「三角ようじ」を普及させ、地場産業を復権させたい(株式会社広栄社・社長 稲葉 修氏)
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大阪府南部の河内長野市は、かつて世界シェア5割を超えるつまようじの生産地だった。だが、いまは広栄社が唯一、生き残るのみである。「三角ようじ」の普及に取り組む稲葉修社長が、ものづくり企業の矜持を語る。
河内長野市(大阪府)の地場産業だったつまようじづくりは、いまから約20年前に最盛期を迎えていた。メーカーの数は24社を数え、年間約700億本を生産。国内シェアは約96%、世界シェアも50%を超えたという。
ところが、廉価な中国産品の侵食を受け、その後、生産量は100分の1にまで激減する。中国への工場移転や廃業が相次ぎ、瞬く間に業界は壊滅に瀕した。現在、同市には純国産つまようじにこだわり続けた広栄社が、孤軍奮闘するのみである。
同社3代目の稲葉修社長は、40年以上前から「三角ようじ」の普及に活路を求め続けてきた。だが、なじみの薄い形状は市場に受け入れられず、業績は思うように伸びなかった。1988年、歯間ブラシの製造に着手。以降、龍谷大学や広島大学との産学連携にも取り組み、やがてオーラルケア用品専門メーカーへ転身を果たした。
一方、「三角ようじ」についても地道な普及活動がようやく結実し始めて、昨年、観光庁が主催する「魅力ある日本のおみやげコンテスト2011」で金賞を受賞するなど、徐々に認知度が高まってきている。
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一般的に最もなじみ深いのは「丸ようじ」ですが、あれは本来、歯と歯の間を掃除するには適さない形状なんです。お菓子や果物に突き刺すための道具であって、歯間を掃除するには三角形が最も適した形状なんですね。歯間のすき間は三角形ですから、そこに「丸ようじ」を入れると、歯と歯ぐきを傷めてしまいかねません。
その点、日本とは歴史的に食文化の異なる欧米では両者が明快に区別されていて、彼らは歯間の掃除に薄平らな「平ようじ」や「三角ようじ」を使います。実際、つまようじを意味する「toothpick」はそれらのことで、「丸ようじ」を含む料理用の道具は「cocktailpick」と呼ばれています。
歯周病予防にも効果的な「三角ようじ」
狩猟民族であった欧米人は基本的に肉食ですから、歯の健康についての意識が高かったのでしょうね。歯がダメになると肉が食べられませんから、それは死に直結したわけです。でも、和食は野菜が中心ですから、日本人は昔から食べ物を奥歯ですり潰してきました。欧米人に比べて、歯間のすき間を掃除する必要性が低かったのでしょう。そうした一種の民族的な記憶が、つまようじに対する誤解の遠因だろうと思います。
つまようじについて話し出すと止まりませんから、歴史に関してはこのあたりでやめておきます(笑)。
いずれにせよ、日本人ほど清潔好きな国民は世界でも稀だと思いますが、驚くべきことに成人の約8割が歯周病なんです。これは、どう考えてもおかしい。歯磨きの習慣がないならともかく、現代の日本において、歯ブラシを持っていない人なんて、まずいないでしょう。どこへ行くにも歯磨きセットを携帯して、食後に必ず歯を磨く人も少なくありません。それほど意識が高いのに、歯周病はいっこうに減らず、多くの人が加齢とともに大事な歯を失っている。つまようじを使いこなせていないからです。言い換えれば、歯ぐきのケアがおざなりにされているからなんですね。
「三角ようじ」を使うと、歯間の掃除をしているうち、ようじの二等辺三角形の底辺が歯ぐきに当たりますから、自然と歯ぐきを刺激することになります。そのマッサージ効果が歯肉の組織を活性化させて、歯周病菌などに対する抵抗力を強めるわけです。
しかも、「三角ようじ」はあえて折れやすくつくられています。食べ物を突き刺すため、ある程度の硬さが求められる「丸ようじ」と違って、柔らかいから無理な力が入ると折れるようになっています。折れるから、歯や歯ぐきを傷つけることがないんです。
食生活が欧米化した今日、「三角ようじ」はいわゆるQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を維持するためにも、不可欠な道具だと確信しています。
同社は1917年、稲葉社長の祖父由太郎氏によって創業された。24年、アメリカから製造機械を導入し、日本で初めてつまようじの機械生産に成功する。以降、原木となるクロモジやウツギ(ウノハナ)が分布する広い地域で農家の副業とされてきた日本のつまようじづくりは、同社をはじめとする機械生産業者に集約され、河内長野市の地場産業として成長することになる。
稲葉社長は1942年、2代目社長である茲氏の長男に生まれた。63年、京都外国語大学英米語科を卒業。大阪・船場の繊維商社で3年間の修業を積み、同社に入社した。その後、製造や営業などの現場をひと通り経験し、85年、42歳で茲氏の跡を継いだ。
アメリカ製の製造機械を導入した経緯もあって、1920年代後半から「平ようじ」を生産してきた同社は、欧米向けの輸出型企業であった。50年代半ばには、北欧の取引先企業からの依頼を受けて「三角ようじ」の製造を開始。高品質な日本製つまようじはヨーロッパの消費者に喜ばれ、「サムライ」「キモノ」など、日本をイメージさせる商品名がつまようじの代名詞となっている国が、いまもあるという。
