ITを活用した情報提供で農家に感謝される販売店になる(株式会社みらい蔵・代表取締役 山村惠美子氏)
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大分県豊後大野市の農業資機材専門店「夢アグリ」は、土壌分析など様々な情報提供を付加価値にして他店との差別化に成功している。
同店を運営するみらい蔵の山村惠美子社長が、農家の支援にITを導入したユニークな経営を語る。
大分市の中心部から南へおよそ20キロ、豊後大野市犬飼町の農業資機材専門店「夢アグリ」は、肥料や農機、工具など、約2万点を販売する。1997年のオープン以来、主に近隣の農家を顧客に売上を伸ばしてきた。
「夢アグリ」が一般のホームセンターと異なるのは、顧客である農家に対して土壌分析を通じた営農指導を行ない、商品の販売につなげている点にある。さらには、POSを活用して顧客ごとに購買履歴を蓄積し、それをフィードバックすることで、いわゆる「トレーサビリティ法」によって農家に義務づけられた取引記録の保存・提出や税務申告などの業務を支援している。
そうした先進的でユニークな経営が評価され、同店を運営する「みらい蔵」の山村惠美子社長は、2011年の中小企業IT経営力大賞「審査委員会奨励賞」を受賞した。
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まだ「夢アグリ」をオープンする前、お米や農薬、肥料などを扱っているころから、お店に来てくださるお客様によく尋ねられたんです。「去年のいまごろ、何を買ったか教えてくれ」とか「半年前に買ったのは、何という肥料だったか調べてほしい」とか。税務申告の時期が近づくと、とくにそういうお客様が増えました。
初めのうちは、尋ねられるたびに伝票を繰って調べていたんですが、当然、時間も手間もかかります。すぐに履歴がわかるようになれば、もっと喜んでいただけるだろうと思ったんですね。しかも、お客様ごとの履歴がわかれば、もし記憶違いで購入に重複があったとしても、教えてあげられます。反対に、うっかり買い忘れた可能性があるときには、ひと声かけることもできる。
そんな考えから、プログラム開発業者さんにお願いしてPOSデータを顧客別に集計できるシステムをつくり、「夢アグリ」に導入しました。もちろん、料金はいただかずに、サービスでデータをご提供しています。ずいぶん喜んでいただけました。
2010年からは「トレーサビリティ法」によって、対象品目については栽培履歴をきちんと表示しないと出荷できないことになりました。でも、朝早くから田んぼや畑に出て、泥まみれになって、帰宅した後に伝票や書類の整理なんて、実際にはできません。くたくたに疲れていますから、なかなか手が回らないのが農家の実情なんですね。
加えて、このあたりも高齢化が進んでいます。農業の主体はたいていお年寄りですから、肥料や農薬のレシートを見返しても、買ったのが農薬なのか肥料なのかわからない場合もある。ほとんどの商品は名前がカタカナですから、商品名だけでは判別できないというお客様も決して少なくないんです。基本的にはPOS情報を活用するだけですから、そう大掛かりなシステムは必要ありません。
ちょっとした工夫で、お客様に喜んでいただけるんですね。それに、お客様に感謝されれば従業員も意気に感じて、次はもっと喜んでもらおうという気持ちになれます。そういう好循環を生み出したかったんです。
土壌分析を通じた営農指導も、同じような考えから始めたものでした。
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みらい蔵は、山村社長の父彰義氏が53年に創業した合資会社山村商店を前身とする。米穀類・肥料・農薬販売業として大分県内に数店舗を展開したが、92年、彰義氏の旧犬飼町長就任を機に、山村社長の兄・幸次氏(現会長)が事業を承継。その後、95年の米販売自由化を転機として、農業資機材専門店へ業態を転換した。
幸次会長は従来の事業を整理して「夢アグリ」をオープンさせたが、1年も経つと売上は低迷。拡販策を模索した幸次会長は、一念発起して営農指導を学ぶ。
顧客への情報提供を付加価値とすることで、他店との差別化を図るためだった。幸次会長は、高校生向けの生物や化学から始めて、分析化学や農業物理、農業経営の専門書などから独学で知識を身につけたと言う。
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耕地が狭い日本の農家にとって、いわゆる連作障害は宿命的なハードルなのですが、ほとんどの場合、農家は蓄積した経験を活かして、それをどうにか乗り越えてきました。
でも、近ごろは温暖化の影響もあり、農薬や肥料の高度化によっても、従来の経験則だけでは対応しきれないほど、土壌の劣化が進んできたんですね。ですから、補助金を受けてハウスを建てても、4~5年経って、その償還が始まるころになると生産量や品質が落ちて、経営に行き詰まる農家が増えていました。
つまり、毎年、土は変わっているのに、経験を頼りに同じ肥料を使い続けていたわけです。
土壌改良によって生産量が20~30%向上
私どもは、農業資機材を通じて、少しでも農家の生産量を増やしたり、労力を減らすことに貢献したいと考えてきました。でも、オープンの翌年から「夢アグリ」の売上が落ちていくなかで、店頭に商品を並べているだけでは、本当の意味で農家に貢献しているとは言えないと感じるようになったんです。
土壌の状態に応じて、それぞれに適した肥料や農薬をお求めいただかないと、農業経営は好転しません。科学的な分析を通じて、作物ごとに最適な数値を実現するための情報を提供することこそ、私どもの役割だと考えるようになりました。
