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簡易水質分析の技術を活かし、環境改善に貢献したい(株式会社共立理化学研究所・社長 岡内 完治氏)

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掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。


1973年の発売以来、ロングセラーを続ける共立理化学研究所の簡易水質分析キット「パックテスト」。地道な研究を重ね、機能の充実に努めてきた岡内完治社長が、ニッチトップを維持してきた経営観を語る。

共立理化学研究所の簡易水質分析キット「パックテスト」は試薬が入った小さなポリエチレン製のチューブで、水を吸い込むと試薬が反応。変色を一定時間後に標準色と比べれば、測定する成分の濃度がわかる。1973年の発売以来、その使いやすさから工場の排水検査や自治体の飲料水管理などに利用され、環境教育用の教材としても、小学校から大学まで幅広く採用されてきた。

発売当初は10項目の物質にしか対応できなかったが、同社2代目の岡内完治社長により研究が重ねられ、測定対象が拡大。現在では70項目以上の物質に対応し、商品は約200種類に及ぶ。

国内ではニッチな市場だが、この分野では圧倒的な支持を獲得しており、シェアは90%を超えるという。「パックテスト」の発売以来、40年近い間、同社は黒字経営を維持してきた。

◇    ◇    ◇

毎年、8月も終わりに近づくと、全国から問い合わせの電話をたくさんいただくんです。「パックテスト」はどこで購入できるのか、と。小学生のお子さんをおもちの、お母さんでしょうね。「お送りしましょうか」と気をきかせると、たいていは「間に合わない」と断られてしまう。夏休みの自由研究の駆け込み需要です(笑)。

チューブに水を吸い込むと、試薬が反応し変色。その色と標準色を比べれば、成分の濃度がわかる

「パックテスト」はスポイト式ですから、水を吸い込むだけで簡単に試薬と反応させることができ、ほとんどの測定は5分以内に結果がわかります。価格も、50回分で4200円程度ですから、昔から小中学校の教材として、よくご利用いただいてきました。

ただ、最も多い用途は、やはり環境関連ですね。企業ですと、工場排水の検査であったり、循環水やボイラ水など工程管理に使われることが多いようです。一方、行政では河川や湖沼の水質検査や酸性雨の調査などですね。とにかく、われわれにとって最も身近で大切な水の分析キットですから、至るところに出番があります。

とはいえ、国内の市場そのものはいかんせん、大きくありませんから、大手企業の参入は難しい。おかげさまで、私どもがどうにかやってこれたのは、ある種の僥倖なのかもしれませんが、もしほかに何か理由があるとすれば、手前味噌ながら、創業者である先代の功績だと思います。小さな市場ではありますが、誰も手を着けなかった領域に着目して、未踏の原野を切り拓いてくれました。いまも心から感謝しています。

10年間の勉強で新商品を開発

実は、私どもの商品開発では、まったく手着かずのゼロの状態から原理を研究し、新しい試薬を完成させるケースは、稀なんです。すでにどこかの国の学者によって原理が見出され、研究成果が論文として発表されている場合がほとんどなんですね。

ところが、その論文どおりに試薬をつくっても、それは商品にはなりません。たとえば、有効期限の問題です。化学薬品も時間の経過にともなって劣化しますから、数日間で性質が変わってしまうような薬品は使えません。また、いわゆる青酸カリのような劇毒物も、市販する商品としては不適格です。そうした薬品を使わずに、同様の性質をもつ試薬を調合しなければいけない。もちろん、扱いやすさも考慮しなければいけませんから、液体ではなく、固体で代用するようにも工夫します。

そのあたりは、大学の先生方にアドバイスを頂戴することもありますが、一つひとつ地道に試行錯誤を繰り返すほかないんですね。ですから、一つの試薬を完成させるまで最低でも2年くらいはかかりますし、最終的に商品化までたどり着けない研究もあります。6年かけて、結局、完成しなかったこともありました。「パックテスト」そのものは、容器に試薬を入れただけの単純な商品ですが、実はけっこうな手間と時間がかかっているんです(笑)。

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同社は、1952年、岡内社長の義父である岡内重寿氏の個人事業として創業された。
重寿氏は、東京帝国大学を卒業後、日本光学工業(現ニコン)に勤務した技術者で、戦時中は陸軍の技術将校に任官。光学兵器の開発に従事し、国産ガラス溶解炉の建設を命じられた。

このとき、耐火レンガを研究する過程で土壌中の水素イオン指数の簡易測定法を考案したことが、戦後の創業へつながる。水素イオン指数とは、いわゆるpH値のことで、重寿氏が開発した土壌分析用pH試験箔が同社の第1号製品となった。

pH試験箔は画期的な製品だったが、販売にはあまり結びつかず、その後、試験箔の技術を応用してメッキ溶液用試験紙を開発。これがロングセラーとなり、59年の法人化を経て、同社の経営は安定軌道に乗った。やがて、第二のロングセラーとなる「パックテスト」の研究開始と前後して、岡内社長が入社する。

