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科学と教育とビジネスを巧みに結びつける異色の研究者集団(株式会社リバネス・CEO 丸幸弘)

キラリと光るスモールカンパニー

掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。


従業員44名のうち、理系の博士が6 割を占め、他は修士という異色の研究者集団であるリバネスは、子供の科学離れを防ぎたいという一念から出発した。

大学院在学中に創業した丸幸弘CEOのもと、各社員が独自にプロジェクトを運営し、様々な事業を展開する。

大学や企業の研究者による小中高校への出前授業を中心に、専門家の科学知識と社会を結びつけるリバネスの取り組みを追った。

◇    ◇    ◇

日本国内の子供の理科離れや学力低下が問題視され、教育行政の見直しが問われるなか、企業とビジネスの力で、この問題を食い止めようとする異色の経営者が注目を集めている。

東京都新宿区に本社を置くリバネスの丸幸弘CEO(34歳)だ。丸氏は生物や生命科学に強い関心をもち、東京薬科大学生命科学部を卒業後、2001年に東京大学大学院農学生命科学研究科に入学して、博士号(農学)を得た。

「2000年から01年頃、世間で理科離れが話題になり始め、同時にポスドク問題もあって多くの先輩たちが大学院に残っていました。こうした世の中の問題を解決できないかと思ったのです」と、丸氏は語る(以下、発言は同氏)。

ポスドクとは「ポストドクター」の略で、常勤研究者のポストがなく、非常勤職員として安い給与で雇用されている博士号取得者を指す。丸氏は、このままでは日本の科学の土台が崩れると思ったという。

「科学と技術は似て非なるものです。土壌としての科学があって、技術が生まれる。日本では科学はカネにならないという理由で、モノづくりを重視してきましたが、本来、科学と技術は車の両輪なのです」

丸氏は東京大学大学院に入学後、大学時代のバンド仲間など理系の友達15人を集め、科学や研究の面白さを知る当事者として小学校などに出向き、実験などを行なう出前授業を始めた。当初は受け入れる学校側に戸惑いがあったが、児童たちから授業が面白いと好評を得て実績を積み重ね、02年には、有限会社リバネスを設立。大学や大学院だけでなく企業の協力も得て、小中高に出前授業を届けるようになった。

企業による出前授業をコーディネート

現在、出前授業は「教育応援プロジェクト」として、中小企業から大手企業まで約100社が参加している。授業を受けた子供たちは4万人を超えた。

リバネスは企業から研究者・技術者などの人材と資金の提供を受け、出前授業のコーディネートを行なう。かつての出前授業に刺激を受けて、理系の大学に進み、就職が決まった若者がお礼を言うために同社を訪ねてくることもあるという。

ことし、こうした出前授業の中から、有識者による審議と学校の先生たちからのウェブ投票をもとに優れたプログラムを表彰する「教育CSR大賞」を設置。23本のプログラムがノミネートされており、現在、選考が進んでいる。たとえば、天体望遠鏡などを作る光学機器総合メーカー・ビクセンは、天文好きを増やすために、天文部の立ち上げ支援や教職員向けの研修を09年から実施してきた。天文部を支える先生から育てようという遠大な戦略だ。

バイオ医薬研究・製造の協和発酵キリンは、東日本大震災の被災地復興支援のため、東北の中高校と組んで新種の微生物発見などを目的とした「東北バイオ教育プロジェクト」を“キリン絆プロジェクト”の一環として展開。必要な実験機材や研究ノウハウを協和発酵キリンと同社が共同で学校に提供し、ハイレベルな研究を継続的に行なう予定だ。現在、岩手県陸前高田市と宮城県石巻市の高校が参加し、研究が始まっている。

