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「むらの鍛冶屋」を原点に意義ある防犯製品を生み出したい(衣川製鎖工業株式会社・社長 衣川 良介氏)

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掲載内容は取材当時のものです。
現在の情報と異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。


船舶用アンカーチェーンで培った技術を活かして、バイク用の盗難防止チェーン「かてーな!!」を開発した衣川製鎖工業。地場産業の低迷を克服するため、新製品の開発に取り組んだ二代目の衣川良介社長が、ものづくり哲学を語る。

バイク用の盗難防止チェーン「かてーな!!」シリーズは、2001年の発売以来、これまでに8000本以上が販売されてきたが、盗難の報告はわずかに3例のみ。ただし、それらは携帯用チェーンを自宅で使用していたケースで、自宅ガレージなどに固定する自宅用チェーンでの盗難は、まだ1例も報告されていないという。

防犯対策上、その構造的な工夫や高い防犯効果の理由を明らかにすることはできないが、同シリーズに特徴的な技術の1つは、船舶用アンカーチェーンづくりで培った技術の応用にある。その挑戦的な取り組みと防犯効果の社会的な意義が評価され、「かてーな!!」は全国地場産業大賞や中播磨モノづくり大賞、兵庫県発明賞などを受賞した。

開発を主導したのは、衣川製鎖工業の二代目である衣川良介社長。同社は、主に小型・中型船舶用アンカーチェーンの製造で実績を重ねてきた。「バイクの盗難を防ぐチェーンをつくってほしい」というメールでの依頼が、開発のきっかけになった。

◇    ◇    ◇

私はバイクに乗りませんので、ご依頼をいただくまで、そういうニーズには疎かったんですが、えらい困ってはるんです。50人くらいのお仲間で、なんとか盗難を防ぐ方法はないものかと、ほうぼうの専門家に相談されたようですが、なかなかいい知恵がない。私どもにご相談をいただいたのは、ホームページを見て鎖の専門家と見込んでくださったからでした。

最初は「絶対に切れないチェーンをつくってくれ」という話だったんですが、さすがにそれは難しい(笑)。でも、大事なバイクですから、お客様がそう言う気持ちはよくわかります。

そこで、私もなんとか役に立ちたいと思っていろいろ研究しまして、絶対に切れない鎖は無理でも、切れるまでに時間がかかる鎖やったらできると考えたんですね。プロの泥棒が、フル装備で盗みにきたとしても、数分間くらいでは切れない鎖ができれば防犯の役に立ちます。鎖を切るまでにあんまり時間がかかり過ぎると、諦めよるからです。さらに、鎖を見た瞬間に「これはあかん。やめとこ」と泥棒に思わせることができたら、盗難の予防にもなります。

そうした鎖を目標にして試作を重ねまして、結局、4か月近くかかって完成したのが「かてーな!!」の第1号です。「固い」という言葉はもちろん、チェーンを意味するラテン語「catena」から命名しました。

世間のニーズを掴むべくホームページを開設

ところが、社内では「こんな重いもん売れるか」と、散々に言われました。10キロ以上もありますから、たしかに重い。おかげさまで、お客様には気に入っていただけて、お仲間の人数分、納めさせてもらったんですが、商品としての汎用性というか、ニーズの広がりは期待できないだろうという見方が強かったように思います。

でも、私が「いける」と思ったのは、アンカーチェーンの技術が活きてくるからなんですね。それは2つあって、1つは溶接性能。もう1つが、強度についての考え方です。

鎖にもいろいろ種類がありますから、たとえば船舶用であっても手すりに用いる鎖をおつくりになっている会社と、私どものように重量物を吊り下げる鎖をつくる会社では、強度に対する考え方が根本的に違います。当然、重量物に耐える鎖のほうが切れにくい。アンカーチェーンをつくってきた会社ならではの強度と溶接技術が、いわば犯罪をはね返すわけです。

◇    ◇    ◇

衣川製鎖工業は1935(昭和10)年、衣川社長の父將良氏によって創業された。姫路(兵庫県)は古くから釘鍛冶や野鍛冶といった鍛造業が盛んで、大正のころにはそれらが製鎖業へと発展。やがて、国産鎖の大半を生産する日本一の集積地となった。現在も、姫路には同社を含む約40社の製鎖業者が集中していて、国産鎖のほぼ7割が製造されているという。

46年生まれの衣川社長は、大学卒業後、68年に入社。最初の3年間くらいはひたすら修業の日々で、製造現場で職人の作業を覚え、夜間学校に通って製図などを学び、自動車の運転免許や衛生管理士などの資格取得に励んだ。

当時はまだ「日本のお家芸」といわれた造船業が好調で、同社も50名近い社員を抱えて堅実な成長を続けていた。しかし、73年のオイルショックによって高度経済成長が終わり造船業も衰退に転じると、アンカーチェーンの活躍の場は徐々に失われていくことになる。

83年、衣川社長は父の跡を継ぎ、社長に就任。その後、係船環やタラップなど、港湾整備関連製品にも取り組むが、いずれも市場の縮小に対抗する決定的な打開策とはならなかった。そして、90年代半ばからは安価な中国製品の流入が始まる。国内の製鎖業者は多くが大打撃を被り、同社も6億円程度で安定してきた売上が、10年ほどの間に約4分の1にまで激減した。

