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70年代から生産管理システムを構築、精密順送金型・プレスで最先端を走る(株式会社JKB 社長 平井圭一郎)

キラリと光るスモールカンパニー

掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。


複雑な形状を単一の金型でプレス加工する精密順送金型づくりと精密順送プレスで、最先端を走るJKB。

電子機器、医療機器などの分野で大手企業の開発段階から参画し、金型設計を行なう。

その品質と納期の管理に大きく寄与するのが1970年代から取り組んだシステム化だ。

生産管理、生産性向上、品質管理と機能を向上させ、大手も驚くシステム化を実現した。

◇    ◇    ◇

中小企業のIT活用は、いまでこそ重要なテーマだが、1970年代初頭から生産管理システムを構築、発展させてきた中小企業は数少ないだろう。

JKBはその先駆者といっていい。同社は複雑な形状をプレス加工でつくりあげる精密順送金型の設計・製作、およびその金型を元にした精密順送プレス部品の製作を行ない、大手企業からも高く評価され、20年以上黒字経営を続けている。

質の高いものづくりを支えるのが、自社で磨き上げてきたシステムである。先代社長で2代目の平井和夫会長が入社した71年から、同社は生産管理システム開発に取り組んだ。生産能力に応じた部品の受発注が可能になり、在庫を7割も削減したという。そのシステムは高く評価され、81年には、中小企業庁によりコンピュータ化推進の標準モデルとして全国より選定された9社の中に入り、同社のシステムがモデルケースとして選ばれた。

その後も平井会長は、すべての機械の稼働状況をリアルタイムで確認できる、生産性向上支援システムを構築。5年間で生産性を2.4倍に引き上げた。

同社のシステム開発の強さは、3代目にも引き継がれている。現社長の圭一郎氏(32歳)は2006年に入社すると、品質管理システムの開発を担当。製品の不良率を大幅に低下させ、毎日生産する量産プレス部品において、半年間以上不良率ゼロという快挙を達成した。平井社長はこう語る。

「ソフトウェアと現場のものづくりがわかっていないと使えるシステムはできませんし、現場がシステムの改善を遠慮なく会社に提案でき、トップがそれを受け入れる社風がなければうまく運用できません」(以下、発言は同氏)

平井会長は大学院時代にスタンフォード大学でDADの研究をしており、システム設計が得意だった。平井社長もまた高知工科大学で情報システム工学を専攻した、ソフトウェア開発の専門家である。2代続けてソフトウェアとものづくりに精通した社長の存在が、JKBの推進力となっている。

不可能だった複雑形状、微細加工をプレスで実現

順送プレスとは穴開け、絞りなど複数の工程を、単一の金型を使って連続加工する工法だ。一工程しかできない単発プレスに比べ高い生産性を誇る。だが、そのぶん、金型の構造は複雑になり、熟練の設計技術が必要だ。

JKBはこの順送プレスの金型設計・製作で高い技術力をもち、これまで不可能とされてきた複雑な形状や超微細なプレス加工を次々に実現させ、大手企業からも高い評価を得ている。

たとえば、直径わずか8.5ミリの範囲内に121個の穴を開ける微細加工は、従来エッチングでしかできなかったが、プレスでの加工を実現したことで、コストを10分の1まで下げることに成功した。また、自動車の照明に使われる、真円の円筒形内にV字の羽根を設ける部品は、これまで2点の部品を組み合わせるしかなかったが、JKBは1点の部品として順送プレス加工することに成功し、部品点数の削減に貢献した(右写真参照)。

このほかにも同社にしかできない順送プレス部品は多く、同社を最後の頼みと駆け込んでくる企業が少なくない。手がけているのは電子機器および医療機器向けの金属部品が主で、いずれも取引先にとって重要な戦略製品のため、JKBは秘密保持に神経を使っている。

「リーマンショック以降、最先端製品の試作・開発段階に参画し、お客様と一緒に開発するように心がけてきました。お客様は大手企業がメインでいずれも直取引です。最近では信頼も得て、『金属部品・プレス部品ならJKBに相談しよう』と言っていただけるようになり、既存の取引部門を超えて別の事業部からもご相談いただけるようになりました」

メーカーとしては、プレスで加工できるわけがないと思っていた部品が、JKBの技術で可能となるため、設計の根本から見直せる。設計段階からJKBと手を組み、製作工程を提案してもらうことで、部品点数や作業工程を大幅に短縮できるメリットがあるのだ。仕様が確定すれば、JKBで金型製作から量産プレス加工まで全工程をまとめて請け負う。秘密保持の面でもメリットは大きい。

毎日2時間に1回 5分間の改善活動

JKBの生産工場は、山形県にある。76年に河北町に開設したが、05年に寒河江市に移転し、山形工場として稼働している。

山形工場にあるプレス機など、すべての機械1台ごとにパソコンが設置されていて、担当者名、金型名などをバーコード入力することにより、機械ごとの生産品目、生産状況、生産完了予想時間などが逐次モニタリング可能だ。川崎市にある本社と山形工場はLANで結ばれているため、工場でも本社でも、機械の稼働状況、生産状況がリアルタイムで把握できる。

この生産性向上支援システムによって、顧客から納期の問い合わせがあっても即座に正確な回答ができるようになった。緊急の注文が入っても、すぐにラインの計画を調整、変更して対応することも可能だ。納期が確実なので、顧客にとっても組み立て工程の生産性が向上する。

