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産業医の上手な選び方と付き合い方マニュアル

小さな会社も無縁ではない
 

職場で従業員の健康管理を効果的に行なうために、一定規模以上の事業所には、産業医の選任が義務付けられています。
中小企業は産業医をどのように選び、どのように付き合えばよいのか、解説します。

事業主には、労働安全衛生法に定められているとおり、働く人の安全と健康を守る義務があります。
その一環として、従業員が50人以上の事業所では産業医の選任が義務付けられ、労働者の健康管理などを行なわせなければなりません。

本稿では、産業医と連携した健康管理の仕組みをつくるための取組み、産業医に依頼する業務の内容、また、法令遵守のために押さえておくべきポイントについて、具体的に解説していきます。

産業医とはどういう存在か何をしてくれるのか

企業にとって、産業医とはいったいどのような存在でしょうか。
「働く人の健康管理を担当する医師」「従業員の相談に乗ってくれる医師」という印象をもっている方も多いと思います。
従業員の相談に乗ってくれる産業医の存在は、非常にありがたいものです。

しかし、産業医の役割はこれだけではありません。労働安全衛生法に定められた本来の仕事は、「職場での安全や健康の問題について必要に応じて調査を行ない、対策について専門家の立場から事業主に意見を述べること」なのです。

たとえば、血圧が非常に高い従業員がいたとします。
定期健康診断でも、最高血圧(収縮期血圧)が180㎜Hg、最低血圧(拡張期血圧)が110㎜Hgと、いますぐにでも医師の受診が必要な状態です。
これほど血圧が高いと、仕事中に意識を失って倒れてしまう危険もあります。

もしも、現場で工作機械を使って仕事をしているとき、あるいは、高い足場の上で仕事をしているとき、配送用のトラックを運転しているときなどに意識を失ってしまうと、大きな事故につながるおそれがあります。

こんなとき産業医は、従業員に受診を勧めるだけでなく、会社に対しても「作業スケジュールを調整するなどして、この従業員が病院を受診できるようにすること」、そして「治療を行なって血圧が安定するまで、高所の作業などの危険作業や、営業車両の運転を控えること」など、労務管理上の措置について助言を行ないます。

つまり、従業員の健康問題が悪化しないように、あるいは、職場で事故や災害が起きないように、専門家の立場から会社に助言をすることが産業医の職務なのです。

会社側は、産業医がそのような業務を行なえるように仕組みや制度を整え、さらに、産業医の助言を尊重し、現場と連携して必要な業務調整を行なわなければなりません。

労働安全衛生法では、企業に対して「医師の意見を聴かなければならない」「医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは(中略)適切な措置を講じなければならない」と、「医師の意見聴取」と「就業上の措置の実施」の義務を課しています。

就業上の措置とは、具体的には、従業員を休ませる、復職させる、従業員の就業場所や作業内容を変更する、従業員の労働時間を短縮する、深夜業の回数を減らす、といった措置を指します。実際にどのような措置を行なうのかについては、最終的な決定権は会社にあります。

産業医の選び方と契約のしかた

産業医は、厚労省の定める一定の要件を満たした医師のことです。代表的なものに、日本医師会や産業医科大学の一定の講習を受け、5年おきに更新する認定産業医の資格があります。

その他にも、労働衛生コンサルタントの資格をもっている医師であれば、産業医として契約ができます。

会社の近くで開業している診療所の医師であっても、このような資格をもっていれば産業医として契約することができます。
具体的に産業医を選ぶ際には、各都道府県に設置されている産業保健総合支援センター、地域産業保健センター、地元の健康診断機関や労働衛生機関、または、地域の医師会、産業医の人材紹介会社などに相談するとよいでしょう。

紹介してもらった産業医と面談して、事業場の課題や依頼したい活動を説明したときに親身に話を聞いてもらえて、様々な提案がもらえるようであれば、その後もよい関係を続けられるでしょう。

一方、地元の医師と契約してしまうと、業務や活動の内容に問題があっても、今後の付き合いなどを考えて遠慮してしまい、企業側から「○○の業務をきちんと行なって欲しい」といった要望を言い出しにくい場合があります。

そのような懸念があるときには、少し割高になりますが、契約管理ができる人材紹介会社や外部機関に依頼したほうがよいかもしれません。

また、産業医と契約するときには、産業医に何を期待するのか、企業のニーズをはっきりさせておく必要があります。

労基署に届け出るためだけに契約し、一度も事業所を訪問することのないような「名ばかり産業医」では、基本的な法令遵守すらままなりません。「従業員との面談」「就業に関する意見書の発行」「事業所の訪問」「職場巡視」「衛生委員会または安全衛生委員会への参加」などは、最低限、実施してもらいたい項目です。

事業所の安全衛生活動のどこに力を入れたいかによっても、産業医に依頼することが変わってきます。事業所の安全衛生活動の課題や産業医に期待するニーズをはっきりさせておけば、産業医を活用しやすくなります。

後々のトラブルを避けるためにも、必ず産業医と業務委託契約書を交わして業務内容を具体的に明記しておくべきでしょう。

法令遵守のために産業医に依頼する業務とは

【1】従業員との面談と、就業上の措置についての意見書の発行

多くの企業では、産業医に「健康診断の結果のチェック」「健康診断の有所見者との面接」「長時間労働者との面接」などの業務を依頼しています。
しかし、こうした業務を実施しているだけでは、会社として安全配慮義務を十分に果たしているとはいえません。