「これまでの出前授業を一歩進めて、高校生による論文執筆を前提とした研究活動です。私はこれを“リサーチ・ベースド・エデュケーション(RBE)”と呼んでいます。東北地方の沿岸には昨年の大津波で海底の微生物が打ち上げられており、そのなかから人類に役立つ新種を発見できるかもしれない。地元の子供たちが自らの手で未来を切り拓く試みです。悲しみを教育と研究で乗り越え、子供たちが育てば企業も学校も地域も元気になる。RBEを20年間続ければ、ノーベル賞を受賞する人も現われると信じています」

リバネスは出前授業をはじめ、科学知識分野における実に様々な事業を手がけている。「社員の数だけ事業がある」(丸氏)ほどだ。現在の従業員44人中、おもに理系の博士が6割を占め、それ以外は修士。文系の博士もいるが、学部出身者は原則、採用しないという。

「宇宙」を使った教育からおいしい豚の飼育まで

国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟を有償で借り受け、実験・教育・広報などに利用する「宇宙教育プロジェクト」では、一時的に宇宙空間で保管した植物の種や大豆などを地球へ持ち帰って、全国の小中高の生徒たちが栽培・観察する実験を行なっている。

「数多くある事業の1つであり、3,000万円をかけたこともあって、ここだけ見れば赤字です。ただ、それよりも6,000人の子供が参加し、知的刺激を受けたのですから、大きな成果と言えると思います」

こうした教育支援は企業にとって人材育成の場にもなっている。同社では新入社員や幹部に対する研修も請け負っており、研修には必ず出前授業を行なうプログラムが含まれている。

「企業の研修受講者には、たとえば小学生に新規事業について、わかりやすく楽しく話をしてもらいます。小学生はある意味、素直です。つまらないと無駄話をするし、『面白くない』と平気で言いますからね。いかに引きつけるかが大切です」

丸氏は自社を「知識製造業」と位置づける。

「知は大学や研究機関、企業などで日々生まれていますが、それを流通する手段がありません。私たちは知を流通するためのパイプ役を果たし、小中高校生たちに伝えたいのです」

大学も税金による補助を受けているため、社会との科学・技術対話(アウトリーチ活動)を義務づけられている。リバネスはその支援も手がけており、関連企業が経営する都内八か所の「サイエンスカフェ」で、教授陣によるセミナー活動をコーディネートしている。

企業への研究サポート事業もあり、測定や実験装置をそろえて、国内最安値で研究開発などを受託。中小企業の支援のためにも格安で提供しているのだという。その一方で、高度な技術をもつ町工場を研究者が活用するための支援事業も展開する。

地域支援プロジェクトもあり、沖縄県内で地元の食品残渣から作ったリサイクル配合飼料(エコフィード)を活用した養豚事業を手がける。現在、「福幸豚(ふくゆきぶた)」のブランド名で約100頭を育て、同県内に出荷するだけでなく、実際に消費者に賞味してもらうため、関連会社のレストランで提供している。食品残渣にシークヮーサーやアセロラの絞りかすを加えて栄養素を考慮した飼料にしたためか、肉の脂の融点が通常より10度も低く、食べると脂がとろけるような風味が生まれたという。

崇高な疑問からプロジェクトは始まる

植物工場を各地で運営する事業もある。一般的な植物工場は大規模化により生産効率の向上をめざしているが、それでも製品価格が高く、一般消費者に受け入れられているとは言い難い状況にある。

「05年から社内で植物工場に関する勉強会を継続してきましたが、消費者は露地栽培と比べると、植物工場の野菜は人工的でまずそうだというイメージをもっています。それは作っているところを見たことがないからだと考え、植物工場を見せてその場で売るという発想で、地産地消ならぬ“店産店消”というキーワードを作り、外食産業と組むことにしました」

サンドイッチチェーンの日本サブウェイはリバネスと提携し、10年に東京駅に隣接する丸ビル地下に植物工場併設型店舗をオープン。キャビネット型の植物工場を取り囲むように客席が配置され、そこで栽培の様子を見ながら収穫したレタスを実際に味わうことができる。女性客などに人気があるという。さらに、リバネスが発案した「野菜エンス」というコンセプトを打ち出し、野菜に含まれる成分や栄養素などの知識を顧客に伝える活動を展開している。