だが、すぐれたシステムがあってもうまく使いこなせなければ意味がない。JKBではシステムを活用するしくみがある。

その代表が「ショートミーティング」だ。これは毎日2時間ごとに現場作業者全員が集まって5分以内に行なうミーティングである。機械のオペレーターだけでなく、品質管理担当者や設計者、工場長も一緒に、ディスプレイで稼働状況を確認しながら、生産の確認、調整などを話し合うのだ。生産の遅れがあれば原因を探して修正する。生産品質が安定していれば、無人でラインを流す決定をする。急ぎの注文が入ればその調整をはかる。生産計画、品質、納期の管理を2時間ごとに行なう改善活動である。

「2時間に1回のミーティングは、多すぎると思われるでしょう。しかし朝礼などで1日単位の改善を行なっても、結果が出るのは翌日以降になってしまいます。現場は1分1秒の争いですから、2時間単位で微調整を繰り返しながら生産性を上げているのです。そのためにも、リアルタイムで進捗状況が確認できるシステムが重要です。5分以内というのは徹底していて、より効果的なミーティングを行なうために、参加者がどこに立つかまで試行錯誤しました。これは工場長の発案ですが、細かい改善提案が現場の全員から出てくるのが当社の強みです」

同社は、平井社長の祖父が1951年に平井電機製作所として創業し、当初は電気計器部品の製造販売を行なっていた。目黒区に本社があったため、54年に城南計器部品と社名を変更。81年には平井会長が、計器部品から電子部品製造に業態をシフトさせ現在の土台を築き、85年に社名を城南計器部品の頭文字をとってジェーケービーに、02年にJKBに改めた。

「アルファベット3文字の社名は多いので、なかなか覚えていただけず、父(会長)はよく『柔道・剣道・武道の略です』と冗談を言っていました。私は『JKB48をめざしたい』というジョークで印象づけようとしています(笑)」

工場に日参し品質管理システムを構築

平井社長は長男として3代目をいつか継ぐことになるだろうと思いながらも、CG(コンピュータ・グラフィックス)のエンジニアを志望し、大学卒業後は大手テレビ局の子会社に就職、CGシステムを担当した。ところが、入社して2年が過ぎたころ、和夫氏からいきなりJKBに入るよう要請された。

「正直、驚きましたが、父に声をかけられたときは、ためらうことなく『はい』と即答しました。入社後、副社長の肩書をもらうのですが、経営のことも製造業のこともわからない。相当なプレッシャーでしたが、ものづくりにはやりがいを感じました。ものづくりは映像と違って仕事の成果が現実の『形』をとって表われますし、製品自体で社会に貢献することができる。しかも、他の会社でできないことを引き受けてつくりあげるのは喜びでした」

平井社長は06年に入社し、品質管理システムの開発を担当することになった。まず現場を知るべきと考え、山形工場に何度も足を運び、金型やプレスについて学んだ。ソフトウェアづくりはお手のものなので、いかに現場で使えるシステムをつくるか、社員たちの話をよく聞きながら設計を進めたという。

半年間でシステムをつくりあげたが、ポイントは「不良品を出さないためにどうするか」だった。過去の生産履歴と不良発生原因をデータベース化し、発生を未然に防ぐしくみで13年3月に特許を取得した。

現在にいたるも平井社長は現場を大切にしており、毎月山形の工場を訪問する。同社が取得しているISO9001(品質マネジメントシステム)においても、現場の品質管理担当者の責任だけでなく、経営者の責任を明確にルール化している。たとえば「毎月工場訪問し、現場への提案をする」など、具体的に経営者の行動を定めている。

技術者の発想を変える助言が経営者の役目

JKBでは経営者が現場の業務に深く関与する。平井会長時代から経営者が開発に関与し、困難な案件を克服してきた。

「難しい仕事ほど職人技だけでは解決できません。技術的に行き詰まったときは、経営者が視点や発想を変えるように技術者に助言することで、これまでも目的を達成してきました。父には金型やプレスの基礎がありましたが、私は金型の設計はできません。しかし、素人だからこそ別の角度からものを見ることができ、担当者が思いつかない助言ができ、ヒントになるのです。根本から設計をひっくり返すようなことも言います」

平井社長は現場に密着して、技術者や設計者と密接にコミュニケーションをとっている。それだけに、開発テーマの説明を受けて、過去の案件と共通項を見出し、「1年前はなぜできたの?」などと技術者の発想に刺激を与えることもあるという。

平井社長がいま心がけているのが、社内にニュースをつくること。顧客にも見えるような新しい取り組みを2~3か月に最低1個は生み出し、顧客が訪問したときに常に進化し続ける姿を見てもらおうと考えている。

また、経営の見える化も推進している。単に財務データだけでなく、会社がいまどのような状況にあり、これからどの方向に向かおうとしているのか、社員からも見えるように、情報と思いの共有をはかっている。

「私は設備投資とIT化、技術開発のバランスを取ることが重要だと思っています。この3つのテーマに関する投資を実行するときは、現状はどうか、投資の目的は何か、課題は何かなど、すべて社員にオープンにしています」

設備投資でも導入前に説明、相談し、社員からの意見で仕様を変える場合もあり、社員の指摘で気づかされることも多々あるという。

「社員とのコミュニケーションでは、ITより直に顔を合わせることを重視しています。メールはもちろん電話もよくない。工場での何気ない立ち話から、重要な意見が聞けるのです。改まった会議では意見が出にくいので、立ち話と会議を使い分けています」

平井社長のこうした姿勢が徹底しているからこそ、システムに魂が入る。中小企業のシステム活用の要についてうかがうと、「現場とITの両方がわかること」と、ひと言で返ってきた。それは平井社長が父から受け継いだ戒めでもあるのだろう。

月刊「ニュートップL.」 2013年12月号
吉村克己(ルポライター)


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