道路や“街”を特殊な接着剤で再生する(アルファ工業株式会社・社長 大井川幸彦氏)
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コンクリートのひび割れを表面から塗るだけで補修するエポキシ樹脂接着剤を世界で唯一開発したアルファ工業は、従業員25名ながらその独自技術で海外からも注目されている。エポキシ樹脂接着技術の開発集団として、ユーザーのニーズに応え、水中のひび割れ補修材や、ボルトや溶接に代わる鋼材用接着剤、集成材より加工法やコストに優れた木材用接着剤など、画期的な新製品を次々と生み出している。
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横浜市鶴見区に本社を置くアルファ工業には、同社の技術力を雄弁に物語る高さ30cm、幅7cmほどの1本の石柱がサンプルとして置かれている。
一見したところ、ただの石柱である。だが、同社の大井川幸彦社長(64歳)に「机の下に入って、暗がりで紫外線ライトの光を当てて見てご覧なさい」と言われ、その通りにすると、驚いたことにその石柱には複雑なひび割れが縦に走っている様子がくっきりと浮かび上がった。
ひび割れ補修が“塗るだけ”ですむ
これは縦に割れた石柱の両面を貼り合わせたわけではない。石柱の上から同社が開発したエポキシ樹脂接着剤「アルファテック380」を塗り、石柱の下まで接着剤が浸透した結果なのだ。
アルファテック380は優れた浸透性をもち、刷毛やローラーなどで塗るだけでひび割れ表面から入り込み、強固に接着する。コンクリート構造物のひび割れ補修接着材として高速道路や鉄道の橋梁、ビルなどの建築構造物に利用されている。接着すると、「その部分は割れていないコンクリートと同等になります。鉄片同士を接着して引っ張る耐久テストをすれば、接着していない部分が引きちぎれるほど接着力は強い」と大井川社長は語る(以下、発言は同氏)。
エポキシ樹脂とは「エポキシ基」という反応基をもつ樹脂化合物の総称だ。様々な硬化剤を混ぜることで、不溶・不融の硬化物となり、接着性、強靱性、耐熱性、電気絶縁性、耐食性などを発揮する。硬化するときに揮発性の物質を出すこともない。
硬化剤には多様な種類があり、その配合によって右記の物性を引き出し、粘度や硬化速度などを自在に変化させられる。さらに硬化剤以外の添加剤を混ぜることも可能で、たとえばバリウムを加えることで、目視できないところに注入した接着剤をX線で確認することもできる。
アルファ工業はこの配合に独自のノウハウをもっており、「普通は思いつかないような材料も混ぜる」という。1万種を超える材料から求める物性を作り上げるものを選び出すため、その組み合わせは天文学的な数字になる。ちなみに、アルファテック380には18種類の材料が使われている。
エポキシ樹脂そのものにも様々な種類があり、添加剤が配合されていることもあるため、原料によっても物性が変化する。
「原料によってはドイツから輸入しているものもありますが、メーカーは絶えず製品を改良しており、そのたびにわれわれの製品の配合も変えなければなりません。そうしないと品質が維持できないのですが、これはそう簡単には他社が真似できることではないでしょう」
アルファ工業はこうしたノウハウを駆使し、顧客の求めや社会的ニーズに従って、様々な画期的な製品を開発してきた。
アルファテック380は、旧日本道路公団から0.2mm以下のひび割れを補修したいという要望があって生まれた。0.2mm以上の大きなひび割れは、箇所ごとに注入器を取り付け、接着剤を入れる「注入工法」が採用されている。だが、無数にあり目視も難しい0.2mm以下のひび割れをすべて注入工法で補修するのは不可能だ。そこで、表面に塗るだけで補修できる浸透型接着材が必要だったのだ。
同社は表面張力を抑えて、細かいひびの中に浸透しやすく、そして液垂れしにくい接着剤を半年ほどで開発した。アルファテック380は垂直方向でも上向きでも毛細管現象により、ひびの奥まで入り込む。2003年に日本道路公団と共同で特許を出願。他にも顧客との共同開発が多く、単独も含めて28件の特許を出願している。
従来の注入工法では最低3日間かかっていた工期がアルファテック380なら1日、コストは1m当たり7,600~9,800円だったが、1,500円ですむ。
この他、水中のコンクリート構造物のグラウト材、取水堰やコンクリート橋脚などの保護・増強材、大型のディーゼルエンジンなどを据え付けるコンクリート基礎のグラウト材や据え付け用の「セルフレベリング材」など、100種類もの製品をもつ。個別の顧客ニーズに応じて開発することが多く、そこから定番商品が生まれる。
売上比率は、ディーゼルエンジンやコンプレッサなどの機械分野が20%、残り80%は土木建築分野である。不況時にあって、06年度から四期連続の増収で、09年度は8億5,000万円の売上となった。
