完全禁煙できない職場でなすべき喫煙対策
完全禁煙が理想といっても、様々な事情からそれが実現できない職場も多いようだ。喫煙対策をどのように進めていくべきか、その視点と具体的手法について解説する。
年を追うごとに喫煙者への風当たりが厳しくなっています。ここ数年でタバコを吸える場所はめっきり減り、外でタバコを吸おうと思ったら、さながらオリエンテーリングのように「喫煙所」を探し求めなくてはなりません。
職場でも、健康増進法の施行や受動喫煙問題への関心の高まりから「完全禁煙」や「空間分煙(喫煙室以外は禁煙)」とするところが増えています。
国会で審議されている労働安全衛生法改正案には、職場における受動喫煙防止のため、当初、職場での完全禁煙または空間分煙等の対策を事業者に義務づける内容が盛り込まれていました。
とりあえず義務化は回避され、努力規定にとどまる形になったようですが、将来的には受動喫煙防止対策が事業者の安全配慮義務の一環であると解釈される可能性は高いでしょう。
職場における受動喫煙防止策としては、完全禁煙が望ましいことは言うまでもありません。
しかし、喫煙者が多い職場、変則勤務のように拘束時間が長い職場などで実情にそぐわない「完全禁煙」を実施するとどうなるでしょうか。
某市営地下鉄の事件ではないですが、「こっそり吸う人」が出てくると、今度は火災など、防災上の問題につながりかねません。就業規則などで規制しても、「実はこっそり吸っています」という話もよく聞きます。
こうした規則違反やモラルの欠如に迎合するわけではありませんが、火災の心配や規則を軽視するような雰囲気が生まれるくらいならば、一定の条件、ルールの下で喫煙を認めたほうが、あってはならないトラブルは防げると考えます。最低限の喫煙者の権利を尊重しつつも、その条件・ルールに反する喫煙については、厳しく処断するのです。
目次
手軽に設置できるのが簡易喫煙スペース
一定のルール・条件下での喫煙も、きちんとした喫煙室等が設置できれば問題はありません。
簡単に屋外に出ることができる事業所であれば、屋外の迷惑にならない場所に喫煙スペースを設けることが、一番手間も費用もかかりません。タバコを吸う社員、吸わない社員の双方にとっても好都合といえます。
しかし、高層ビルのオフィスなど簡単に屋外に出られない、あるいは「喫煙室を設ける場所がない」という企業はどうしたらよいのでしょうか。
また、建物の構造や費用面から喫煙室が設置できない会社もあるでしょう。
密室のように換気が不可能な場所であれば、完全禁煙とするしかありませんが、そのような場所でなければ、ちょっとした工夫で喫煙室の設置は可能ではないかと思います。
分煙の目的は受動喫煙を防止すること、つまり、非喫煙場所へタバコの煙を漏らしたり流したりしないことです。
ですから、喫煙室が建物の構造として完全に区画された「別室」でなくともよいわけです。そこでたとえば、下図のような「簡易喫煙スペース」を設置できないか、考えてみましょう。
これは、換気扇を中心に天井から吊るしたシャワーカーテン、スクリーンなどで囲んだスペースをつくり、その中で喫煙するというものです。
簡易なつくりでも、意外なほどの効果をあげることが可能です。
喫煙者が少なければ、喫煙時と喫煙後換気に必要なしばらくの間だけカーテン等を利用してスペースをつくるという使い方もできるでしょう。
換気扇も、既設のものがなければ、窓枠に取り付けられる窓用換気扇などを検討します。
また、こうした資機材はホームセンターなどでほぼ揃えることができますから、工事業者に頼まず自作することもできます。
2万~5万円程度の予算があれば、設置が可能でしょう。廉価でできるので、費用面がネックになっている事業所にはお勧めです。
この「簡易喫煙スペース」については、平成17年度厚生労働省委託事業「効果的な空間分煙対策推進検討委員会」報告書のなかで、設置例などが詳しく検討・紹介されています。
この報告書のねらいは「喫煙場所を設けるスペースに苦慮する事業場が喫煙室等を設置する際に役立つような情報を収集し、対策を検討すること」とされています。
「簡易喫煙スペース」の設置を検討する場合には、かなり参考とすることができます。
喫煙室等の要件などを定めた「職場における喫煙対策のためのガイドライン」と合わせて参考にしてください。
建物の構造などにより、きちんとした排気設備や換気扇が設置できず、喫煙に必要な換気能力が不足する場合でも、あきらめることはありません。
