敷金・保証金・権利金等の授受に伴う経理処理
ケース別に詳解不動産の賃貸借に際し、やり取りされる金銭として敷金、保証金、敷引き、礼金、権利金、更新料等が挙げられます。
これらの経理処理・税務のポイントや留意点について、ケース別に解説します。
年度末は、不動産賃貸借の新規契約や解約、更新等の機会が増え、敷金や礼金等の授受が生じることが多くなる時期です。
しかし、その事務処理については必ずしも容易でないケースもあります。
そこで、支払う側と受け取る側の立場から、経理処理や税務上の留意点をみていきます。
目次
敷金や保証金の授受における処理
敷金とは、不動産の賃貸借契約に際し、賃料やその他の債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人にあらかじめ交付する金銭のことをいいます。
契約が終了する場合、賃借人に債務不履行がなければ、その全額が返還されるのが原則です。
保証金も、債務の担保としてあらかじめ賃貸人に交付される金銭です。
敷金よりも広い範囲で使用されていますが、不動産の賃貸借の場合では、敷金と同様の目的で賃貸人に交付されるケースが多いようです。
敷金や保証金は、不動産が居住用であるか業務用であるかを問わず授受されていますが、どちらかといえば居住用のものは敷金名目で授受されることが多く、業務用のものは敷金、保証金の両名目で授受されています。
どちらも「返還されるもの」という点で共通するため、税務会計上も同様の取扱いをするケースがほとんどです(図表1)。
敷金や保証金の授受での基本的な処理
契約終了時に返還されることになる敷金や保証金は、長期的な預け金または預り金としての性格をもつものといえます。
したがって、敷金等を支払った賃借人側では、支払い時に貸借対照表の「資産の部」の「固定資産」の「投資その他の資産」として「差入保証金」などの勘定科目で計上します。
賃貸人側では、「負債の部」の「固定負債」として「長期預り金」などの勘定科目で計上します。
そして、契約終了時に敷金等の全額が返還されれば、双方ともそれぞれの資産と負債がなくなります。
契約終了時に敷金等のうちの一部が返還されない場合
建物の賃貸借では、契約終了時に賃貸物件の原状回復費用等を敷金や保証金から精算するという契約が交わされているケースがあります。
この場合では、敷金から物件の原状回復にかかった修繕費等を差し引いた金額が返還されることになります。
授受した金額と敷金等との差額の処理は、賃借人側では、「修繕費」として販売費及び一般管理費に計上します。
賃貸人側では、預り敷金から修繕を行なった業者にその代金を支払い、残額を賃借人に返還して敷金等の精算を行ないます。
敷引きなどの特約が定められている場合
賃貸借契約上、原状回復に要する費用は請求しない代わりに、敷金のうち一定金額(たとえば、家賃1か月分など)を賃借人に返還しないことをあらかじめ取り決めることがあります。
この制度は「敷引き」「敷金償却」と呼ばれ、特に近畿地方以西の西日本で多く行なわれています。
保証金のやり取りでも、同様の償却が行なわれる場合があります。
本来、敷金等は返還すべきものですので、原則として収益や費用が生じることはありません。
しかし、敷引きや保証金償却のように、敷金等のうち返還しない部分がある場合には、その部分は実質的には権利金や更新料と同じであると考えられます。
したがって、敷金や保証金の名目であっても返還されない部分については、賃貸人は家賃収入として収益に計上し、賃借人は地代家賃として費用に計上します。
返還を要しない部分の収益計上の時期
賃貸人側では、返還を要しない部分の収益の計上時期が問題となります。
この点、法人税基本通達では、「資産の賃貸借契約等に基づいて保証金、敷金等として受け入れた金額であっても、当該金額のうち期間の経過その他当該賃貸借契約等の終了前における一定の事由の発生により返還しないこととなる部分の金額は、その返還しないこととなった日の属する事業年度の益金の額に算入する」と明確に定められています。
「返還しないこととなった日」は、契約書に定められているはずです。
敷引きがある場合の賃貸借契約では、契約当初から返還されないことが明らかになっているケースが一般的です。
そのような場合には、敷金等を受け取った日または契約の効力が発生した日の収益に計上しなければなりません(図表2)。
これに対して、貸付期間の経過に応じて返還を要しない部分の金額が確定する契約である場合があります。
たとえば、1年以内に退去するときは10%、1年を超え5年以内に退去するときは20%、5年を超えて退去するときは50%が返還されないというような契約です。
この場合には、最小限返還されない10%を敷金等の受取り時または契約日に収益として計上します。
そして、1年を超えた時点で20%との差額の10%を計上し、5年を超えた時点で残りの30%を計上することになります。
この考え方によると、貸付期間が終了するまで返還を要しない部分の金額が確定しない契約であれば、収益計上は契約終了時でよいことになります。
収益計上する時期を遅らせることができるため、賃貸人にとっては有利となります。
一方、賃借人側では、敷引きや保証金償却は実質的には権利金や礼金と同じ性格のものであり、後述する権利金、礼金等と同様の取扱いをします。
権利金や礼金の授受における処理
権利金とは、賃貸借契約の締結時に賃料の一部前払いや賃借権の設定の対価、すなわち借家権や借地権などの設定の対価として賃借人から賃貸人に交付される金銭で、賃貸人が返還を要しないもののことをいいます。
礼金は、関東圏に多く見られる借家だけについての慣行として授受されているもので、こちらも返還されないものです。
権利金も礼金も、どちらも「返還されないもの」という点で共通するため、税務会計上は同様の取扱いをします。
建物の賃借における権利金等の処理
