放電現象で、放たれた電子は周囲の空気の分子と衝突し、イオンを生成する。ただ、従来の針状の電極と、リング状に穴の開いた金属板の電極を組み合わせたコロナ放電技術では、イオン風が弱く、部屋中に拡散させることは難しかった。

片野社長は、自ら実験して試行錯誤を繰り返しながら、ステンレス板に同心円状のリングを複数、配置した独自の電極形状を開発し、MRDと名づけたのである。

「リングが1つでは弱い。それなら、複数のリングを組み合わせたらどうかと考えました。ステンレスの針金を用いて様々な形を試すなか、最適な形状を見出しました。MRDでは中心から外側のリングに向かって、コロナ放電が連鎖的に起こることで、大量のイオン風を勢いよく広められるのです」

09年から約1年をかけて開発し、翌10年には国内特許を得て、続いて韓国でも取得。現在、アメリカ、中国、EU、インド、タイなど世界45か国に出願している。

巨大エビフライに驚きエビの養殖に着手

エアーサクセスプロは、同心円状の電極を4つ配し、小型ながら4畳半から20畳の部屋まで対応できるパワーをもつ。ファンがないために作動音も静かで、電気代は月40円という省エネぶりだ。フィルターがなく、2週間に1回、ステンレス板の電極を取り外して、水洗いするだけですむ。

現在、自動車メーカーと提携して開発した車載用試作機ができあがっている。今春、テルモから販売予定のこの消臭機は、エアーサクセスプロより小型で、ダッシュボード上に据え置くタイプ。エンジン停止時は消臭機上部に備えるソーラーパネルから電力を供給し駆動する。予定価格は1万5,000~1万8,000円。車内でたばこを吸っても臭いが消え、吸い殻の臭いもしなくなるという。

ことし5月頃から提携メーカーのディーラーでも扱う予定で、年間5万台の販売をめざす。展示会に出品した試作機を見た一般ユーザーから購入したいという問い合わせもあり、片野社長は手応えを感じている。

片野社長は幼少のころからものづくりが好きで、トヨタ自動車に入社し、板金関係の仕事に就いた。その後、たまたま横浜の自宅近くに本社があったコンテナ修理の会社に転職。

1990年、29歳のときに独立し、社員6人で片野工業を設立した。輸送用コンテナは1度使用されると、同社のような修理工場に運び込まれる。

同社ではコンテナを洗浄し、必要に応じてメンテナンスを施したり、塗装し直すなどして荷主に返すのである。貿易港である横浜港の本牧ふ頭には、膨大な量のコンテナがあり、同社には月に数千本が持ち込まれるという。

いったん荷主と信頼関係ができれば安定した取引が続く。だが、片野社長は生来のものづくり好きが高じて、自ら中古コンテナを改造したシャッター付きのガレージや簡易事務所、防災倉庫をつくったり、遮音シートを貼ってカラオケボックス用として販売したり、コンテナを使ったトランクルームのビジネスも展開している。

輸出梱包の業務を引き受けたり、荷物の仕分け・検品・出荷業務も手がけるなど、少しずつ業容を拡大したが、次第に円高が進むことで、輸出関連業自体が厳しい状況に陥っていった。

「景気や為替相場にどうしても影響され、仕事量に波がある。お客さんの数も減り始め、コンテナ関連の業務だけではやがて行き詰まると思いました。でも、世の中の趨勢を言い訳にして、社員を路頭に迷わせるわけにはいかない。もう1本、事業の柱がほしいと考えていました」

そんな片野社長に出合いが訪れた。2004年のこと、仕事のために出かけた静岡県内のたまたま入ったレストランで注文したランチの1品に、特大のエビフライがあった。

「これが長さ30センチもあろうかという巨大さで、びっくりしました。そのエビフライをお土産としてもって帰り、社員に振る舞ったら、みんな驚いていました。こんな大きなエビを陸上で養殖できたら、商売になるだろうと思ったんです」

早速、片野社長はエビについて調べ始めると、日本はエビの1人当たり消費量がダントツで多く、和洋中どんな料理の食材にもなるので、販売ロスが少ないことがわかった。しかも、エビは成長が早く、出荷までに1年かからない。

ベトナムにあるエビ養殖場まで視察に訪れた。だが、そこで目にしたのはエビの排泄物や脱皮した殻、エサの残滓などでヘドロ化した養殖池だった。エビは夜行性で昼間は土中に潜るため、ヘドロ化して酸素の少ない土中では生きられない。そのため次々と養殖池を移し、残された養殖場跡は放置されていた。