カーテンで仕切るなど、煙が拡散しないような設備を施したうえで、換気能力の範囲内だけ喫煙を認めるという方法もあると思います。
その場所で一度に喫煙できる人数や喫煙できる時間帯、あるいは喫煙を認めるタバコの本数などを検証し、換気能力に応じて制限するのです。
換気設備の能力を計算し、具体的な限度喫煙量(本数)を割り出す形になります。
もっとも実際には、換気能力が足りず煙が漏れたり、臭いが残ることが多いようです。
基準を一旦定めても、実際の喫煙による換気の状況をみて、限度量は適宜検討することが求められるでしょう。
禁煙支援の奨励
喫煙室や簡易喫煙スペースの設置による分煙と合わせて、会社の制度として、禁煙支援を行なう方法も推奨します。
産業医と連携した「禁煙教室」を開催したり、禁煙外来や禁煙カウンセリングに必要な費用の一部を助成することも、職場の喫煙対策になります。
「できればタバコをやめたい」と考えている人は意外に多いようですから、希望者を対象にこれを後押しする制度は検討の余地があるでしょう。
ただし、この方法は、あくまでも禁煙希望者を支援する、というレベルにとどめることが肝要です。禁煙を強制したり、喫煙者を不利に扱うような制度とならないように注意してください。
分煙を進めるうえで注意したいポイント
最後に「分煙」を考えるうえで注意したい点について検討してみたいと思います。
利用者負担の原則
非喫煙社員との間で生じる不公平感を防ぐために、簡易喫煙スペースにかかる費用や清掃などの運営上のコストを喫煙する社員に負担させるのも、禁煙の推奨になります。
嫌煙権に対して喫煙権があるのならば、それに従った「利用者負担」という考え方や運用があってもよいのかもしれません。
空気清浄機には限界がある
意外に知られていないようですが、空気清浄機は、タバコの煙に含まれる一酸化炭素をはじめとする有害ガス成分を完全には除去できません。
空気清浄機が除去できるのは、主としてタバコの煙に含まれる微粒子です。ですから、喫煙スペースの設置に当たり、「換気ができること」は絶対条件といえます。
換気扇などの換気設備がなくても「空気清浄機があれば大丈夫」と考えるのは誤解ですから、換気には注意が必要です。
スペース設置に当たっては管理会社に相談を
オフィスが自社所有でない場合、簡易喫煙スペースの設置に当たっては、換気設備の周囲にモノを置くことが消防法などに抵触しないか、また、賃貸契約に抵触しないかという点について、事前に所有者(管理会社)に相談する必要があるでしょう。
さらに、喫煙スペースに使用する資材については、火気を使用することに留意して、可能な限り難燃素材など防災面にも配慮した選択が必要です。
将来的には完全禁煙も
将来的にタバコを巡りどのような議論が展開されていくのかにもよるでしょうが、冒頭でも述べたように、タバコに対する規制が厳しくなることはあっても、緩和されることはないでしょう。
現時点では無理であっても、将来的には、やはり「職場の完全禁煙」の実現を前提に考えておくべきです。
対極的な関係にある喫煙者と非喫煙者。それは「水と油」のような関係かもしれません。いくら懸命に混ぜても、両者はくっきりと分かれてしまいます。
一方的にどちらかの意見のみ聞くことは、他方に対して我慢を強いることになり、そこから新たなトラブルを生み出しかねません。
本稿で検討した方法が、共存とはいかないまでも「我慢の少ない関係」づくりの一助となれば幸いです。
【受動喫煙防止対策助成金の活用】
喫煙室等の設置について、一定の要件を満たす中小企業を対象とした助成金制度があります。
●受動喫煙防止対策助成金
(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/jigyousya/kitsuenboushi/#01)
職場の受動喫煙防止という点では、一番対策がむずかしいとされる「顧客が喫煙できることをサービスに含めている」、業務上従業員に受動喫煙が必然的に生じる飲食店、ホテル・旅館を対象にした制度で、空間分煙に必要な喫煙室の設置や換気設備の増設・増強が対象となります。
喫煙室の設置等に係る経費のうち、工費、設備費、備品費、機械装置費等の4分の1が、200万円を上限に助成されます。
この制度を利用するには、事前に喫煙室等の工事計画の認定を受けてから着工することが要件となっています。
また、工事終了後も認定内容どおりに設備が設置されていることの証明・申請が必要です。
月刊「企業実務」 2012年7月号
専田晋一(特定社会保険労務士)