会社が安全配慮義務を果たすためには、「従業員の健康状態の把握」「労働状況の把握」「医師の意見聴取」「就業上の措置の実施」の4つを確実に行なわなければなりません。

そのためには、先ほど述べたように、健康診断の結果や、長時間労働者との面接の結果について、従業員の健康を守るために、産業医の意見を聴かなければならないのです。

就業上の措置に関する意見書

「産業医の意見」は、ぜひ書面で入手することをお勧めします。なぜなら産業医の意見は、会社が適切に安全配慮義務を果たしていたことを示す証拠でもあるからです。図表1のような、「就業に関する意見書」の書式を用いるとよいでしょう。

意見書には「現在の健康上の問題と、それを悪化させないための具体的な対策」を記入してもらいます。

病気の診断名だけではなく、健康上の問題と就労上の問題とを、なるべくわかりやすい言葉で記載してもらいます。

「就業に関する意見」の欄には、「復職可」「復職不可」などという二者択一の判断ではなく、「通常の業務への復職が可能かどうか」「一定期間の業務調整を行なって復職可とする場合、どのような措置を行なえばよいか」「もとの業務に復帰できるまでの期間はどれくらいか」などについて具体的に記入してもらいます。

産業医の意見書は、健康診断の事後措置だけでなく、長時間労働者の面接の事後措置、休職者や復職者への対応、妊産婦への対応、障害者への対応など、従業員の健康問題に関するすべての場面で活用できます。

従業員の健康管理の仕組みをつくる

従業員の健康管理に産業医の意見書を活用するためには、図表2のような「従業員の健康管理の基本的な仕組み」を構築する必要があります。

つまり、健康面で問題のある従業員は、自発的な申出によって、あるいは、上司や会社の指示によって産業医面談を受けます。
産業医は、面談の結果、就業上の措置が必要と判断した場合には意見書を作成し、会社に提出します。それを受けて、会社は必要な就業上の措置の内容を決定し、職場と連携して実施します。

この仕組みを円滑に運用するためには、あらかじめ「会社は、従業員に対して、指定した医師の受診を命じることができる」など、受診命令に関する規定を就業規則に定めておきます。ここでいう「会社が指定した医師」には、外部の病院の医師だけでなく、会社の産業医も含まれます。

さらに、「従業員の健康上の問題については、産業医との面談を実施し、産業医の意見書を入手したうえで就業上の措置を講ずる」と、産業医面談と就業上の措置に関する規定を設けておくとよいでしょう。

他の専門職の活用と連携

企業によっては、健康診断機関から保健師を派遣してもらって従業員の保健指導を行なったり、メンタルヘルスサービス機関から臨床心理士などのカウンセラーを派遣してもらい、従業員の心理相談を行なっていたりするところもあります。

せっかく専門家と契約しているのですから、そうした取組みを従業員の健康管理に積極的に活用したいものです。

そのためには、保健師やカウンセラーの面談結果を産業医に報告し、必要に応じて「就業上の措置に関する産業医の意見書」を発行できるような仕組みにしておくとよいでしょう。ただし、それぞれの専門機関と事前の取決めが必要です。

【2】来社して職場環境や作業の実態を把握

従業員の健康上の問題に関して、その従業員の主治医と産業医とで意見が異なる場合があります。たとえば、メンタルヘルス不調で休業している従業員の復職について、主治医は「復職可能」と判断したのに対して、産業医は「復職は難しい」と判断する場面などです。このようなとき、会社はどちらの意見を尊重すればよいのでしょうか。

裁判例などによると「就業の適否や就業上の措置については、従業員の業務や作業の実態や、職場環境などを十分に把握している医師の判断に従うことが妥当である」と考えられています。つまり、その従業員の業務や作業の実態、職場環境などについて、産業医が十分に把握していれば、原則として産業医の意見を尊重して判断してよいということになります。

しかしこれは、労働安全衛生法に定めている月に1回以上の職場巡視などを、産業医にきちんと行なわせていることが前提です。会社によって「産業医の職場巡視を実施していない」事業所や「産業医が1度も来たことがない」という事業所もあるようですが、いざというときの訴訟対策を考えたときに大きなリスクとなります。

毎月1回以上の実施が難しい場合でも、まずは年に1回、あるいは半年に1回からでも産業医による職場巡視を実施するべきです。

【3】衛生委員会または安全衛生委員会への参加

従業員が50人以上の規模の事業所では、衛生委員会(全業種)または安全衛生委員会(一部の業種)を設置して、従業員の健康管理に関する取組みを行なうことが労働安全衛生法に定められています。
この衛生委員会または安全衛生委員会は労使のメンバーで組織され、毎月1回以上の開催が義務付けられています。

衛生委員会または安全衛生委員会の委員長は、その事業所の事業活動を統括管理している責任者(事業所長、または同等の権限と責任をもつ副長など)を任命しなければならず、産業医、衛生管理者のそれぞれを委員に加えることが必要です(安全衛生委員会では安全管理者も参加)。

産業医は、衛生委員会または安全衛生委員会に出席し、委員会での審議事項や事業所の健康管理の活動に対して指導や助言を行なう役割を担っています。

しかし、実際に産業医が衛生委員会または安全衛生委員会に出席している企業の割合は、従業員50~99人規模の事業場では26.6%、100~299人規模の事業場でも40.5%と、いずれも低い水準にとどまっています。

委員会への出席が難しい場合には、委員会の議事録などに対して、事前あるいは事後に産業医からコメントをもらい、その内容を衛生管理者などが委員会に報告することで、間接的に委員会の活動に関わることもできます。

月刊「企業実務」 2014年11月号
難波克行(産業医・医学博士)

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