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目に見えるおもてなしで、地元の圧倒的な支持を得る(株式会社吉田時計店・社長 吉田 清春氏)

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掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。


北九州市門司地区で、めがねを購入する人の約半数が利用するという「めがねのヨシダ」。創業以来127年間、ほぼ黒字経営を維持してきた。同社4代目の吉田清春社長が、そのこだわりのサービスを語る。

福岡県北九州市のJR門司駅から徒歩1分。めがね、時計、宝石販売の「めがねのヨシダ」では、毎朝、開店時刻の10時が近づくと、吉田清春社長以下、スタッフ全員が店舗前に整列して、道行く人々に挨拶を始める。40年以上前から続く、地元ではなじみの光景だ。

同社は、1885(明治18)年の創業。以来、地域密着型の顧客サービスでほぼ毎年、黒字経営を維持してきた。127年間で、赤字決算はリーマンショック後の1回だけだという。地元の支持は圧倒的で、金額ベースで推定されるめがねの市場シェアは、門司地区の人口約10万8000人の50%に及ぶ。
同社の顧客サービスは、きめ細やかな接客によく表われている。ウェルカムドリンクには、マイセンなどの高級陶磁器が用いられ、おつりにはすべて新札を使用。めがね販売の全スタッフが、日本眼鏡技術者協会の認定眼鏡士資格をもつ。

アフターサービスも手篤く、経年劣化や破損など、たいていのトラブルには即日対応が可能。同社で購入しためがねなら、18金フレームを指輪やペンダントに無料で改作するサービスなど、顧客が商品を長く愛用するためのサポートにも力を入れている。

また、顧客を対象としたイベントも開催。吉田社長とスタッフがガイドを務める日帰りバス旅行「バスハイク」は年間3回行なわれ、ことしで30年目を迎えた。毎回、募集開始から1週間程度で定員が埋まるという。そのほか、顧客に宝石を身につける機会を提供するディナーショーや補聴器の利用者にも聴きやすいように配慮されたピアノコンサートなどを実施。多くの顧客に喜ばれている。

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何も特別なことをしている意識はなくて、お客様に喜んでもらえそうなことを少しずつ積み重ねてきただけなんです。

ウェルカムドリンクはコーヒーと日本茶と昆布茶をご用意していて、いずれかをお選びいただくのですが、美しい器で飲むと、おいしく感じますでしょう。おつりに新札をお渡しするのも気持ちがよいからで、実は私の祖父が昔、毎晩、しわくちゃのお札にアイロンをかける姿を見ていたんです。

毎朝のご挨拶も、スタッフがまだ4、5人しかいないころから、父がやっていたことでした。
たとえば、お客様が帰ろうとしたら雨が降ってきたとしますね。そのとき傘をお持ちでなければ、当然、傘をお貸しします。すると、お客様も喜んでくださって、スタッフも満足するでしょう。

ところが、そこからもう一歩踏み込んで、お客様の立場で考えてみる必要がある。というのは、誰でもうっかり傘を返しそびれることがあるからです。返却のタイミングを逸して、そのうちわざわざ傘を返すためだけに店を訪れるのもおっくうになって、ついには何となく間が悪くなって、店を避けるようになってしまう。スタッフの厚意が心理的な負担に変わって、大事なお客様を失ってしまうかもしれないわけです。

それなら、お貸しするのではなく、差し上げてしまえばいい。そう考えて、昔は100円ショップなんてありませんでしたから、東京へ出張したときに問屋さんでビニール傘を300本くらいまとめ買いしたんです。それが、雨の日のサービスのきっかけで、いまはビニール傘ではなくなりましたが、そんな些細なことでも、少しはお客様の役に立てているのかなと思います。

職住一体の環境が後継者を育てる

お客様へのおもてなしは、何より心が大切だといわれます。でも、私はやはり目に見えることが重要だと思うんです。ただ心のなかで感謝するだけでは、お客様には伝わりません。朝のご挨拶もマイセンのカップも、新札も傘も、私どもではとにかく形に表わすことを心掛けてきました。

そして、もう一つ大切なのは、そのときどきの状況判断ですね。いま、自分がなすべき最も重要なことは何か、物事の優先順位を的確に判断することが、おもてなしには欠かせないと思うんです。

雨の日に傘がないなら、その場で優先すべきは、お客様が雨に濡れないことですよね。お買い上げいただいた商品に関しては、のちのちまで責任をもって差し上げる。そのぶん、後でチラシの配布を1回、お休みすれば、たいていのコストなんてカバーできます。お客様の困った顔より、笑顔が見たいという素直な気持ちに従えばいいんです。

