家業の撚糸加工を進化・発展させ特殊糸や化学製品を独創する(丸昌産業株式会社・社長 小久保和浩)
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大正12年の創業以来、撚糸加工を家業としてきた丸昌産業は、三代目の小久保和浩社長が入社してから事業内容を大きく転換した。撚糸を徐々に減らし、他社が真似できない「変糸(かわりいと)」など特殊糸を開発。その延長線上で、光触媒を利用した防汚・防臭・防カビ効果をもつ水溶液や遮熱効果のあるコーティング剤など画期的な化学製品も生み出した技術力に注目が集まっている。
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日本の繊維産業の衰退はいまに始まったことではないが、業界全体が縮小しようとも、努力と工夫によって生き残る企業は必ず存在する。その手本ともいえるのが創業大正12(1923)年で、ことし90周年を迎える老舗の丸昌産業である。
同社は戦前より繊維産業の盛んだった栃木県佐野市に本社を置く。周辺地域には、いまも家族経営的な零細企業が残っているが、地域全体の経済的沈下は避けようもない。丸昌産業も撚糸と呼ばれる糸を撚る加工を請け負い、家族経営を続けてきた。だが、三代目の小久保和浩社長(49歳)は、93年に29歳で入社すると、果敢に事業転換に挑み、同社を開発型企業へと変貌させた。
現在、丸昌産業は下請けとしての撚糸加工は行なわず、同社にしかできない付加価値の高い糸として「変糸(かわりいと)」や、熱に強い糸、刃物でも切れない糸、汚れにくい糸など機能性の高い特殊糸を開発し、国内外の有名アパレルブランドにOEM(相手先ブランド製造)の最終衣料品として納めている。海外では、パリ・コレクションに出品するような有名ブランドを中心に九か国の企業に納入するなど、高い評価を受けている。
光触媒を用いた汚れにくい糸の開発を進めるうち、防汚・消臭・防臭・抗菌・有害物質除去効果などをもつ水溶液「M-クリーン」の商品化にも成功。建物の外壁や室内、地下鉄車両、LAXA(宇宙航空研究開発機構)のH-Ⅱロケットなどにも利用されている。
同社社屋の外壁パネルにも塗布されており、8年経過した現在でも効果は持続していて塗布されたパネル2枚分だけが、際だって汚れが少ない。
熱を65%カット画期的な遮熱剤
光触媒を使った水溶液には類似品も多くあるが、M-クリーンの特徴は蛍光灯の光でも効果を得られることだ。同社の小久保社長は次のように語る。
「室内はもちろん、外光の入らないトイレなどでも防臭・消臭効果を発揮します。世界でもこうした製品は珍しいと思います。しかも、水性かアルコール性タイプなので人体に影響がありません」(以下、発言は同氏)
石油系溶剤は成分が溶けやすい反面、有害物質を発する。同社は安全性の高い製品しかつくらないことを標榜し、他の製品でも完全水性かアルコール性タイプである。病院内で院内感染防止用として塗布されたり、ホテルの客室でたばこの防臭・消臭用として使われるなど、少しずつ広がり始めている。
2010年には、窓ガラスの室内側に塗布して遮熱効果をもたらすコーティング剤「エコサーモコート」を開発。室内に入射する太陽光の熱を最大65%もカットする。コストは遮熱フィルムの3分の1だという。
M-クリーン同様、完全水性かアルコール・水系タイプなので、専門業者に頼ることなく一般ユーザーが室内側から窓ガラスに塗布できる。エコサーモコートは、同社のホームページから購入できる。
「東日本大震災に伴う節電規制後に、ニーズが高まりました。欧米やシンガポールの企業にも納入したことがあり、タイやベトナム、ミャンマーといった温暖な国でも需要はあると思いますが、現状では途上国で売るには値段が高すぎます。海外で生産すれば価格を抑えることはできますが、原料調達の問題もありますし、量を売るための販路の構築もなかなか難しいですね」