オンリーワン企業としての成功と苦悩
アルファ工業は、1977年にディーゼルエンジン発電装置を据え付けるコンクリート基礎をエポキシ樹脂接着剤で補修する専門の会社として設立された。
ディーゼルエンジンは振動が強く、高温になるので基礎のコンクリートが傷みやすく、そのまま放置すると振動が激しくなってエンジンが壊れてしまう。
当時、日本ではその補修にセメント系の材料が使われていたが、アメリカではエポキシ樹脂が主流となっており、大井川社長は「いずれ日本もエポキシを使うようになる」と確信した。それまで、大井川社長はディーゼルエンジンなどを扱う外資系の機械商社に勤めており、アメリカの動向に詳しく先を見通すことができた。もともと独立志向の強かった大井川社長は会社を辞め、アルファ工業を立ち上げた。
読み通り、鉄鋼会社や重電会社の発電設備の基礎補修を請け負うようになり、83年にはアメリカのエポキシ樹脂接着剤メーカーと合弁で会社を設立、接着剤の国産化を図り、89年にエポキシグラウト材と注入用エポキシ接着剤を自社開発した。
その頃、知人の紹介でフィリピン人のファービニア・ロメロ氏が開発部隊に加わり、今に至るまで中心的な技術者として大井川社長と一緒に様々な製品を開発してきた。
「機械の基礎補修をエポキシ樹脂で行なう会社は国内で当社しかなく、1社独占体制で順調に事業が伸びていきました」
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だが、好事魔多し。92年頃、市場性があると見た中堅の建築補修会社がアルファ工業の営業と開発と施工担当者を引き抜き、同じ客に同じ製品を安く売り始めたのだ。
あろうことか、大切な材料の配合まで盗み出されていた。大井川社長は相手企業を告訴するが、訴訟を巡るリスクを怖れた大手顧客先はアルファ工業の製品を買わなくなり、その隙に乗じてアメリカの企業が入り込んだ。売上は3割も急減した。
裁判では盗み出された配合比率に資産価値があるかどうかが争われた。被告側はエポキシ樹脂研究の権威ともいうべき大学教授を証人に立て、配合にアイデア性はなく一般的なものと主張したが、裁判官はアイデア性を認め、5年かけて和解が成立。被告側の企業は製品販売を中止した。
売上の減少と裁判で大きなダメージを受けたアルファ工業だったが、95年に発生した阪神・淡路大震災が同社にとっては飛躍のきっかけになった。倒壊した鉄道や道路のコンクリート構造物の補修に同社のエポキシ樹脂接着剤が使われたのだ。鉄筋が曲がってコンクリートがはがれ落ちた橋脚に鉄を巻いてセメントを詰め、その周囲をエポキシ樹脂で固めて補修した。こうした実績が認められ、土木現場に同社の製品が多用されるようになった。
新たな用途の製品開発に次々と挑戦する
2002年にはロメロ氏の関係から、フィリピン政府がアルファテック380に着目し、高さ200m、幅1.2kmというサンロケダムの補修依頼を受けた。合計20kmにもおよぶひび割れを補修したのだが、請負元のアメリカ企業は、「塗るだけで接着できるわけがない」と、当初は注入工法にこだわった。ところが、アルファテック380を使ったコンクリートの強度試験を行なうと、納得せざるを得なかった。結局、契約までに3か月かかったが、工事が始まるとたった1か月程度で完了し、コストもかからず、客先は大喜びだった。以降、フィリピンでは道路、高架橋、発電所などインフラ関連の補修を中心に事業が広がっている。
また、偶然、関係者がいたことから、スペインやハンガリーにも製品を輸出し、韓国での事業展開も始まった。現在、海外の売上比率は10%を占めている。
コンクリート補修に限らず、接着力の強さや耐久性などからエポキシ樹脂接着剤は広がりを見せている。熊本県の材木メーカーである工芸社・ハヤタと共同で、国産杉の角材を束ねて接着した「杉BP材」を開発した。板や小角材などを接着剤で貼り合わせた従来の集成材に比べて、低コストで簡単にでき、シックハウスの原因となるホルムアルデヒドも発生しないので、国産材の新たな用途として有望視されている。
「現在、木質構造材として建築物に利用できるように申請中です。杉は軟らかいので集成材に向かないと言われていますが、この方法なら国産杉が使えるようになる」
この杉BP材の中に鉄筋を挿入し木材同士を接合する工法も開発。木材の穴と鉄筋のすき間にエポキシ樹脂接着剤を充填して高い強度を実現した。
さらに、鉄鋼メーカーと共同で溶接やボルトの代わりに鉄を接合できる接着剤を開発中で、実用化が近づいているという。
「エポキシの可能性はまだまだある。これからも様々なニーズを模索しながら、新製品の開発に挑戦しつづけていきたい」
月刊「ニュートップL.」 2011年2月号
吉村克己(ルポライター)
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