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キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)を経営改善に活かす

運転資金の管理等に有用
 

キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)は仕入から販売に伴う現金回収までの日数を意味し、日数が小さいほど資金繰りは改善します。ここではCCCに馴染みのない企業担当者向けに、その概略を説明します。

そもそも「CCC」とは何か

米アップルをはじめ、米国企業では、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(Cash ConversionCycle、以下「CCC」といいます)が、経営指標としてごく普通に浸透しています。

2012年1月17日の日本経済新聞に、米アップルのCCCが「マイナス20日」となっているという記事が掲載されました。
これは何を意味するのでしょうか?

企業における一般的な活動の流れは、小売業や卸売業であれば商品の仕入を行ない、製造業や飲食業であれば原材料から製品等を製造し、一定期間をかけて店舗等で販売し、その後、お客様から代金を回収します。

CCCとは、「キャッシュ→商品→支払い→販売→回収」という一連の現金循環のサイクルにおける各過程の回転日数に基づいて、「運転資金要調達期間」を明らかにする指標です(図表1)

前述した米アップルの報道は、同社がiPhoneやiPadといった製品を製造する前からキャッシュを手にしている、ということを意味しているのです。

CCCの計算方法を見てみよう

まず、CCCの構成要素となる、

  • 売上債権回転日数
  • 棚卸資産回転日数
  • 買入債務回転日数

の3指標を見ていきましょう。
なお、全指標の分子の金額は、期末時点における残高のみを使用するのではなく、できるだけ期中の残高を用いることが重要です。
そのため、略式ですが、期首(前年度末)残高と期末(当年度末)残高を足して2で割り、「平均残高」で計算するのが一般的です。

売上債権回転日数

売上債権の回収期間を示すもので、この期間が長ければ貸倒れ事故が発生する危険が大きく、また資金繰りが悪化していることを示しています。

一般的に売上債権に含まれるものは、「受取手形」と「売掛金」ですが、勘定科目にとらわれることなく、「未収入金」勘定等が売上代金の回収に伴う債権である場合は加算します。

また、受取手形を割り引いた場合に、「割引手形」勘定を使用して仕訳を行なう場合と、直接受取手形勘定を減額し、貸借対照表に注記する場合がありますが、後者の場合は割引手形の金額を加算する必要があります。

さらに、米アップルのように、製品の販売前に「前受金」を受領している場合、売上債権から前受金の額を差し引いて計算することも忘れないようにしてください。

棚卸資産回転日数

過大な棚卸資産は、資本の効果的運用の大きな妨げとなります。

製造業等は、原材料の仕入から製品完成にいたるまで一定の生産期間が必要なので、回転期間を縮めるにも限界があります。
長期工事を行なう建設業は、この傾向が著しくなります。

棚卸資産回転日数の計算は、分母に「売上原価」ではなく「売上高」を用いる場合があります。
どちらを用いるかは、どのような日数を知りたいかによって変わってきます。

棚卸資産の販売までに要する日数が売上高の何日分に相当するかを計算したい場合は、棚卸資産回転日数の分母に売上高を用います。

棚卸資産を仕入れてから実際に販売されるまでの平均的な日数を知りたい場合、分母は「売上原価」を用います。
この場合、「当期仕入高」ではないことに注意が必要です。
当期の仕入高は、まだ販売されていない在庫分を含んだ金額となるので、正確な回転日数が計算できません。

製造業や建設業の場合はさらに注意を要します。
これらの業種の売上原価は製品製造原価となるため、損益計算書の数字をそのまま用いると、多額の労務賃金や減価償却費、その他製造経費を含んだ金額となってしまいます。

製造業や建設業の場合は、製造原価報告書を参照し、材料費と外注加工費の合計額を算出したうえで回転日数を算出してください。

買入債務回転日数

買入債務回転期間は支払いについての取引条件を明らかにしようとするものです。
支払サイトが短期間である場合、それだけ資金調達コストが発生します。

回転期間が長期になるほど資金繰りは楽になりますが、同業他社と比較し著しい差がある場合は取引先とのトラブルを生ずる可能性もあります。
資金繰りだけを意識してむやみに期間を繰り延べることは好ましくありません。
買入債務回転日数の算定は棚卸資産回転日数同様、分母に「売上高」を用いる場合もありますが、CCCでは実際の物理的日数の差異を計算したいため、売上原価を用いて計算します。

さらに、計算の精度を上げるためには、売上原価ではなく「仕入債務支払高」を用いることができます。仕入債務支払高の計算方法は、「期首買入債務+当期商品仕入高-期末買入債務」です。

上場企業におけるCCCの活用事例

九州のドラッグストアであるコスモス薬品は、実質無借金ながら2011年だけで55店舗の新規出店を行ない、この9年間で利益が15倍となる成長を遂げています。
なぜ無借金でこれだけの設備投資が行なえるのかというと、マイナス約29日という驚異的なCCCにあります。
業績低迷が続くマツモトキヨシホールディングスの約13日と比べて、その違いは歴然としています(図表2)

両社のCCCの違いについては、売上高全体に占める「飲食品」の割合によるところが大きいと思われます。
後述しますが、飲食小売業のCCCは非常に短くなっています(図表3)

最新の有価証券報告書によると、両社の売上高全体に占める一般食品の割合はコスモス薬品が52.6%となっているのに対し、マツモトキヨシは10.9%で、その差は明らかです。

