「限定正社員」の可能性と課題を正しく理解しよう
労使双方にメリットあり!?政府は仕事内容や勤務地、労働時間などが限定された、いわゆる「限定正社員」の普及を推進しようとしている。
そのメリットとデメリットを整理し、制度導入の成功の可能性について考える。
一般に「正社員」というと「期間の定めがない」「フルタイムで働く」労働者を指します。
加えて日本の雇用制度ではこれまで正社員を採用する際、仕事内容や勤務地を決定する前にまず人物重視で受け入れ、企業で教育を施してから適材適所に配属するという手法が一般的でした。
正社員として採用された労働者の多くは、定年までの長期の雇用を約束される代わりに企業に配置転換や残業を命じられ、どこで何をして働くかを自由に選ぶことはできませんでした。
一方、「限定正社員」は期間の定めがない点は同じですが、「勤務地」「職務(職種)」「労働時間」のいずれか(または複数)をあらかじめ決めたうえで雇用契約を交わします。
ちなみに、欧米では社員を採用する際には、「勤務地」「職務(職種)」の決まっているポストに対して募集採用が行なわれるのが一般的です。
日本の正社員の雇用制度は「新卒一括採用」「終身雇用」という独自の雇用システムのなかで築き上げられてきた特殊な雇用制度であるといえます。
「非正規社員」は基本的に「勤務地」「職務(職種)」「労働時間」のいずれか、または複数をあらかじめ決めて雇用されますが、原則として契約期間が区切られる点が、正社員や限定正社員との大きな違いです。
総務省調査によると現在、日本で働く労働者の3分の1が非正規社員となっています。
限定正社員は、従来型の日本の雇用制度の正社員とパート・アルバイト等の非正規社員の中間的位置づけとして、労働者のワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)と雇用の安定、そして企業の優秀な人材の確保を同時に実現する施策として政府が積極的に推進しているものです。
限定正社員が注目を集める背景
平成25年6月14日、安倍政権の日本経済再生に向けた「3本の矢」の最後に打ち出された、成長戦略「日本再興戦略」が閣議決定されました。
この成長戦略の項目の1つに、柔軟で多様な働き方の実現のためとして「限定正社員の普及・促進」が挙げられました。
政府は、安心して生活できる多様な働き方が提供される環境の整備をめざし、学識経験者を集めた「多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇談会」を設け、雇用管理上の留意点の整理などが議論され、この7月に報告書が公表されたところです。
「失業なき労働移動」を進める観点からも、現行の日本型「正社員」雇用制度からより柔軟な雇用制度を進めたい意図がうかがえます。
平成25年4月に改正された、労働契約法による有期労働契約の無期転換ルールの影響も大きいでしょう。
労働契約法18条は、「同一の使用者との間で、有期労働契約が通算で5年を超えて反復更新された場合は、労働者の申込みにより、無期労働契約に転換する」としています。この改正により、4年後には有期契約から無期契約へ転換される労働者が現われます。
現在、有期契約で働いている労働者の多くは職務や労働時間などが「限定」されているため、無期契約転換後「限定正社員」が受け皿になると考えられます。
そのためにも、メリットや問題点等も踏まえて、いまから議論を重ねていくことは重要でしょう。
新しい雇用形態のように思える限定正社員ですが、実は多くの企業が“限定正社員的”な雇用形態を導入しています。
厚生労働省が行なった企業アンケート(「『多様な形態による正社員』に関する研究会報告書」、平成24年)によると、現在およそ5割の企業が限定正社員といえる制度を導入しています。
これらの企業のうち、職種(職務)限定があるのが約9割、勤務地限定が約4割、勤務時間限定が約1~2割で、複数の要素を組み合わせて導入している企業もみられます。
この報告書では、現在の導入の状況について、図表1のように分析しています。
限定正社員制度導入のメリットとデメリット
限定正社員制度を導入する企業のメリットは、まず、「職務」「勤務地」「労働時間」を限定した仕事が労働者の希望とマッチングした場合、ワーク・ライフ・バランスが保たれ、労働者がその企業で安心して働けることです。
優秀な人材を確保・定着させるとともに流出を防止でき、結果的に企業の持続的発展へ繋がると考えられます。
次に、労働契約法による「有期」社員から「無期」社員への転換の際、非正規社員から正社員への受け皿として活用していくことが期待できます。
また、限定正社員制度の導入により、現在、非正規社員として働いている労働者のモチベーションアップにつながることが考えられます。人材確保がむずかしくなっている業種では非正規社員を限定正社員に転換し、人材の囲い込みを図る企業も出てきています。
一方、デメリットとして考えられるのは、非正規社員を限定正社員に転換した場合、有期契約から無期契約に変わることで、契約満了による雇用終了(雇止め)ができなくなることです。
逆に、正社員の一部を限定正社員に切り替える場合、正社員のなかに配置転換や残業などに制限のある社員が含まれることになり、雇用管理が複雑になることが考えられます。
正社員と限定正社員の間で賃金や福利厚生などの処遇に格差が生じ、限定正社員の意欲が低下する可能性もあります。公平性やモチベーションの維持がむずかしいという問題があるのです。
限定正社員の解雇は簡単ではない
限定正社員の議論が進むなか、企業側の関心事となっているのは、「限定正社員は正社員に比べて解雇しやすいのか?」ということです。
職務が限定されている社員の職務(部署)が消滅した場合や、勤務地が限定されている社員の事業所閉鎖などで勤務地が消滅した場合に、解雇はやむを得ないと考えるのは企業として当然です。
しかし、「限定正社員=解雇しやすい」という考え方は、いまのところ正しいとはいえません。