店舗や事務所、社宅等、建物を賃借するために支出する権利金や礼金、立退料その他の費用のうち、支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶものは、税務上の繰延資産となります。
したがって、支払い時に全額を損金とすることはできず、償却期間で月割りで均等償却することになります。
このような借家権利金の償却期間は、原則として5年です。
ただし、契約による賃借期間が5年未満で、契約の更新の際に再び権利金等の支払いを要する場合には、その賃借期間となります。
なお、権利金の額が20万円未満のときは、支払い時に全額を損金算入することができます。
例外として、建築費の大部分を賃借人が権利金として支出して、賃借人が建物を建築したのに等しいような場合には、実質的にはそのような支出は建物を取得したのと変わりがありません。
したがって、その建物の耐用年数の10分の7に相当する年数を償却期間とすることになります。
未償却部分の表示について、税務上は権利金等が繰延資産に定められていますが、会計上は繰延資産として取り扱われません。
したがって、未償却部分を貸借対照表の繰延資産に計上することは適正とはいえません。
処理方法としては、無形固定資産や投資その他の資産といった繰延資産以外の最も適切と考えられる科目で資産に計上することになります。
一方、賃貸人側の処理としては、権利金等は賃借人に返還しないことが明らかであるため、権利金の受取り時に全額を収益計上します。
借地権の設定に伴う権利金の処理
借地権の設定の対価としては、一般的に権利金の授受が行なわれます。
借地権とは、他人の土地の上に建物を建築し所有することを目的としてその土地を賃借する権利のことです。
借地権の経理処理について、会計上は明確な基準が定められていません。
したがって、実務上は税法の取扱いに従う場面が多くなります。
借地人の処理
借地人が地主に支払った権利金は、同じ資産の賃借に伴う権利金であっても、建物の場合とは異なり、貸借対照表の無形固定資産に計上します。
税務上、土地と同様の扱いとされるため減価償却できません。
借地権が消滅した時点で、全額を費用処理します。
地主の処理
地主側では、建物の賃借に伴う権利金と同様に、受け取った時点で全額を収益計上します。
地主が個人である場合に収受する権利金
経営者が所有している土地に対して会社が借地権を設定して建物の建設を行ない、権利金を授受する場合があります。
土地所有者が個人のケースでは、受け取った権利金に対する所得税の課税について、次のような注意が必要です。
建物や構築物を所有するための借地権の設定の対価として受け取った権利金は、一般的には不動産所得になります。
しかし、権利金が土地の時価の50%を超える場合には、譲渡所得として課税されます。
実質的には、土地の一部の譲渡と考えられるからです。
また、土地の時価は必ずしも明らかではないので、受け取った権利金の額がその土地の地代の年額の20倍に相当する金額以下であれば不動産所得とされます。
地代の年額の20倍を超える場合には、譲渡所得となります。
賃借物件の更新料を授受する際の処理
建物を賃借するための更新料は、税法上では賃借期間の満了に伴い再度賃貸借契約を結ぶための費用として、建物を賃借するために支出する権利金に該当し、繰延資産となります。
したがって、礼金や建物を賃借する場合の権利金と同様の処理を行ないます。
更新料が20万円未満であれば、その全額を支払い時に費用処理できる点も同様です。
なお、契約期間中にもかかわらず一定期間ごとに家賃の何か月分かを更新料として支払う契約であるケースがあります。
この場合、たとえ名目が更新料であっても、契約期間中に支払う場合には権利金ではなく家賃の追加と考えるべきです。
そのようなケースでは、支払い時にその全額を地代家賃として費用処理することができます。
また、借地権の設定の対価として授受される更新料については、借地人側では原則として借地権の取得価額となりますが、従来の借地権が減価したとみなされる部分については一部損金算入することになります。
いずれのケースでも、賃貸人の側では、更新料の受取り時に収益計上します。
一方、土地や建物の不動産の賃借に際して支払った仲介手数料は、支払った日の費用に計上することができます。
繰延資産であるとして均等償却をする必要はありません。ただし、借地権の設定の手数料として支払った場合は、借地権の取得原価としなければなりません。
なお、賃借取引だけではなく売買取引でも、仲介手数料の支払いが必要となるケースが多くあります。
土地や建物を取得した場合にはそれぞれの取得原価に含めることになり、売却した場合は支払い時の費用に計上します。
敷金、保証金、礼金等の消費税の処理
敷金や保証金等のうち返還される部分については預け金または預り金としての性格をもつものですから、賃貸人、賃借人どちらの側においても消費税が課税の対象とされない取引、すなわち課税対象外取引となります(図表3)。
敷金や保証金等のうちの返還されない部分や礼金、権利金、更新料については、建物の場合にはその建物が社宅などの居住用か、あるいは店舗や事業所などその他の用途として使用しているかにより処理が異なります。
居住用の建物として使用される場合には非課税となり、それ以外の用途に使用される場合には課税されることになります。
賃借人は、これらを支払った時点で全額を仕入税額控除の対象として消費税の計算を行なうことになります。
この点が、繰延資産に該当するとして均等償却を行なう法人税法の扱いとは異なるところで、注意が必要です。
土地の賃貸借の場合には、いずれも非課税取引となります。
借地権の設定の対価として授受される権利金や更新料は、土地の譲渡または貸付けに準じて取り扱われることになり、非課税取引となります。
月刊「企業実務」 2015年2月号
高橋敏則(公認会計士・税理士)