続けて防カビコーティング剤「MDコート」も開発。一般的な防カビ剤が10種程度のカビに有効なのに対して、MDコートは真菌1,000種以上、大腸菌や黄色ブドウ球菌といった細菌700種以上など、合わせて2,000種以上に対して有効だ。安全性も高くキッチンや風呂場など室内でも使用できる。
父が病に倒れ急遽、家業を承継
昨年発売した超親水性コーティング剤「セルフェイスコート」も画期的な商品である。親水性とは、水が素材の表面になじむ状態を指し、親水処理を施すと水が表面に広がるため、簡単な水洗いで汚れを落とすことができ、曇り止め効果も高い。親水の逆は撥水だが、撥水状態では表面に水滴ができやすくなるため、曇りやすく、汚れも残りやすい。セルフェイスコートを窓ガラスや鏡に塗れば曇り止めになり、高層ビルの窓ガラスや看板に塗ると、雨などによって汚れが自然に洗い流される。大手自転車メーカーと提携し、サンバイザーとセットにして販売する話も進んでいるという。
こうした高機能の化学製品を次々と開発できるのは、どうしてなのか。「お客さんの困ったことや声を聞いているから」と小久保社長は語る。とはいえ、化学製品メーカーになるつもりはなく、「あくまでも繊維にこだわりたい。繊維なら何でもつくれる自信がある」とも言う。
そもそも小久保社長は次男で、家業を継ぐつもりはなかった。群馬大学工学部で繊維工学を専攻し、卒業後は大阪の大手アパレル会社に就職。ゆくゆくは自分でアパレル関係の会社を設立しようと思っていた。
「93年、父ががんで入院することになり、そのとき初めて会社を継いでほしいと言われました。兄はすでに接骨院を経営しており、継ぐことができるのは私しかいなかったので決心したんです。当時は、身内を2人ばかり雇う家族経営の会社でした。父の存在は大きく、闘病生活に入ると会社は赤字状態に陥ってしまいました」
小久保社長は撚糸の賃加工を続けていたら先はないと考え、まずいろいろな変わった糸を製造できる機械を開発することにした。大学で繊維工学を修めていたため、3か月程度で組み立てることができたという。
「売り物ではないし、資金もないので、部品がむき出しの体裁の悪い機械でしたが、パーツを組み替えることで多様な糸を製造できる装置でした」
小久保社長はその機械を駆使し、様々な素材を使って風合い、装飾、撚りに工夫を凝らした糸をつくった。これが「変糸」である。前職で企画部門を担当していたため、アパレルメーカーや有名ブランドが欲する糸のニーズをつかんでいた。
手づくりの機械だけに大量生産はできなかったが、付加価値の高い糸を何種類もつくり、アパレルメーカーに片っ端から持ち込むと、予想通り、目新しい糸に対する反響は大きく、多くのメーカーに採用された。
「もちろん日銭も稼がないといけませんから、撚糸加工を続けながら、少しずつ事業を転換していきました。資金も不足しているなか、得意先や仕入先を入れ替えていくのは苦しかったですね。一から始めるのも大変だと思いますが、事業転換するのも難しいですよ」
軌道に乗るまで2年ほどかかった。小久保社長はその間、自身への報酬なしで踏ん張った。
何か変わった糸ができないかと試行錯誤を続けるうちに、冒頭に挙げた熱に強い糸や刃物でも切れない糸などの特殊糸の開発につながった。さらに、洗濯不要の糸でつくる服ができれば面白いのではないかと小久保社長は考えた。そのためには、自己洗浄作用のある糸をつくらなければならない。思い当たったのが光触媒の活用だった。
10年の歳月をかけ光触媒水溶液を開発
二酸化チタンなどの光触媒は、紫外線を当てると表面で強い酸化作用が生まれて有機物を分解し、水と二酸化炭素に変える。もう1つの作用として超親水性も示す。
