納豆菌から開発した水質浄化剤で開発途上国を支援(日本ポリグル株式会社・会長 小田兼利氏)
キラリと光るスモールカンパニー掲載内容は取材当時のものです。
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納豆のねばねば成分から独自に開発した水質浄化剤を低価格で販売し、世界の開発途上国の人々に貴重な飲み水を提供している小さな世界企業が大阪にある。
日本ポリグルの小田兼利会長は年齢を感じさせないバイタリティーで世界を飛び回り、貧しい人たちのために安全な水を作り出し、同時に現地の人々に水質浄化剤の販売を手伝ってもらうことで雇用を生み出し、貧困の撲滅をめざしている。
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アオコで濁った水が入ったビーカーに1さじの粉を入れてかき混ぜると、あっという間に汚れが固まり、それが沈殿すると、きれいなうわ水が残った。
日本ポリグルを創業した小田兼利会長(71歳)はその水を布で濾過してコップにあけると、グイと飲み始めた。
「いつも目の前でこれをやると皆さん驚くんですよ」と小田会長はいたずらっぽく笑う(以下、発言は同氏)。
小田会長が開発した「PGα21Ca」という凝集剤は、納豆のねばねば成分であるポリグルタミン酸を主原料とし、カルシウム化合物を添加した水質浄化剤である。
水中の汚れや重金属類などの毒物を短時間で凝集させ、「フロック」と呼ばれる微細粒子の集合体に変える魔法の粉だ。
フロックは水に比べて比重が重いのですぐに沈殿し、透明で無毒な水を作り出す。
「通常では汚れの粒子にマイナス電荷がかかっており、互いに反発してくっつかないのですが、カルシウムなどの無機成分はマイナス電荷を中和し、ポリグルタミン酸が粒子間を接着してフロックを形成するのです。ただし、殺菌効果はないので、飲み水として用いるには煮沸するか塩素を入れたほうが安全です。とはいえ、大腸菌などの雑菌類はほとんど除去され、うわ水には残りません」
PGα21Caは、1グラムで10リットルもの水を浄化できる。
汚れた池にこの粉を溶かした水を噴霧するだけで、たちまちきれいになる。
テレビで何度も実験風景が放映されたので目にした方もいるのではないか。
セシウムを除去できる磁性体凝集剤も開発
PGα21Caは工場の排水処理用として、自動車や製鉄業界などで幅広く利用されている。
海外からの注文も多く、現在、40か国に出荷しており、2011年度売上高10億円のうち、50%が海外である。
同社は、ポリグルタミン酸に磁性体をもたせた凝集剤「PG‐M」も発売している。
フロックが磁性をもつので、電磁石などを併用すれば、汚濁物質を引き寄せて回収することが可能だ。
PG‐Mとゼオライトを用いれば、放射性物質であるセシウムをほぼ100%除去できることが東京工業大学の研究で明らかになった。
ウクライナ政府もPG‐Mに関心を抱いており、チェルノブイリ原発事故現場から流れ出したストロンチウムなどの除去に同社が協力していくことが先頃、決まった。
「実は東京電力などの幹部とも会い、福島第一原発の汚水浄化でこの技術を使用する話が進んでいたのですが、その後頓挫し、何の音沙汰もなくなってしまいました。われわれだけでなく、日本にはこの悲惨な状況を救える中小企業が多くあります。国難なのになぜオールジャパンで取り組もうとしないのか理解できません」と小田会長は憤る。
海外から高い評価を受けている日本ポリグルだが、ここに至るまでには小田会長の粉骨砕身の努力があった。
海外に目を向けるきっかけは、04年に発生したスマトラ沖地震だった。同社に在籍していたタイ人社員を通じて、タイ政府から要請があり、大きな被害を受けた現地に飲み水を作るため、PGα21Caを無償で提供した。
バングラデシュで活躍するポリグルレディ
07年にはバングラデシュをサイクロンが襲い、多くの死者が出た。
ダッカの国際ライオンズクラブはPGα21Caのことを耳にしたのだろう、100キロ提供してほしいと要請があり、小田会長は無償で送った。
すると、その威力に驚いたのか、300キロを買いたいと注文が入った。
だが、小田会長はむやみに販売すると、現地で困っている貧しい人たちの手に届かない価格になるのではないかと心配し、まずは自分の目で現地を見に行くことにした。
現地を訪れ、小田会長は衝撃を受けた。日本人には考えられないような汚れた河川の水を飲料水や料理に使っている。下痢が原因で死亡する乳幼児も多かった。
この人たちにおいしい飲み水を届けたい。だが、いつまでも無償で提供していては同社の経営が立ち行かなくなるし、何より現地の人たちが自立した生活をできなくなると考えた。
「バングラデシュの平均月収は3,100円ほど。PGα21Caを1グラム1円程度にすれば、1円で10リットルもの安全な水を手に入れられるので買ってもらえるだろうと思いました。ですが、汚いとはいえ、これまでタダで手に入れていた水におカネを支払うという感覚を、現地の人々には理解してもらえなかった。そこで、現地の女性による実演販売を始めました」
汚れた水にたった1さじの粉を入れるだけで浄化され、おいしい水に変わる。目の前でそれを見せて、実際に皆に飲んでもらった。
「ポリグルレディ」と名付けた女性販売員の活動が功を奏し、次第に売れるようになっていった。
現在、100グラムを125〜150円ほどで販売しており、ポリグルレディは同国内で75人に増えた。
彼女たちは月平均5,000円近く稼ぎ、大きな副収入を得ている。ポリグルレディは、一般的に地位が低いとされる女性たちの経済的、精神的な自立に大きく貢献。
いまでは、ミャンマーにも20人のポリグルレディがいる。
小田会長はこれまで30回以上もバングラデシュを訪問し、現地の人々と交流してきた。持ち前の明るさもあって現地で人気者だ。