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同社の歩みは、吉田社長の曾祖父にあたる清一郎氏が故郷の佐賀で開業した時計店に遡る。1894(明治27)年、当時、九州最大の港湾都市だった門司に出店。1932(昭和7)年には東京・銀座の服部時計店を模した店舗を新築し、その時計塔は門司の新名所として親しまれたという。その後、戦災により店舗は焼失。50(昭和25)年から、現本店地で営業を始めた。
同社4代目の吉田社長は、51年、3代目泰清氏の長男に生まれた。74年、西南学院大学法学部を卒業し、大阪の矢野時計店に入社。2年間の修業を経て、同社に入社した。社長就任は、2001年である。

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大学時代、クラブ活動で全国を旅行することが多かったので、各地で時計店やめがね店を見て回っていました。気になる店があったら、ライターのガスの充填をお願いして、接客を観察するんです。たぶん、100店舗以上は見て回ったと思います。

そうした経験に加えて、大学のころから家業を手伝っていましたから、どうせ修業するなら修業先を自分で選びたいと思ったんですね。そして、いろいろ考えた末にお願いしたのが、矢野時計店さんでした。決して大きな店舗ではないんです。立地も、梅田やなんばのようなにぎやかな街ではないのに、ちょっと考えられないような売上なんですね。その秘訣が知りたいと思って修業させていただいたのですが、この2年間は本当に勉強になりました。

あるとき、社長さんが言うんです。お酒を飲んで帰るとき、タクシーに乗って振り返ったら、誰も見送ってくれないような店には二度と行きたくないだろう、と。でも、タクシーが辻を曲がるまでお店の人が頭を下げてくれていたら、また行きたいと思う。そういうことを徹底できたら、おまえが将来、家業を継いでもどうにかやっていけるだろう、という話なんですね。そういった、いわばサービスの基本をいろいろ教えていただいたことが、いまも役立っているような気がします。

ただ、振り返ってみると、当たり前かもしれませんが、祖父母や両親の働く姿を見ていた経験も大きな財産になったと思います。

実は、私の育った店は1階が店舗で、2階を自宅として使っていました。完全な職住一体ですから、子供のころから家業は日常生活の一部でした。すると、見るつもりがなくても、祖父母や両親の働く姿が目に入る。お客様を迎えるときの態度や言葉遣いも、自然に覚えてしまうんでしょうね。

でも、父は将来、私に家業を継いで欲しいとは言いませんでした。父もまた、祖父からそう言われたことはなかったそうです。中学生の息子がいるのでよくわかるのですが、親としては、つい言いたくなるものだと思うんです。でも、強制されることがなかったのは、自分の働く姿を見せれば、あれこれ言わなくても真意は伝わると考えていたからかもしれません。

スタッフの幸せが顧客満足の原点

いま、後継者難に悩む中小企業が多いといわれますが、それは子供が経営者の苦しそうな顔ばかり見ているからかもしれません。でも、職場と自宅を近づければ、父や母が必死に働く姿を通じて、苦しいなかにも輝きがあることを子供は理解すると思うんです。職住一体は、何よりの後継者教育ではないでしょうか。

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ことし11月には統合が予定されているが、現在は本店と門司港店の2店舗体制で、スタッフは24名。自ら希望した1名のみが非正規雇用で、それ以外は全員、正社員である。また、定年後も本人が希望すれば雇用の継続は可能。売上のノルマも設定されていないという。

そうした社風を象徴するのが、朝礼で行なわれる「肩たたき」かもしれない。吉田社長も参加して、全員が1列になって童謡「肩たたき」を歌いながら、前の人の肩をたたく。スキンシップによる連帯感の醸成がねらいだ。

また、スタッフの誕生日を休暇とし、子供の学校行事など、家族のための休暇取得も積極的に奨励。人員に余裕がないなかで、休暇を取得する同僚をサポートし合うことによって、スタッフ同士の結束も強めている。

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不思議なもので、みんなで声を合わせて童謡を歌いながら肩をたたいているだけで、笑顔になるんです。そして、親近感も増すのでしょうね。だんだん楽しくなってきます。そもそも、スタッフ自身が仕事を楽しまないと、お客様も楽しめませんよね。従業員満足は、顧客満足の大前提だと思います。

休暇についても、基本的には同じ考え方なんです。たとえば、誕生日休暇では1つだけ条件をつけています。どんなことでもいいから、その日に何か親孝行をすることです。そして、その内容や感想を簡単なレポートにまとめてもらうようにしています。

本来、誕生日というのは自分を祝う日ではなくて、産んでくれた親に感謝する日なんですね。ですから、両親を温泉に連れていったり、手紙を書いたり、自分なりの親孝行をして欲しい。親に感謝できない人が、お客様に感謝できるわけがないんです。

子供の運動会などの日に休暇の取得をすすめるのも同様です。家族を大切にすることは、お客様を大切にすることにつながると思う。そして、同僚を思いやる気持ちもまた、お客様への配慮に結びついていくような気がしています。

お客様の満足は、誰かの犠牲のうえに成り立つものではありません。スタッフ自身の幸せこそ、顧客満足の原点だと思います。

月刊「ニュートップL.」 2012年7月号
編集部


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