しかし、為替市場が変動相場制へ移行した73年以降、円高が同社を直撃した。生産量の95%が輸出品であったため、円高の進行にともなって売上も激減。合理化に努めたものの焼け石に水で、「丸ようじ」が強固に定着した国内市場を開拓する他なかった。
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家庭用品メーカーを中心に、ギフトやキャラクター関係、もちろん医療関係など、新販路として少しでも可能性があると思えた会社には軒並みアプローチしましたが、難しかったですね。なかなかご理解をいただけませんでした。「つまようじとは丸いものだ」という固定観念があるのでしょう。
でも、良質な「三角ようじ」をつくることができるのは、技術的に私どもだけだという自負があります。口幅ったい言い方ですが、それを普及させるのは私どもの社会的な責任であるとさえ思ってきました。ですから、「三角ようじ」へのこだわりだけは絶対に捨てられません。実際に使っていただいて、そのよさを体感してもらうのが一番だと考えて、全国のレストランや宿泊施設などに直接、働きかけたりもしました。
ところが、期待したほどには採用されません。気に入ってくださるオーナーさんもいて、客室やレストランに置いていただけることもあるのですが、今度はお客様からの反響がない。残念ながら、しばらくは梨のつぶてで、手応えを感じることはできませんでした。
ものづくりはアマチュアでもお客様は「使うプロ」
ただ、そういうなかでも伝わる方には伝わるものなんですね。あるとき、ひなびた宿でも「三角ようじ」が置いてあったのに、なぜ都市部のホテルに置いていないのか、という問い合わせをいただいたことがありました。
僭越な表現かもしれませんが、私どもはものづくりのプロです。ただ、そういう矜持が強すぎると、商品が消費者に受け入れられなかったとき、プロの仕事を理解されない理不尽を感じてしまいがちです。
でも、実はお客様もプロなんです。たしかに、ものづくりに関してはアマチュアかもしれませんが、それを使うことについてはプロなんですね。お客様からの反響にそのことを実感して、当然ではありますが、よいものをつくるという点において、私どものようなものづくり企業は決して妥協すべきでないのだと強く感じました。
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「三角ようじ」が国内で苦戦を強いられ、同社は長い雌伏を余儀なくされた。だが、地道な努力を重ねつつ海外でも市場の拡大に努め、徐々に新商品も開発して、オーラルケア用品専門メーカーへの転身を実現していった。現在では、「三角ようじ」をはじめ、歯間ブラシや歯ぐきブラシ、舌掃除ブラシ、歯の汚れやくすみを落とす「ピーリングスポンジ」などの商品を展開している。すべてオリジナル商品で、製造機械もほとんどを自社で製作する。
平均すれば、1つの商品を開発するのに3年程度はかけるという稲葉社長のこだわりぶりは、歯間ブラシ「スーパークリーン」に顕著かもしれない。軸の長さや太さ、先端のブラシの構造など、あらゆる点に使いやすさを実現するための細かい工夫と配慮が施されている。
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軸の長さは55ミリなんですが、これは奥歯に届くために必要な最短距離なんですね。50ミリでは届かないし、60ミリでは長いんです。そして、使うときには親指と人差し指、中指で摘つまむわけですが、その3指を軽く合わせたとき、接点には直径3.4ミリ程度のすき間ができる。だから、軸の太さも同じ直径にしました。
その他にも、先端のブラシをあえて固定しないことで折れにくくしたり、ブラシに穴が空いたキャップをつけて乾燥しやすくするなど、いろいろ凝っております。新しい商品をつくる際には、徹底してこだわることにしているんです。そのこだわりこそ、中小・零細企業に許された数少ない武器だからです。
もちろん、せっかくのこだわりも自己満足ではあきません。でも、使う人の側を向いたこだわりなら、いくら徹底してもしすぎるということはないと思うんです。そして、お客様のためのこだわりなら、いつか必ず評価される。そう信じてきました。
実は、ことし70歳になりますので、私は会長に退いて、甥が後継する予定です。後継者に恵まれたのは本当にありがたいことですが、もしかしたら、それは私の様子を見ていてくれたからかもしれないと思っています。「三角ようじ」がなかなか売れなくて、私が毎日、「売れへん」とつらい顔をしていたら、甥も継ごうと思わなかったはずです。でも、私はこんなに面白い仕事はない、と心から思ってきました。まあ、もっと売れてくれたら、もっと楽しかったでしょうけれど(笑)。
どうやったら使う人に喜ばれるだろうとか、どんな工夫をしたら使いやすい商品になるだろうと考えるのは、ものづくりの醍醐味でしょうね。今後、若い世代もそういう醍醐味を感じてくれたら、日本のつまようじづくりも復権が叶うのではないかと期待しています。
月刊「ニュートップL.」 2012年3月号
編集部
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