バングラデシュでの売上は昨年度の2,500万円から、今年度は7,500万円と3倍増。支社の職員も85人に増え、すべての業務を現地のスタッフに任せているという。
「5年間辛抱したら、発展途上国のビジネスは大きくなります。ポリグルレディを日本に招いたとき、そのうちの1人が『自分たちはこれまで夢を見ることはできなかったが、いまは見られるようになった』と言ってくれたのがうれしかった。貧困をなくすには現地で起業家を育てることが大事。日本の中小企業には、それを実現する力があると確信しています」
ポリグルタミン酸の量産に成功
小田会長は工学博士号をもち、大学卒業後は現在のダイキン工業に勤め、エアコンの自動制御を担当した。
15年ほど在籍した後、仲間11人を引き連れて独立・起業。
包装袋を切る機械の精度を上げるために使用する「光電マーク」を発明して大ヒットした。現在、光電マークは世界的に普及している。
次に開発したのが、数字を合わせて解錠するオートロックだ。
シャープがこのアイデアに興味をもち、20人もの社員を配置して共同開発を始めた。
完成すれば自社の知名度が高まると小田会長は期待したが、完成寸前に消防署から「火災時にどう解錠するのか」と指摘され、開発は中止。
負債を抱えて、1970年に倒産してしまった。
しばらく休養した後、技術コンサルタントとして活躍し、様々な開発に携わった。
一種の発明家と言えるだろう。
だが、95年に発生した阪神・淡路大震災を機に、再び経営者として歩み始めることになる。
自身も大阪で被災して飲み水に困るなか、濁った池を見て、この水を飲用にできないかと考えた。
研究を進めるうちに納豆のねばねば成分であるポリグルタミン酸の存在とその浄化作用を知った。
簡単な実験をすると水の浄化に成功。
ただ、ポリグルタミン酸は当時、高価だった。そこで、ねばねば成分を大量に作る納豆菌の株の開発に着手。3年を要したが、見事に成功した。
こうして、98年にPGα21Caを売り出した。マスコミにも多く取り上げられ喜んだが、当初はまったく売れなかった。
下水処理に使えると考え、自治体などに売り込んだが、公共工事に無名の零細業者が入り込むことはできなかったという。
02年に日本ポリグルを設立。04年、前述したスマトラ沖地震の被害を受けたタイで実績を挙げたことから海外に着目するようになった。
その後、メキシコ、バングラデシュなどへ無償でPGα21Caを提供しはじめると、水不足に悩む途上国から引き合いが増えていった。
小田会長はサンプルをバッグに詰め込み、海外を巡って、各地で実演して見せた。そのうち、評判を聞きつけた他の国々からも注文が入るようになり、いまでは中国、オーストラリア、カナダなどの工場排水処理にも使われている。
海外に普及すると国内企業からも引き合いが増え、ビジネスは軌道に乗った。08年には20億円の売上を記録したが、そのとき事件が起きた。
国内事業を任せていた役員と社員併せて8名が結託し、大手商社も絡んで、小田会長をオーナーの座から追い落とそうとする動きが起こったのである。架空売上を計上され、6億8,000万円も使い込まれたという。
銀行から融資も受けられず、経営危機に陥った。やむなく65人ほどいた社員を半分に減らして資産を売却し、国内営業に力を入れて踏ん張った。
だが、反乱した社員がインターネット上で根拠もなく誹謗中傷するなど、小田会長は精神的に追い込まれ、自宅マンションから飛び降りようと思ったこともあった。
「自宅の部屋の壁に貼っていた世界地図を目にしたとき、各地で親しくなった人たちの顔が浮かんできたんです。この仲間たちに喜んでもらうためにも負けてはならない、と肝が据わりました。海外の貧しい人たちに助けられたようなものです」
その後、経営危機は免れたが、国内の大手得意先からは取引を止められた。否応なく、小田会長は海外や途上国ビジネスに力を入れるようになった。
BOPビジネスこそ日本の中小企業の出番
期せずして小田会長が取り組むことになった開発途上国向けのビジネスを「BOPビジネス」と呼ぶ。
BOPとは「ベース・オブ・ザ・エコノミック・ピラミッド」の略で、経済ピラミッドの底辺を占める低所得者層を指す。
この層は約40億人おり、その市場規模は年5兆ドルといわれ、日本の実質GDPに匹敵する。
一人当たりの購買力は小さくても集まれば大きな市場となるのだ。
BOPビジネスは世界的にも注目されており、小田会長はその担い手こそ日本の中小企業だと力説する。
「日本人はやさしく努力家で、技術や品質へのこだわりをもっている。ほどほどの利益で、相手を大切にしながら、楽しくBOPビジネスができるのは日本の中小企業だけだと思います。日本ブランドへの信頼も厚いし、経営者はどんどん途上国へ出て行くべきです。あきらめずに続ければBOPビジネスは必ず儲かるようになります」
厳しい経済状況が続く昨今、ボランティアをやる余裕などないという経営者も多いだろうが、小田会長自身、当初は社会貢献という気持ちよりも海外市場での成功を考えていたという。
だが、生活環境が悪くともたくましく生きている人々に実際に会うことで、次第に本腰を入れるようになった。
現在では、BOPビジネスを推進する経済産業省や外務省が同社を支援しているという。
最近ではコーヒー豆の果実をくるむ皮に凝集効果があることがわかり、皮のエキスを使ったより安価な浄化剤を開発中だ。
「たとえば、日本の中小企業100社がBOPビジネスに乗り出せば、世界にとって光明となるでしょう。そうしたところにぜひ目を向けてもらいたいと思います」
月刊「ニュートップL.」 2012年3月号
吉村克己(ルポライター)
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