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会社に求められる「安全配慮義務」を検証する

必要十分な対応を
 

職場で従業員が労働災害などのトラブルに遭い、健康が損なわれることがありますが、その際、損害賠償請求の理由として主張されることが多いのが会社側の安全配慮義務違反です。トラブル防止の要点を押さえましょう。

安全配慮義務は昭和50年以降に最高裁の判例法理によって導き出されたものですが、平成19年に労働契約法が制定され、次のとおり成文化されています(同法5条)。

(労働者の安全への配慮)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

同条は、労働契約の基本的ルールの1つとして、安全配慮義務を明文で確認したものです。安全配慮義務の具体的な中身を知るためには、裁判例の動向を追う必要があります。

安全配慮義務が確立された背景を振り返ると…

職場における労災事故等に対して、労働者が使用者に損害賠償責任を求める場合、その法的根拠を不法行為(民法709条等)とすることが通例でした。

しかしながら、不法行為請求は「損害を知ったとき」からの時効期間が3年とされており(同724条)、比較的早期に請求権が時効消滅します。
また、不法行為構成は請求する労働者側に、使用者側の故意・過失の立証責任が課されており、主張立証が必ずしも容易ではありません。

これに対し、債務不履行構成での請求(同415条等)が認められれば、時効期間が10年(同請求権を行使し得る時点から)となるうえ、使用者側の故意過失に係る主張立証は必要となりません(ただし、後述しますが、予見可能性を含めた安全配慮義務を立証する必要があります)。

そこで、労災等に対する損害賠償請求の法的根拠として「安全配慮義務違反」を主張する例が増えるようになります。

そうしたなか、最高裁第3小法廷は昭和50年2月25日判決(陸上自衛隊八戸車両整備工場事件)において次の判断を示しました。

「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべき」

「右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべき」

以上のとおり、法律関係の付随的義務かつ信義則上負うべきものとして、安全配慮義務があることを最高裁判決が明確に確認したのです。

さらに最高裁第3小法廷は昭和59年4月10日判決(川義事件)において、以下のとおり労使関係における安全配慮義務に係る判断を示します。

「雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解するのが相当」

「もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであることはいうまでもない」

同判決によって、安全配慮義務は労働契約関係にも及び、その内容は労働者の職種、労務内容、労務提供場所等、具体的状況によって異なる点が明らかとなりました。

それでは、どのような場合に使用者は安全配慮義務を負うことになるのでしょうか。以下、3つの視点から内容を確認します。

法違反が認められる労災事故と安全配慮義務

職場には様々な危険が存在し、とりわけ第2次産業では重大労働災害が生じることがあります。

労働災害が生じた場合、労災補償制度から労災保険給付を受けられますが、会社に対して安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求は認められるでしょうか。

たとえば、機械へのはさまれ・巻き込まれの事故は、原因を確認した場合、その多くに労働安全衛生法違反が認められるのが通例です。
たとえば、機械の回転軸などに覆い等が設けられておらず、労働者が誤って手指を入れ、挟まれるような災害が散見されます。

このような労働災害を防止すべく、労働安全衛生法の委任を受け、労働安全衛生規則に次の規定が設けられています。

労働安全衛生規則101条1項
事業者は、機械の原動機、回転軸、歯車、プーリー、ベルト等の労働者に危険を及ぼすおそれのある部分には、覆い、囲い、スリープ、踏切橋等を設けなければならない。

また建設業界等では、いまなお高所作業における墜落災害が多発していますが、同災害は高所作業場に囲いや手すり、安全帯使用などの墜落防止措置が十分に講じられていない現場で生じています。
これについても労働安全衛生規則で次の規定が設けられています。

労働安全衛生規則519条1項
事業者は、高さが2メートル以上の作業床の端、開口部等で墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのある箇所には、囲い、手すり、覆い等を設けなければならない(安全帯の使用等は同条2項)。

労働安全衛生法は同違反に対し罰則を設け、事業者に安全対策を講じることを義務づけています。

安全配慮義務の具体的内容においても、労働安全衛生法その他関連政省令・指針が定める安全衛生の基準が十分に斟酌されるべきものといえ(菅野和夫『労働法』(弘文堂))、違反と損害(従業員の傷病等)に因果関係が認められる場合は安全配慮義務違反が認められることになるでしょう。