とはいえ、会長も私も、営農指導の経験なんてありませんし、土壌分析に関する知識もない。そこで、私よりも勉強が得意な会長がいっぱい本を買い込んで、私は現場の営業にいっそう力を入れることにしました(笑)。
その一方で、私どもの資産状況からすると大変に高額でしたが、金融機関のご理解をいただいて、02年に土壌分光光度計という分析装置を購入しました。さらに、07年には自動施肥設計システムを開発して、土壌や作物分析の体制を強化しました。
そうした装置で土壌を分析すれば、必要な施肥量がわかりますから、無駄な肥料がなくなります。また、適した肥料を与えることで、病害虫に対する作物の抵抗性が高まり、連作障害も改善できる。農薬の使用量も抑えることができます。現在、私どもでは約70品目の作物を対象としていて、これまでの実績では、作物に応じた土壌改良によって生産量が20~30%向上するというデータが得られています。
当初は無料で土壌を分析させてもらって、納得したら肥料も買っていただくという感じで、一軒ずつ、お話しして回っていました。いまでは、大分県の南部を中心に、およそ8000軒の農家とお付き合いがあります。
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山村社長は地元の高校を卒業後、3年間、化粧品会社で働き、25歳で結婚。翌年、一女を得て、専業主婦として子育てに専念したが、82年にパート従業員として家業に加わった。以後、「夢アグリ」がオープンして正社員となるまで15年もの間、立場は変わらなかったが、持ち前の社交性と積極的な性格で営業力を発揮。
やがて、土壌分析の研究に没頭する幸次会長を支えながら、山村社長は営業部門の実質的な責任者と目されるようになった。
そうした活躍に応じて、正社員となった翌年に課長、3年後には取締役部長に昇進。専務を経て、10年に社長に就任した。
「最初はいつ辞めてもらおうかと考えていたんですが、なんというか、勢いだけはあるんですね(笑)。変化の激しい時代には、私より彼女の積極性が奏功するように感じて経営を譲りました」と、幸次会長は話す。
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実は、パートから社員になって、その後の肩書はほとんど私が自発的に求めたものでした。仕事に応じた権限がないとお客様に即答できず困ったり、肩書がないことがお客様に対して失礼だったりするケースが増えてきたからです。
でも、社長に就任するときは、さすがに半年間、考えました。会長と私の役割分担は自然にできていたものの、それは私がナンバーツーだから機能していただけで、私がトップになると、そのバランスが崩れるかもしれない。私にトップが務まるかどうか、いくら考えても不安は拭えませんでした。
それでも、人間には誰しも「正念場」という時期があると思うんです。言葉は悪いのですけれど、一種の博打に似て、ここで勝負を避けてしまったら、おそらくその後の成長もないという勝負のときが誰にもあって、きっと私もその時期なのだろうと思いました。
お客様に感謝されて仕事への意欲がわく
そんな考えから、あれこれ悩むくらいなら、お引き受けしようと思って決断したのですが、やはりトップの立場の重さを実感しますね。いままでは自分でも気づきませんでしたが、トップになって初めて、心のどこかに依存心があったことを感じました。「帰って社長に相談してからご返事します」とはもう言えないわけですから、いつでもどこでも自分の責任で決めないといけません。
ただ、トップになった途端に失敗を恐れて慎重になってしまったら、私らしさも失われてしまうような気もします。たとえ失敗しても、できるだけいままで通りに判断し、行動しようと心掛けてきました。
私の役割は、いつも現場に出て、従業員が働きやすくなるように、お客様に喜んでもらえる材料を用意することだと思っています。
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同社では、購買履歴を蓄積するほか、顧客ごとの栽培履歴も管理して「作物ごよみ」を作成し、農家に提供。土壌分析によって採集したデータは顧客カルテとしてデータベース化され、営農指導を担当する外商部のスタッフが農業資機材の訪問販売を行なう際にも有力な武器となっている。
山村社長は、近々、そのためのツールとして彼らにiPadを持たせることも予定していると言う。
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訪問先でもiPadを使って情報が表示できれば、きっとお客様に満足していただけると思うんです。そうした地道な活動を重ねて農家と信頼関係を築くことができれば、そのうち名指しで「いつものAさんに届けてほしい」と言っていただけるようになります。
お客様に喜んでいただくとか、農家を支援するとか、たしかに言葉は美しいけれど、そうした理念だけでは仕事の意欲はわかないと思うんです。人間は、他人闘うから望まれたり、期待されていると感じるから、意欲がわく。お客様に感謝されるからモチベーションが高まるのであって、そういう経験をもたない間は、いくら顧客満足が大事だと頭でわかっていても、どこか腑に落ちないから仕事に身が入らないのではないでしょうか。
ですから、私どものような小さな会社では、お客様に必要とされ、感謝されるような商品やサービスをトップがいくつも用意してあげないといけない。IT化によって構築したデータベースも、営農指導の知識やノウハウも、もちろんお客様に喜んでいただくための情報ですが、従業員の「武器」としての側面もあります。社員がお客様から感謝される経験を少しでも増やしていくことが、私の責務だと思っています。
月刊「ニュートップL.」 2012年1月号
編集部
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