「これでは環境破壊ですよね。コンテナを改造した陸上の養殖場で育てれば、環境も破壊せずに、日本の食糧自給率増加にも少しは貢献できる。雇用も生み出せるかもしれません。新しいビジネスをやるなら、社会問題を解決できるようなことをやりたいと考えていましたが、これだ! と思いましたね」

養殖水槽の浄化から消臭機開発を思い立つ

06年、片野社長はコンテナを改造して水槽をつくり、何トンもの海洋深層水を購入。熊本まで出向いて稚エビを入手し、水槽内に放った。だんだんエビの姿が愛おしくなる。あきれ顔の社員をよそに、1人で毎夜エサやりなど世話を続けた。

だが、次第にエビ養殖のやっかいさを痛感させられることになった。エサの残滓やエビの排泄物がアンモニアに変わり、悪臭を放ち始めたのだ。脱皮した殻の除去も手間だった。エビ同士が共喰いをする姿を見たときには、がっかりした。

水がすぐ汚れ、1か月ごとに水槽の水の半分を取り替えなければならず、コストもかかった。少しでも世話が疎かになると、エビはたちまち弱っていくために気苦労が絶えなかった。あるとき、漏電が発生し、断熱材用のウレタンに着火、燃え上がって水槽の水が煮え立ち、エビが真っ赤にゆだってしまったこともあったという。

汚れた水中でアンモニアが変化して硝酸になると水を交換するしかない。もし、硝酸を除去できる浄化装置を開発すれば水の循環利用が可能となる。これが実現すれば、コンテナ養殖場を1つのシステムとして販売できると片野社長は考えていた。

硝酸を除去するという薬剤を使ったり、光触媒などを試したが効果がない。そこで専門家を探し出して話を聞きに行き、ついに硝酸除去の方法論を知った。その権利を買い、装置を開発したのである。

さらに、水中の酸素濃度を高めてエビの成長を促進しようと、ナノバブル発生装置を購入して試したという。08年のことだ。すると、予期しないことにエサの臭みが消えた。ナノバブルによって発生したイオンが、水中の臭い物質や雑菌を分解したのだ。

「これには驚きました。大量のイオンを発生させれば、消臭や除菌ができるのです」

このときから片野社長の関心は、急速にエビ養殖から消臭除菌装置に移っていった。片野社長は、市販されている消臭除菌機をすべて買ってきて効果を試し、中身を分解してみた。片野社長のものづくりの情熱にスイッチが入ったのである。

ファンで空気を吸い込みフィルターで除去するタイプはたしかに効果はあるが、機器内部で濾過するために大型化せざるを得ず、高価なフィルターの交換も必要になる。一方、ファンのないコロナ放電タイプは小型だが、イオン風の届く範囲が限られ室内全体に行き渡らない。

片野社長は、コロナ放電の電極の研究に1年ほど没頭して、10年、ついにMRD方式の電極を開発した。早速、手作りで試作機を100台ほど用意し、ペットを飼っている社員や知り合いに配って試してもらった。「たちまち臭いが消えた」と大きな反響を得て、特許申請と量産化を決意したのである。

大手との対等な関係で事業化を図る

しかし、コンテナ修理が本業の同社には販路がなかった。早くお客に製品を使ってもらいたいと、提携先を探して、大手企業や通販会社を訪ね歩いたが、ほとんどの企業が効果を試そうともせず、門前払いだった。

「話を聞いてくれた企業の担当者も、自ら責任をとりたくないからか、『よそで売れたらいらしてください』ととりつく島もなかった。残念でしたね。結局、50~60社回ったなかで出会ったのがテルモでした。テルモはちゃんと実験をして、効果を認めてくれました。そして、担当者の方は『他社が扱っているような商品ならうちではやりませんでした』と革新性を認めてくれたんです」

安全性を確認するあらゆる実験を経て、10年末からすでに量産を始めていた1万台をテルモに納入し、11年11月から販売を開始。その結果、テルモが強いルートをもつ病院関係からエアーサクセスプロの評判が広がっていった。現在までクレームは1件もないという。

「大手と契約できたからと安心して任せきりにするのではなく、対等の関係で一緒に事業を進めていくよう努めています」

今後はさらに小型で安価な消臭機の開発をめざすという。その開発がひと段落し、消臭機事業が軌道に乗るまで、エビ養殖については休まざるを得ないが、「またエビの養殖もやりたい」という片野社長は、ますます意気軒昂だ。

月刊「ニュートップL.」 2013年2月号
吉村克己(ルポライター)


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