最近では、大阪市内の印刷会社における胆管がん多発問題が注目されています。

同事案は原因究明の最中ではありますが、仮に胆管がんの原因として労働安全衛生法が規制対象とする化学物質であることが判明し、会社側の使用・管理方法等に同法違反があり、かつ同違反行為と労働者の健康障害との間の因果関係が認められた場合、安全配慮義務違反が認められる可能性が高いものと思われます。

長時間労働による健康障害と安全配慮義務

日本は欧米先進諸国と比べると労働時間が長大となる傾向があります。

1990年代以降、週法定労働時間40時間の原則化などが進められましたが、今日においても労働時間数が週60時間以上(月80時間超)の従業員割合が2割に及ぶとの政府統計が示されています。

長時間労働になると、それに比例して私生活に費やされる時間が短くなるため、睡眠時間が削られる傾向があります。医学的には睡眠時間が1日4~5時間未満となり、これが長期間続くことは、脳心臓疾患さらには精神疾患のリスクを増大させるとの見解が示されています。

このようななか、会社の長時間労働に対し、安全配慮義務違反の責任が肯定された著名最高裁判決として電通事件(最2小判平成12・3・24民集54巻3号1155頁)が登場します。

大手広告代理店に入社しラジオ局担当となった新卒社員は、企画提案業務等に従事していましたが、発病直前8か月に深夜午前2時以降の退社が65日(月平均約8日)、うち徹夜が26日(月約3日)にも上っていました。

同社は勤怠管理を自己申告で行なっており、申告によれば月平均の時間外労働時間数は62時間程度とされていました。
これに対し、最高裁判決は次のとおり判示しています(過失相殺部分の判断を尽くさせるため高裁差し戻し)。

「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである」

「(上司)は……A(労働者本人)のした残業時間の申告が実情よりも相当に少ないものであり、Aが業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており、……Aの健康状態が悪化していることに気付いていたのである。それにもかかわらず……Aの業務の量等を適切に調整するための措置を採ることはなく、かえって……Aの業務の負担は従前よりも増加することとなった」

このように同判決は会社側の安全配慮義務の1つとして、「業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう配慮する義務」があることを明言しました。

また、配慮義務の具体的内容として「業務の量等を適切に調整するための措置」としており、時間外労働の削減・禁止、軽減業務への配置転換などを使用者が講じることを求めています。

この判決等を受けて厚生労働省は、労災認定においても過重労働に起因する脳・心臓疾患や精神疾患の存在を正面から認めるようになります。行政通達の変遷を経て、現状ではまず過重労働による脳・心臓疾患について、次の場合、業務上認定がなされる可能性が高いとされました(平成13年12月12日基発1063号)。

「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること」

また精神障害の労災認定についても、近年、新認定基準が発出されています(平成23年12月26日基発1226第1号)。
具体的には、発病直前1か月の時間外労働時間数がおおむね160時間を超えるまたは3週間でおおむね120時間以上に至るケース等は、業務上認定される可能性が高いとしています。

時間外労働が上記時間数に至らなくとも、発病前おおむね6か月間に職場の心理的負荷が高い出来事(たとえば、ひどいいじめ・嫌がらせ等)が生じた場合、その後の時間外労働が45時間超等であれば、これも労災認定することとされました。

それでは、労災保険において業務上認定された場合、いかなるときも民事損害賠償請求上の「安全配慮義務」違反が認められるのでしょうか。

労災保険制度は、業務に内在する危険に対して国が使用者の故意・過失等を問うことなく労災保険給付を行なうものです。

これに対し、民事損害賠償請求に係る裁判例をみると、特段検討することなく、労災認定をもって安全配慮義務違反を肯定する裁判例が多い一方、予見可能性がないことを理由に安全配慮義務違反を否定した裁判例もみられます(立正佼成会事件東京高判平成20・10・22労旬1695号52頁)。

