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埋没費用とは?管理会計的な観点から経営判断に役立てる

「もったいない」が投資判断を迷わせる
 

「もったいない」にとらわれると適切な意思決定ができない?

誰でも「もったいない」と思う場面に出会うことはあるでしょう。
たしかに「もったいない」が「MOTTAINAI」として世界に広まったように、その精神は美徳なのかもしれません。

ですが、あまりにこだわりすぎると、どうなるでしょうか。

たとえば、1冊の本を購入したとします。
ところが、読み始めてみると期待した内容と違いました。

あなたはこの本を読み続けますか?

  • A.せっかくお金を出して買ったのだから読んでしまおう
  • B.時間の無駄だから、あきらめよう

このとき「埋没費用」という発想にたつと、適切な選択ができるようになるかもしれません。

埋没費用=回収不能の埋もれてしまっている費用

管理会計の分野において、将来の意思決定にかかわらない「埋没費用」(埋没原価ともいいます)という考えがあります。
英語表現で、サンクコスト(sunk cost)といわれることもあります。

埋没費用とはつまり、すでに消化し、回収できない費用のことを指します。

まずは、さきほどの例を考えてみましょう。
購入した本が面白くなかったり期待外れだったりしたときに、「でも、せっかく買ったのだから」と無理にでも読み続けるべきでしょうか。

読んでも読まなくても、本の購入代金(たとえば2,000円)はもう返ってきません。
ということは、支払った2,000円は回収できない=考慮に入れても仕方がない費用となりますから、埋没費用です。

繰り返しますが、支払った2000円は返ってきません。
したがって「面白くないけど2,000円払ったのだから」という、過去に支払った金銭コストで考えるのはいささか不合理といえます。

そうではなく、たとえば

  • A.このまま読み続けることで得られるメリット
  • B.別のことに費やすことで得られるメリット

を対比して、このさきどちらが効果的かを考える方が合理的でしょう。
どちらを選択しても必要な時間コストで考えるといいかもしれませんね。

「もったいない」と思うのは人情です。
ですが埋没費用に引きずられると、貴重な時間を浪費することにもなりかねません。

埋没費用に縛られる心理

とはいえ、使った金額が大きければ大きいほど、その費用分の損失を回収しようと、埋没費用にこだわってしまう気持ちは否めません。

そのような心理状態を「コンコルド効果※」といいます。
※「コンコルドの誤謬」ともいいます。

コンコルドとは、イギリスとフランスの航空機メーカーが共同で開発した超音速旅客機のことです。

このコンコルドと埋没費用にどういう関係があるのでしょうか。
じつは開発している最中から、すでに採算が取れそうもない事業であることが判明していました。
にもかかわらず、これまでつぎ込んできた費用や労力を無駄にしたくないと思うあまり、開発を続けてしまいます。
そのため、いたずらに費用だけがかさみ、採算が取れないまま最終的には運航停止※することになりました。
※2003年に営業飛行終了

飛行機の開発や運用に莫大な費用が掛かることは想像に難くありません。
ですから、なんとか事業を継続させて成功させたいという気持ちに共感できるところもあるのではないでしょうか。

しかし、残念ながら投資判断としては適切ではなかったのです。

この事例にならって、これまで積み重ねてきた投資を惜しむあまり、損失が大きくなるとわかっていても投資を継続してしまう心理を「コンコルド効果」といいます。

金額の大小にかかわらず、コンコルド効果は身近にもあるかもしれませんね。

減価償却費を埋没費用と考えてみると……

さて財務会計上ではよく見かける費用が、じつは埋没費用だったと考えられるものがあります。
少し踏み込んで考えてみましょう。

減価償却費をどう取り扱うか

経理処理上よく目にする費用のなかで、埋没費用と考えられるものが減価償却費です。

もちろん適正な会計ルールにのっとる以上、減価償却費はそれとして計上すべきものです。
それを踏まえたうえで、この減価償却費をどう考えるかということが問題になります。

では、下記のような条件を設定してみましょう。
単純化するために、詳細は割愛します。

100万円の売上に対して利益15万円というケースです。
※減価償却費は製造機械のもの

売上 1,000,000
材料費 400,000
人件費 250,000
減価償却費※ 200,000
利益 150,000

仮に5万円の値引きを求められた、あるいは10万円の値引きを求められたとします。
利益率は格段に落ちるので悩ましいところですが、それでも利益になると判断して値引きに応じることもあり得るでしょう。

売上 1,000,000
材料費 400,000
人件費 250,000
減価償却費 200,000
値引き 50,000
利益 100,000
売上 1,000,000
材料費 400,000
人件費 250,000
減価償却費 200,000
値引き 100,000
利益 50,000

ここまでは問題ないかと思います。

では、15万円の値引き、あるいは20万円の値引きならどうでしょうか。
利益15万円のところ、それと同等か上回る額の値引き要請です。

この値引きを受けますか? それとも断りますか?

減価償却費を埋没費用と見る

ここで埋没費用という視点を取り入れてみましょう。
つまり、減価償却費を埋没費用とみなしたらどうなるかということです。

そもそも、減価償却費とはそのつど現金が出ていく費用ではありません。
過去に調達した固定資産の購入費用を数年間に配分して費用計上していくものです。

今回の例でいうと製造機械を購入し、支払いも済ませているはずです。
ただ、その費用は購入時に一括計上せず、数年にわたって分割して費用計上していきます。

つまり実質的には、払い済みの費用です。

繰り返しになりますが、減価償却費は過去に支払った費用を数年にわたり分割計上しているだけです。
新規注文に対して新たに発生する費用ではありません。
ということは、値引きを受けても断っても、減価償却費に当たる支出は取り返せるものではないのです。

その意味で、減価償却費は埋没費用※だといえます。

※厳密には機械装置の取得費用が埋没費用であり、それを案分計算して計上している減価償却費はそのバリエーションと考えられます。

したがって、そのつど発生している費用は実質、材料費と人件費の計65万円のみです。
だとすれば、減価償却費の範囲内での値引きであれば受け入れられると考えられないでしょうか。

売上 1,000,000
材料費 400,000
人件費 250,000
減価償却費分は払い済み
値引き 150,000
利益※ 200,000
売上 1,000,000
材料費 400,000
人件費 250,000
減価償却費分は払い済み
値引き 200,000
利益※ 150,000

※そのとき実質的にかかる費用を差し引いたときに得られる金額

まとめ

わざわざ過度な値引き要請に応じる必要もないでしょうが、状況によっては判断の悩ましい値引きを要請されることもあるかもしれません。

このとき、埋没費用(ここでは減価償却費)を考慮に入れないということができれば、適切な意思決定を行える場合があるのです。

減価償却費に限らず、過去に使用した費用が取り返せないのであれば埋没費用と考えて、これから先の意思決定に影響させないことです。

埋没費用だからといって切り捨てるのは感覚的にはなじめないことでしょう。
しかしながら、適正な意思決定においては見逃せない判断ポイントなのです。

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