岡内社長は、1942年、日本統治時代の台湾に生まれた。だが、三菱商事に勤務する父の転勤と戦局の悪化で、間もなく内地へ転居。戦後は都内で育った。夫人とは、幼なじみという。67年、工学院大学を卒業し、日本化成に入社。硝酸工場の建設など大規模プロジェクトに抜擢されたが、71年、義父となった重寿氏の後継者として共立理化学研究所に入社した。翌年、重寿氏が病に倒れると、以降は実質的な経営を引き継ぎ、80年、重寿氏の死去により、2代目社長に就任した。

◇    ◇    ◇

私が入社したころは、社員が10人くらいだったと思います。前職が、わりと大きな会社でしたから、帳簿を見てもケタが2つくらい違っていて、最初は戸惑うことばかりでした。

しかしながら、のちに振り返ってみると、ちょうどよい時期に入社できて、いろんな意味で恵まれていたと思います。というのも、私は入社して1年間、義父のそばで仕事を学ぶことができました。入社が少しでも遅かったら、それもかなわなかったでしょう。「パックテスト」も義父の試薬が完成していて、その後、私どもの経営を支えてくれることになります。幸か不幸か、環境汚染が深刻化していた時期でした。

共立理化学研究所の本社屋。田園調布の住宅街の一角にある

ご承知のように、そのころの環境破壊は凄絶なもので、まさに高度経済成長の代償ですね。子供のころ、夏になると友達と多摩川に飛び込んだものですが、工場排水などによって、同じ川とは思えないほど汚染されてしまいました。

そうしたなかで、71年に水質汚濁防止法が施行されます。ところが、工場などからの汚水や廃液について、規制はされるけれど、現場で水質を即座に判定する方法がない。誰でも手軽に水質を分析できないか、という行政と企業の要望にお応えするかたちで「パックテスト」が誕生したんですね。その後、ロングセラーとなったのは、ややおおげさかもしれませんが、時代の要請と言えるのかもしれません。

しかし、義父が倒れたことで、それに続く商品が開発できなくなりました。私は機械が専門でしたから、製品をつくる機械が担当で、それは3年間でどうにか完成しました。一方、分析化学については門外漢だったのですが、私が勉強するしかありません。結局、その基礎から勉強して、ようやく新商品ができたのは、恥ずかしながら、10年後でした。それまで、いわば義父の遺産で食いつないだわけです。

義父の書棚から英語やドイツ語で書かれた専門書を引っ張り出してきて、辞書を片手に読み込もうとしますが、当然ながら、難解なんですよね。

でも、幸いなことに、化学の世界には化学式という便利な代物がありまして、文法や専門用語はわからなくても、化学式を見れば肝心なところは理解できるようになっています。むしろ、化学式のおかげで勉強が10年で済んだと言えるのでしょうね。

公定法と簡易分析の中間を開拓したい

創業以来、商品を通じて環境問題に目を向けてきただけに、同社では社会貢献活動にも積極的に取り組む。
全国からおよそ1万人が参加して行なわれる市民・行政協同による「身近な水環境の全国一斉調査」では、04年以来、毎年、約2万個の「パックテスト」を無償で提供してきた。参加者は、全国一斉調査日に「パックテスト」を使って河川などの水質を調査。そのデータを集計して「全国水環境マップ」が作成される。昨年の前回調査では、全国5559地点で調査が行なわれたという。
そうした活動や「パックテスト」の研究実績が評価され、昨年、岡内社長は日本分析化学会から技術功績賞を受賞。同会から「高度化を指向した簡易分析法の開発と実用分析への応用展開」をたたえられた。

◇    ◇    ◇

「身近な水環境の全国一斉調査」には子供さんの参加も多くて、非常に意義深い取り組みだと思っています。
そういう活動をきっかけにして、多くの方が少しでも地元の河川や湖沼に目を向けるようになれば、環境の改善につながります。河川や湖沼を汚染するのは工場排水だけではなく、いわゆる生活排水も大きな要因になっているからです。

「油は、そのまま捨てたらダメだよ」と子供さんから言われれば、大人の意識も変わるはずです。今後も可能な限り、協力していきたいと思っています。

また、今後は簡易分析の分野で蓄積したノウハウを活かして、もう少し高度な分析にも挑戦したいですね。現状では、高度な分析と簡易分析の間を埋めるような中程度の分析方法が確立されていないんです。

「パックテスト」の手軽さを武器に、海外市場も視野に入れる

分析化学の世界では、結果の同一性を期すために、国や国際機関によって物質の分析法が定められています。それを公定法と呼びます。オフィシャルなものですから、当然、高い精度が要求され、そのための設備には莫大なコストがかかります。

それに対して、私どもの「パックテスト」は簡易分析ですから、公定法の対極に位置する。その中間にあたる分析法が手薄なんですね。潜在的なニーズは、あると思います。

たとえば、いまでも日常生活で井戸水を使っている人はけっこういますね。何かの機会に、その成分を知りたいと思っても、公定法はおおげさすぎて、時間もお金もかかります。とはいえ、簡易分析では少々、物足りないと感じる場合もあるでしょう。

手軽で廉価という簡易分析の長所は維持しながら、そういうニーズにも応える商品を開発したいと思っています。

月刊「ニュートップL.」 2012年10月号
編集部


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