「光触媒が活かせることは直感しましたが、繊維に光触媒を塗布するのが難しく、塗布できても繊維がボロボロになってしまいました。そこで、専門家を採用し、専任で研究に当たってもらいました。結局、10年かかって開発に成功したのですが、実は洗濯不要の服を必要とする人はほとんどいなかった。値段が高すぎたからです。自衛隊や米軍の戦闘服など特殊な用途として採用されましたが、一般衣服ではニーズがないので用途を転換しました」
02年、こうしてM-クリーンが日の目を見た。だが当初、名もない糸づくりの会社がつくった光触媒水溶液は、国内では受け入れられなかった。無名で新しいものに手を出そうとする企業はなかったのである。そこで、小久保社長は海外展示会に積極的に出展を重ねたという。
戸外で使う光触媒はあるが、蛍光灯が発する微弱な紫外線でも効果のあるM-クリーンは海外企業から注目を集め、多くの引き合いがくるようになった。すると、その評判が国内にも波及し始め、徐々に売れるようになっていった。
現在、丸昌産業の海外売上高比率は全体の数%に過ぎないが、初動のスターター役として海外進出は効果的だった。ちなみに、全売上高の95%が繊維部門で完成品の服まで引き受けることが大半だ。
「現在、環境と省エネは社会的に大きなテーマです。化学製品はそれに貢献できる力を秘めているので、今後の伸びに期待しています」
また、2012年秋冬物から「SUPERIOR(スペリオル)」というメンズ向けの自社ブランドもスタートし、OEMからの脱皮を徐々に図っていくねらいだ。
実力主義こそ中小企業の魅力
「可能であれば、事業転換は体力のあるうちに着手するべきだと思います。どうしても少なからぬ投資が必要になるからです。当社も苦しいなか、事業転換を図る過程で人材を増やすとともに、一所懸命に研究開発への投資を続けており、絶えず5~6つのテーマを同時並行で進めています。ニーズがあると思えば、まずつくってみる。その後、お客さんの声を聞いて改善すればいいのです。私は繊維のことしか知らないし、繊維でしか戦っていけない。でも、だからこそ広がりも出るんです。他社が真似のできない本当に特殊なものを自分たちの手でつくって世の中に問うていくと、当初のねらい以外の用途も必ず出てくると実感しています」
小久保社長の独自技術・製品へのこだわりは強い。そのため、生み出した技術の保護を徹底している。同社では一切、特許を出願しないのである。厳重に社内で管理し、たとえ得意先だろうと取引銀行だろうと工場内や機械を見せることはない。
実は15年ほど前、ある化学品の特許を申請したところ、大手がその周囲を固めるように特許を出願し、身動きがとれなくなった経験があるという。
「特許争いでは大手にはかないません。中小は画期的な発明というより応用技術なので、周囲を押さえられると勝負できなくなるのです」
秘密主義と揶揄されることもあるが、小久保社長は気にする様子もない。
社内は実力主義で、年齢や社歴に関わらず、成果を上げれば相応の報酬を得られる。
「当社は、いわば賃貸マンションのようなもので、社員は家賃分の働きさえすればあとは何をやってもいい。社歴は浅いのに常務になった人もいますし、それが大手にはない中小の魅力だと思います。休日も年間125日と、中小では珍しいほど休む。その代わり働くときは全力でやってもらう。当社は社員1人で企画、開発、製造、営業も行なうのできついとは思いますが、その分、責任ある仕事ができますよ」と小久保社長は笑う。
以前は学歴を問わず採用していたが、現在では大卒が中心だ。社員17人の平均年齢は30代半ばで働き盛りである。
「1人勝ちの商売では長続きしません。お客さんも取引先も社員も皆、少しずつよくなるような商売が基本です。利益は最終的に出ればいい。うちは取引先とはとことん付き合います」
事業は変えたが、商売の精神では伝統を守る。老舗企業の底力だろう。
月刊「ニュートップL.」 2013年4月号
吉村克己(ルポライター)
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