コスモス薬品では、長引くデフレ経済のもと、借入金に頼らず、資金効率のよい部門を持つことによってCCCを短縮し、設備投資に必要な資金を自己資金で調達するしくみを構築しています。

中小企業におけるCCCの業種別比較

CCCが最も長いのは水産養殖業の176.5日です。
50日を超える業種は、繊維製品製造業、衣服・繊維卸売業、不動産取引業となっています。
これらの業種は棚卸資産回転日数が他の業種と比べて長いため、CCCが長期化しています。

売上債権回転日数が長期化しているのが、金属製品製造業ですが、同業種については買入債務回転日数も長期化しているため、CCCの長期化を抑えています。

その逆に、CCCがマイナスとなっている業種は飲食料小売業、宿泊業、飲食店、医療業、美容業で、これらはいずれも「日銭」を稼ぐ商売です。

この図表を見てわかることは、ビジネスを選択した時点で資金繰りについて、ある程度勝負が決まってくるということです。

もう1ついえることは、CCCの計算要素である買入債務回転日数を「支払基準」によって計算すると回転日数が長くなり、その結果、CCCがマイナスになるケースがあるということです。
つまり、「CCCのマイナス=実際の資金繰りが楽である」と断言できないケースもあるわけです。

たとえば美容業の場合、売上債権回転期間は7.2日で、売掛金の回収が早いように見えます。

美容業の売掛金はクレジットカードの利用客によるものです。
売掛金の入金時期はクレジット会社によって異なりますが、月1回の締め日で入金はその15日後である場合には、入金のタイムラグは最大で45日となります。

この場合、買入債務回転期間の計算のベースを「売上高基準」で評価すると実質の資金繰りが見えてきます。
美容業の場合、4.7日ですから、CCCは7.4日(4.9日+7.2日-4.7日)とプラスになります。

運転資金の管理に役立てるには

前述した美容業の例のように、CCCだけを管理していては“数字のトリック”にはまってしまいます。

そこでCCCの計算構造を貸借対照表に当てはめてみると、事業に必要となる運転資金(売掛金と棚卸資産が販売・回収の過程を経て資金化されるまでの間、人件費やその他経費の支払いに充てるための資金)が見えてきます

図表4のとおり、資金繰りだけを考えるなら、棚卸資産を圧縮し、売上債権は早期回収を促す、買入債務は支払条件を見直して長期化させることとなります。

しかし、当然のことですが、企業は資金繰りのためだけに経営をしているわけではありません。
支払サイトを長期化させた結果、総資本回転率が下がり、総資本利益率も低下します。
棚卸資産と売上債権の回転日数が短縮された結果として資金回収が早まったのであれば、買入債務の支払いを遅延させる必要はないでしょう。

事実、資金繰りに余裕ができたことを受けて、あえて売上債権の回収期間を緩めて収益力を高めている企業があります。
売上債権の回収の遅れは、得意先にとってはプラス要因です。
決済条件を譲歩することで、取引数量や取引価格、納期や納品方法など、条件交渉を優位に進めることが可能となります。

棚卸資産についても戦略的に多く持つことでビジネスを優位に進めている企業があります。
一例を挙げると、葡萄の出来・不出来によって価格が毎年異なるワインを扱っている会社では、原料となる葡萄の当たり年に大量に仕入れを行ないます。

この会社のCCCは長くなっていますが、高付加価値の商品を販売できるため、収益力を伸ばしています。

金融機関との借入交渉に役立てるには

売上高が増える場合は新たな運転資金が必要となりますが、一般にその資金は金融機関からの借入で賄います。

そこで、売上増加に伴い、どれだけの運転資金が必要になるのかを金融機関の担当者に説明する必要性が生じます。

「そんなことをわざわざ説明しなくてもわかるのでは?」と思われるかもしれません。
しかし、金融機関の担当者は経営に携わった経験がないのが普通ですから、売上の増加によって資金が必要となる仕組みが理解できていないことがあります。

必要運転資金は「運転資金要調達率」を使って計算します(図表5)
増加見込みの売上高に算式で求めた運転資金要調達率を乗じて必要運転資金の金額を求めることができます。

金融機関への説明にあたっては、過去のCCCとその算定根拠となった各項目の金額、運転資金調達率を記載した資料を提示するとよいでしょう(図表6)

CCCと資本利益率の関係

最後に、CCCと利益との関係に触れておきます。

事業に投下した資本が効率的に利益を上げているかを見る指標として資本利益率(Return On Investment)があります。

CCCが長期化している場合、不足する運転資金は借入に頼らざるを得ないため、投下資本が増え、資本利益率は減少します。

CCCの短縮は事業全体のリードタイムの短縮につながり、その結果、借入金は減少し、必要最低限の運転資金で経営を行なうことができます。

しかし、CCCが短縮されたとしても資本利益率を上げられない場合があります。
前述のとおり資金繰りは、売上債権回転日数と棚卸資産回転日数を短縮し、買入債務回転日数を長くすれば改善します。
しかし、回収した資金を内部留保しているため、会社資産全体の回転率が低下するためです。

では、買入債務回転日数も短縮すべきなのでしょうか?

答えは、棚卸資産回転日数と売上債権回転日数とのバランスにあります。
売上債権と棚卸資産の回転期間が延びているのに、資本回転率を上げるためだけに買入債務回転期間を短縮することは自殺行為です。

3つの回転期間をバランスよく調整することが、キャッシュと利益の両方を改善する最善の方法となります。

月刊「企業実務」 2013年3月号
笹川和幸(税理士)

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