この事件は、総合病院の小児科部長代行であるXが、部長代行就任後に長時間労働が連続していたところ、勤務していた病院の屋上から飛び降り自殺し、労災認定および会社の損害賠償責任が争われた事案です。

Xは、部長代行に就任後に退職者が2名相次ぎ、人員不足が深刻化したため、後任の確保、宿直当番の調整などに追われることとなります。
X自身もうつ病発病に至る直近4か月間の時間外労働時間数は連続して60時間程度あり、多い月は83時間、月8回の当直に従事していました。

この事案に係る労災請求は、東京地裁において不支給決定が取り消され、業務上で確定しています(東京地判平成19・3・14労判941号57頁)。
これに対し、安全配慮義務違反が問題となった同高裁判決では、以下のとおり一転して予見可能性が争点となります。

「本件のような安全配慮義務ないし注意義務の存否が問題となる事案においても、労働者にうつ病が発症することを具体的に予見することまでは必要でないものの、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積することにより、亡Xの心身の健康が損なわれて何らかの精神障害を起こすおそれについては、具体的客観的に予見可能であることが必要とされるべきである」

先の勤務状況を業務上認定の判断にあてはめて業務の過重性を肯定する一方、長時間労働自体は、

・欠員対応のための一時的なものであった
・当直明けを振替休日等にあてて休息のとれる態勢であった
・日当直の割振りや常勤医の確保、外医の採用等は部長代行であるXが権限を有しており、特に日当直の担当はXの裁量の幅が大きかった

としています。そのうえで予見可能性について、

「(業務の過重性は)ある程度は亡Xの意思で解消できるものであったし、その過重さが継続する状況にはなく……被控訴人側において、亡Xが疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させて、心身の健康を損なうことを具体的客観的に予見することはできなかったものというべき」

等とし、安全配慮義務違反を否定しました。
同事件は最高裁において和解解決し、同高裁判決に対する最高裁判断は示されていませんが、今後の影響が注目されるところです。

ハラスメント問題と安全配慮義務

近年では新たな問題として、職場におけるハラスメントが会社側の安全配慮義務の1つとして注目されつつあります。
職場におけるいじめ、嫌がらせの多くは、会社が組織的に行なうものよりも特定の個人・集団が就労中や終業後等になされるものといえ、ただちに会社側の安全配慮義務違反が成立するか疑問がない訳ではありません。
この問題が争われた下級審裁判例(誠昇会北本共済病院事件さいたま地判平成16・9・24)をみると次のように判断しています。

「被告は……安全配慮義務を尽くす債務を負担していたと解される。具体的には、職場の上司及び同僚からのいじめ行為を防止して、Aの生命及び身体を危険から保護する安全配慮義務を負担していたと認められる」

そのうえで、その職場のいじめは3年近くに及んでいることや、職員旅行・外来会議においていじめがあったことを雇い主も認識が可能であったとし、結論として安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を認容しました。
ここでも予見可能性が問題となりますが、この事案のように長期間に及ぶ職場内でのいじめ等は使用者側の認識可能性が認められやすいといえます。

トラブル防止対策として何が有効か

以上のとおり、会社に対する安全配慮義務の内容は年々、拡大の一途を辿っています。

このようななか、会社側のトラブル防止策としては、何よりも従業員の生命・健康への配慮を怠ることのないよう、安全衛生対策のさらなる徹底が有効です。

労働安全衛生法が義務づける安全・衛生基準の遵守はもちろん、定期健診や過重労働者を対象とした産業医面談の確実な実施と事後措置の徹底、さらにハラスメントヘルプライン等の相談体制の確立も強く求められるところです。
こうした対策を講じるにあたり活用したいのが衛生委員会(安全衛生委員会)の活用です。

労働安全衛生法では従業員50名以上の場合、代表を除き労使半々で構成される委員会を設置し、安全衛生等について調査審議させることを義務づけています。
このような場をうまく活用し、職場において実のある安全衛生措置を確実に講じていくことが最も有効なトラブル防止対策といえます。

月刊「企業実務」 2012年10月号
北岡大介(社会保険労務士)

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