労働契約法16条には「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められており、限定正社員もこの規定の適用を受けるからです。
過去の裁判例をみても、勤務地限定社員や高度な専門性を伴わない職務限定社員等の整理解雇においては、正社員とほぼ同様に配置転換などの解雇回避努力が求められる傾向にあります。
一方、高度な専門性を伴う職務や他の職務と明確に区別される職務に限定されているときは、配置転換に代わり、退職金の上乗せや再就職支援によって、解雇回避努力を尽くしたとされる場合もあります。
では、職務限定正社員に関して、その職務を遂行する能力が欠けていることによる解雇は可能でしょうか。
現在、日本では正社員の能力不足による解雇は容易には認められていません。
その理由として、能力不足の責任は正社員本人にあるのではなく、使用者である企業側の教育不足が原因であると判断されるからです。
職務限定正社員の場合も、職務遂行能力が欠けるという理由で直ちに解雇が有効であると認められるわけではありません。
過去の裁判例をみると、限定された職務が高度な専門性や高い職位を伴わない場合には、改善の機会を与えるための警告に加え、教育訓練、配置転換、降格等が求められます。
一方、中途採用された高度な専門性や高い職位を伴う職務限定正社員の場合には、教育訓練、配置転換、降格等が不要とされる場合もあります。
解雇の有効性を少しでも高めるため、また、会社と労働者双方の理解のため、就業規則に限定正社員の解雇事由を記載し、さらに雇用契約書には限定内容を記載したうえで、どのような場合に解雇することがあり得るのかを明記することが求められるでしょう。
給与や処遇をどのように定めるか
限定正社員の給与や処遇については、正社員とのバランスを考えることが重要です。
正社員と限定正社員との給与をほとんど同じにしては、正社員に不満が生じます。
逆に、差をつけすぎては、限定正社員が不満を持ち、限定正社員になりたいという人が少なくなってしまいます。
先述の厚生労働省のアンケート結果によれば、限定正社員の賃金水準については「正社員の8~9割」とする企業が多いようです。
これが1つの基準になりますが、仕事の負荷に見合った差として、正社員、限定正社員双方が納得できるものとすることが大切です。
また、労働契約法に、処遇については就業の実態に応じたバランスを考慮すべきとあり、名称だけ限定正社員という区分を設けても、何ら正社員と変わりない就業実態であれば、その賃金の格差は合理的とはいえません。
たとえば、勤務地限定正社員の場合、正社員も実態としてはほとんど転勤がないのに、給与だけが異なるといったような場合です。
では、具体的に賃金などの処遇に差をつける場合、どのように設計すればよいのでしょうか。
合理的な差を明確にするためには、まずは正社員の人事制度を明確にしなければなりません。
そもそも、正社員の昇給制度や昇格制度があいまいであれば、限定正社員の賃金制度をつくることはむずかしいでしょう。
一例として、役割に応じた等級を基準としたコース別人事制度を紹介します。コース別人事制度とは、多様な働き方や職種があるなか一律のキャリア設計で対応するのではなく、いくつかのコースを設けて社員を処遇する制度です。
たとえば「総合職・一般職」の区分がこれに当たります。
図表2は、コース別(全国職コースと地域職コース)の等級制度の一例です。
社員数約100名のサービス業の会社の例ですが、全国転勤可能な全国職コースと転勤のない地域職コースの2つのコースを設定しています。
等級とは社員を役割等によってレベル分けしたもので、等級に応じて給与や賞与などが変わります。
また、等級は社内でのキャリアステップを示したものでもあります。
全国職は6等級まで昇格が可能ですが、地域職は5等級までしか昇格できません。
地域職の人が部長になりたいと思えば、全国職に転換する必要があります。
このように、限定正社員制度を設ける場合は、昇格に差を設けるのが一般的です。
厚生労働省の調査でも限定正社員制度を設けている企業のうち、約半数の企業が昇格に上限を設けていると回答しています。
給与については、図表2のように全国職と地域職で基本給の水準に差を設けたり、昇給額に差をつけることが考えられます。
この方法のほか、基本給は統一とし、手当で差をつけることも考えられます。
以上が処遇における基本的な考え方ですが、高度な専門性を有した「職務限定正社員」については、その職務に対する賃金の世間相場を参考にしつつ、職務の難易度に応じて柔軟に賃金を設計したほうがよいと思われます。
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限定正社員制度が優秀な人材の確保につながれば、企業側にとってもメリットは大きいはずです。
しかし、現在の議論をみる限り、新しい雇用ルールの創設というよりは、現行法の枠組みにおける限定正社員活用の検討にとどまっている印象を持ちます。
一定のアピールにはなるかもしれませんが、企業側の積極的な採用にはあまりつながらないと思われます。
なぜなら、今回の議論が解雇ルールの抜本的な見直しまでは踏み込んでいないからです。
「勤務地限定正社員」「職務限定正社員」といったところで、事業所が閉鎖になったり、その職務を廃止してもその限定正社員を解雇できないのであれば、限定正社員制度を採り入れる会社側のメリットはあまり大きくありません。
限定正社員の普及を促進していくのであれば、正社員と限定正社員の解雇の有効性の区分を法律等で明確化し、企業にとって使いやすい制度とする必要があると考えます。さらなる議論の進展を期待したいものです。
月刊「企業実務」 2014年10月号
【株式会社高橋賃金システム研究所/多摩労務管理事務所】髙木厚博(社会保険労務士)、西重剛史(社会保険労務士)、奥林美智子(社会保険労務士)