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「思い切りの良さ」で攻めるキリンホールディングス社長・三宅占二

トップリーダーたちのドラマ

掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。


持ち株会社化する前のアサヒビールのある有力OBが、「うちのトップももう少し大胆なM&Aを仕掛けたらいいのに」といった意味のことを、かつて漏らしたことがある。
昨年2月に破談になったキリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合話が表面化する少し前のことだ。

OBの念頭には積年のライバルであるキリンの、そこに至るまでの国内外での極めて積極的なM&A戦略があったと見ていいだろう。

連結売上3兆円を目標に展開

キリンは4代前の佐藤安弘社長時代の1998年に、ニュージーランドの有力ビール会社ライオンネイサンに出資(2009年、100%子会社化)、荒蒔康一郎社長時代に入った01年には、フィリピンの有力企業サンミゲル社に出資、09年の加藤壱康社長時代にはサンミゲル傘下のサンミゲルビール社の発行株式49%を取得している。

それに先立ち07年には、サンミゲル社からオーストラリア最大の乳製品メーカーナショナルフーズを2,940億円で完全買収。国内でも06年にはメルシャンを連結子会社化(昨年末に完全子会社化)、07年には協和醗酵に資本参加、その後連結子会社化している。

15年前の1996年には売上高1兆3,000億円超、経常利益520億円超(いずれも単体)だったものが、前期には連結売上高が2兆1,000億円強、経常利益はおよそ3倍の1,480億円弱にまで急拡大している。もっとも2015年に連結売上げ3兆円を目指すキリンとしては、目標到達まで先はまだ長い。

そのキリンが、7月初めにまたもや大規模なM&Aを実行に移した。

上記のようにこれまでのキリンの海外でのM&Aはアジア・オセアニアに限られていたが、今度は南米ブラジルの、それもビール業界でシェア第2位の企業。キリンはかつてアルコール製造会社をブラジルに持ったことがあるようだが、本格的なビジネスとしては事実上、未踏の土地である。投資金額も、ナショナルフーズ買収やライオンネイサンの100%子会社化に投じた資金(2,300億円)に次ぐ、1,988億円という巨額なものだ。

今回のこの買収劇を決断したのは、キリンホールディングス社長の三宅占二である。

「チームキリン」を引っ張るリーダー

三宅は1948年生まれの62歳。根っからの東京っ子で、中等部から大学まで慶応である。

経済学部を卒業すると、当時の麒麟麦酒に入り、一貫して営業畑を歩いている。07年に持ち株会社化されると、事業会社キリンビールの初代社長に就任、昨年3月にホールディングス社長となっている。

大学時代は運動部軟式野球部で活躍。先輩の大手スポーツ紙元編集委員によると、「小柄だったがパワーがあって、クリーンアップを任されていた。バッティングにしてもそうだが、何事も思い切りのいい男だった」という。

今も愛嬌のある丸顔を、小柄なやや肥満した体の上に載せて歩くさまは、馬力があふれているように見える。そうしたエネルギッシュで思い切りのよいところが吉と出たのが、09年春の主力ビールブランド「一番搾り」のリニューアルだ。

ビールに限らず商品のリニューアルは一つ間違えれば顧客離れを起こす。「スーパードライ」に押されっぱなしだったキリンとしてはリスクを回避して、保守に廻ってもよさそうなところだったが、三宅の判断は違った。「アサヒを意識せず、あくまでも『一番搾り』の愛飲者にとって好ましい方向にリニューアルすれば顧客に支持される」と考え、発売20周年を機に思い切ったリニューアルを断行したのだ。

社内でも危惧する声は少なくなかったが、結果としてリニューアルは成功、第三のビール「のどごし〈生〉」の大ヒットもあり、この年、キリンは宿敵アサヒからビール類トップの座を奪還する。

もっとも思い切りのよさが独断となり、裏目に出ることもある。11年度の酒税改正論議が盛んだった折、第三のビールのうち雑種系は据え置き、リキュール系は増税すべきとの考えでキリンが関係筋を説いて歩いたというのだ。

トップブランド「のどごし」は雑酒系で、他3社の主力はリキュール系。当然、キリンの動きは猛反発をうけ、頓挫せざるを得なかった。

もっともこうしたことすべてが、三宅の独断専行ではない。これも野球部育ちの影響と思うが、彼はよく「チームキリン」という言葉を使う。各部門にライバル他社を羨ませるような人材をそろえているキリンだけに、その力を十分に活用しようという発想であろう。よくも悪くも、三宅はチームリーダーに徹していると見てよい。

南米市場進出が吉と出るか?

さて、今回買収するブラジルのメーカーはスキンカリオール・グループといい、サンパウロ州に本拠を置き、昨年12月期の連結売上高がおよそ2,800億円、営業利益がおよそ60億円。ビール事業ではブラジル第2位(シェア15%。トップは世界最大のインベブ)。清涼飲料でも炭酸飲料が国内第3位につける。

三宅は「ブラジルという非常に大きな、そして将来性の見込めるマーケットで、酒類飲料の有望な投資機会を得た」と述べたあと、

「グローバルなビール市場は激烈な競争が続いている。こういう中でこうした有望な案件が出てくるのは稀(まれ)だろうと認識している」

と、有望な市場で効果的な投資ができたと自讃に近い高評価を与えている。

確かにBRICsの一角を占めるブラジル市場の将来性は高く、メディア各社も多くは今回の投資には好意的だ。

ただ数字をよく見るとスキンカリオールは極めて利益率が低い。この程度の売上で工場が13もあるというから、小規模で非効率の所が多いのだろう。品質にもばらつきがあると見ていい。

シェアアップを前に、この辺の構造改革が課題になるのは避けられない。ブラジルという土地でのマネジメントも難しさが予想される。時間がかかりそうだ。

証券市場はリスクが高いと見てキリン株は「ウリ」。三宅の思い切った投資が、吉と出ることを期待したいが……。

月刊「ニュートップL.」 2011年9月号
清丸惠三郎(ジャーナリスト)


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