◇    ◇    ◇

客観的に見て、造船業が再び高度成長期の勢いを取り戻すとは考えにくい。私どもも、何か新しいことに挑戦しなければ、近い将来、確実に沈んでしまうと思いました。でも、こんな小さい会社で何ができるのか。新しいことに挑戦しようにも、肝心の情報がないんですよ。

半世紀以上も産業用製品をつくってきましたでしょう。基本的に、営業はルートセールスですから、業界の動向とかはわかっても、新製品のヒントになるような世間一般のニーズがわからんのです。そこで、まずは情報が集まるようにアンテナを高く張ろうと思ったんですね。97年に開設した「むらの鍛冶屋」というホームページは、そういうねらいで始めたものなんです。

ですから、見ていただくとわかりますが、商品を売ろうという気がまったくない(笑)。書いてあるのは、鎖の話とか鉄の話とか、あるいは姫路の鍛冶の話とか、地場産業を紹介するような、ある種の雑学的な情報が主体なんです。でも、そんな話がちょっとでも役に立ったら、何か困ったことができたときに相談してくれたり、興味を抱いたことを尋ねてくれたりするかもしれない。そういう反響のなかから、ニーズを掴つかもうというわけです。

ところが、覚悟のうえではありましたけど、そう簡単にはいきません。しばらくは反響がありませんでした。ただ、アクセス数だけは伸びていたので、期待だけは捨てずに済みました。

そして、アクセス数がまだ1万件に達しないころ、仕事のご依頼をいただいたんです。額はわずかに5万円でしたが、そのときに初めて手応えを感じた気がしました。「むらの鍛冶屋」を開設してから、1年半ほど経ったころでした。「かてーな!!」につながるメールをいただくのは、さらにその2年後くらいになりますね。

◇    ◇    ◇

当初、「重すぎる」との理由で需要が疑問視されたバイク用の盗難防止チェーンが「かてーな!!」として製品化されたのは、「同じ製品がほしい」という声が相次いで寄せられたからだった。バイク愛好家に独特なネットワークのおかげで、口コミが広がったのだ。盗難被害に悩まされてきた彼らにとって、「むらの鍛冶屋」の技術力は頼もしい「福音」となった。

その後、バイクの車種や駐車環境に応じて、スポークタイプや携帯用の「ぽっけ」など、様々なタイプの製品がシリーズに加わった。また、チェーンの取り付けが不可能な車種に対応するため、「如意棒ロック」など、チェーンを使わない製品も考案。盗難防止のノウハウを蓄積することで、同社はいまや製鎖業という枠組みを超えつつある。

現在、「かてーな!!」シリーズの売上は約4000万円で、年商の3割に相当する。そのうち、「むらの鍛冶屋」とは別に設けた販売専用のホームページを経由した販売が、約2500万円。それ以外は販売店での売上で、取扱店の数も増えているという。

◇    ◇    ◇

ホームページにも名づけたように、基本的に私どもは「むらの鍛冶屋」でありたいと思うんです。困ったことがあったら、気軽に何でも相談してもらえるような、身近な存在になりたい。

そんな気持ちでお客様の相談に1つひとつ対応していくうち、製品の形状とか素材とかに共通点が浮かび上がってくるんですね。個別の事例が積み重なって、そこから普遍性が抽出されるわけです。それが規格化されると、製品になる。私どもの製品は、そういうふうにして種類が増えていきました。

要望を実現したうえで鍛冶屋の工夫を加える

ただし、私どもが単にお客様の要望を形にするだけやったら、ここまで増えなかったと思うんです。要望を実現したうえで、もう一段、鍛冶屋としての工夫が加わっていないと、お客様に満足はしてもらえても、口コミで評判が広まるまではいかない。お客様が気づかないような使いやすさとか安全性とか、あるいは強度とか、鍛冶屋の目で見た改善点を付加するわけです。

すると、「想像してた以上の仕上がりや」と思ってもらえます。その感動が、お仲間にも勧めたいという気持ちにつながるんですね。そして、ときには地元の名産品を送ってやろうということにもなる(笑)。

私どもが「むらの鍛冶屋」でありたいと願うのは、そういう意味でもあるんです。

お客様に喜んでもらえるのは、当然ながら、役に立ってるからですね。やや大げさに言うなら、社会的な存在意義を認められるからでしょう。私どものようなものづくり企業は、今後ますます、社会的な存在意義を問われることになると思います。それが認められなかったら、淘汰されるしかない。私どもは、そのことを身をもって実感してきました。

では、そもそも存在意義とは何なのかと言うと、私どもで言えば鎖づくりの経験ですね。また、鉄をはじめとした金属に関する知識やノウハウもある。そういうものを製品化して、社会に役立てることができれば、ものづくり企業としての存在意義を少しは認めていただけるんやないかなと思ってます。

今後は、これまでに蓄積した経験などを活かして、バイク用だけでなく、クルマ用の盗難防止チェーン「かてーな!!AUTO」の普及にも力を入れていくつもりです。

月刊「ニュートップL.」 2012年4月号
編集部


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