現在、栃木県宇都宮市の餃子店や関連会社のレストランに植物工場を導入。東京都福生市にある電材企業とは本格的な植物工場の建設を計画し、大手小売や飲食店への納入をめざしている。国内外の地域活性化のために店産店消のノウハウを含めて、植物工場運営のソフトを販売していきたいという。

科学と教育とビジネスを巧みに結びつけ、これまでにないアイデアを社会に提案して企業や学校を巻き込み、事業化していく丸氏の経営センスは、簡単に真似できるものではない。

34歳という若さにもかかわらず、いったいどこでこうした経営手法を学んだのだろうか。

「私はビジネスモデルのプロではないですし、最初から儲けようとも思っていません。ただ、イノベーションを起こすにはPDCAではダメで、“QPMI”が必要だと言っています。Qはクエスチョンであり、まず社会的意義の高い崇高な疑問から出発しなければなりません。次にPはパーソナルであり、パッション。つまり、強い情熱をもつ個人の存在が必要です。情熱をもつ個人がいるから、Mであるメンバーが集まり、ミッションが生まれる。その結果、Iすなわちイノベーションやインベンション(発明)へとつながるのです。企業は個人を大切にして、QPMIを回していくことこそ重要だと思っています」

大学受験ですべて不合格の挫折

リバネスという社名は「Leavea Nest」(巣立つ)に由来する。子供や社員が飛び立つための巣を作りたいという丸氏の思いが込められている。飛び立つのは本人の力次第のため、社内では個人主義を徹底。各人が自己責任で事業運営にあたる。

「これからは個を重視する組織が残ると思います。当社には、何か教えてもらいたいことがあれば、部下が上司を接待するという社風がある。上司は一心不乱に働き、勉強を重ねなければなりません。そうした姿を見た部下は上司からスキルやノウハウを学ぼうと、自腹を切ってでも教えを請おうとするから成長していきます」

最も多く部下からおごってもらっているのはもちろん、丸氏だ。それだけのことを実現してきた自負はある。大学院在学時に「なぜ子供の理科離れが起きているのか」と疑問を抱き、「最先端科学を子供に届ける」というミッションを定め、自ら情熱をもって誰よりも多くQPMIサイクルを実践してきた。

丸氏自身は、さぞかし幼少の頃から理系科目に強かったのだろうと思いきや、実は不得意だったという。

「高校生の頃、物理、化学、生物は偏差値で言えば30台、数学のテストでゼロ点をとったこともあります。むしろ英語、国語、地理が得意でした」

明らかに文系人間で、しかもスポーツ好き。高校までバスケットボールに熱中し、チームの副キャプテンとして県大会に出場。弟も水泳選手としてオリンピック選考会に出場するほどのスポーツ一家に育ち、高校卒業後は体育教師をめざして専門学校に進もうとしたが、母親の願いもあって大学を受験した。ところが、受けた10校すべてで不合格という挫折を味わった。

しかし、人間の運命は面白い。予備校に通い始め、生物の講師の話に衝撃を受けた。生物にはまだ解明されていないことが多いと知って関心が湧き、自ら生物学を熱心に学び始め、なんと全国模試の生物で高得点を獲得。生物に関しては誰にも負けないと自信をもち、東京薬科大生命科学部に進学した。

「これからライフサイエンス革命が起き、たとえば、スマートフォンの中に自分の遺伝情報が登録されるような時代になるでしょう。日本は知恵をもった国なのですから、いまこそ地球上の知識格差をなくすための貢献をするべきです。私たちは世界中のどこであっても科学知識を学べる共通教育とプラットフォームを作っていきたい」

スケールの大きな若き起業家の次の一手に期待したい。

月刊「ニュートップL.」 2012年12月号
吉村克己(ルポライター)


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