メンタルヘルス疾患を理由に解雇はできる?
- 懲戒解雇事由に該当する場合であっても、懲戒解雇ではなく、普通解雇を検討するほうがよいでしょう。
- 原則として一度休職をさせて様子を見て、休職期間満了時に復職不可能であれば解雇する、という方法をとるべきです。
- 休職させても就労不可能であることが明らかな場合は、休職期間をおくことなく「業務に堪えない」として普通解雇できる可能性があります。
- 業務に起因するメンタルヘルス疾患の場合は、療養・休業期間中およびその後30日間は、解雇できません。
懲戒解雇について
メンタルヘルス疾患に罹患した社員が、長期間無断欠勤するなど懲戒解雇事由に該当する場合には、法律上理論的には懲戒解雇できる余地もあります。
しかし、懲戒解雇をするためには、社員に「責任能力」があることが必要です。
責任能力とは、「自分が何をやっているのか、本人が理解していて、自分がやったことに対する報いとしての懲戒処分を受ける能力があること」を意味します。
メンタルヘルス疾患に罹患している場合、社員に責任能力がないか、または通常よりも責任能力が減退していて、後から懲戒解雇が無効となる可能性もあります。
そのため、一般的に普通解雇によることを検討するほうがよいでしょう。
普通解雇に至るまで
一般的に、就業規則には解雇事由として「心身の故障のため業務に堪えないとき」という定めがあります。
精神障害により労働意欲がなくなったり、異常な言動によって職場秩序を乱したり、取引先に迷惑をかけたりするような場合には、この解雇事由に該当すると考えられ、普通解雇することも考えられます。
精神障害を含めて、疾病の症状が重い場合には、いったん休職扱いとして様子を見て、休職期間満了時に復職不可能であればそのまま解雇するのが通常です。
休職は、一般に「解雇猶予の制度」とも考えられており、休職期間満了時に復職が不可能であれば、「期間満了による退職」または「解雇」となります。
休職期間をおかずにただちに解雇すると、「解雇権の濫用」とみなされるおそれがあります。
メンタルヘルス疾患以外の疾病の場合にも、欠勤・休職などによって回復の様子を見るのが通常ですから、休職期間をおかずに解雇した場合、「会社が何ら治療に配慮していない」とみなされる可能性が高いのです。
したがって、休職期間を経過したとしても就業不可能であることが明らかであるような極めて例外的な場合を除いて、一般的にはいったん休職扱いとして様子を見ることが必要です。
社員が脳梗塞症にかかった「岡田運送事件」(東京地判平14.4.24)という事例では、「休職期間を経過したとしても就業不可能であることが明らかな場合は、休職期間をおくことなく解雇することができる」として、会社が休職期間をおかずに普通解雇したことを有効としています。
しかし、実際の裁判になった場合、「解雇の正当性」はなかなか認められません。
経済合理性の見地からも、また社会常識的にも、会社の判断が正当とうなずける場合であっても、「解雇権の濫用」であって解雇は無効との判決が下る場合が多いのが実情です。
裁判官が解雇権の濫用と判断する感覚には独特のものがありますから、弁護士など専門家に相談のうえ慎重に検討する必要があります。
なおメンタルヘルス疾患と解雇に関する過去の判例は、同僚や顧客を危険にさらすような激しい異常行動をともなう事例が多く、最近増えている、うつ病を問題にしたものは公表されている中には見当たらないようですので、将来、うつ病を理由とする解雇が行われた場合の裁判所の判断は予測が難しいといえます。
業務に起因するメンタルヘルス疾患の場合の解雇
業務に起因する疾病の場合、労働基準法19条によって、会社は「療養・休業期間中およびその後30日間は、社員を解雇することができない」とされています(ただし、やむを得ない事由で事業継続が不可能となった場合等は除かれます)。
内容 | 裁判所の判断 | |
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東芝事件 (東京地判昭58.12.26) |
「神経症」ないし「神経衰弱状態」との診断により長期欠勤し、復職後も、朝夕各1時間の勤務制限付きで出社。担当職務として、業務提携先の開発した電算機プログラムを自社で使用できるようにする仕事を担当したが、上司からの再三の指示にもかかわらず、仕事にとりかからなかった。また上司や客先等に対する非常識な言動が再三見られた。 長期欠勤の約4年後、解雇。労働者側は不当解雇として訴えた。 |
「解雇は有効」 |
東京合同自動車事件 (東京地判平9.2.7) |
タクシーの乗務員が、「精神運動興奮状態」および「躁状態」との診断を受け、医療保護入院の手続きがなされた。約1か月後に退院するも、翌日別の病院で妄想性状態、さらに別の病院で躁状態と診断された。 約3か月後に、就労可能な程度まで軽快したとの診断を受け、会社はタクシー乗務を許可。しかし、勤務再開後、部長に対して罵詈雑言を浴びせたり、タクシー運転中、信号確認をせずに接触事故を起こし、事故処理の過程でも暴言を吐くなどした。このため会社は入院の1年あまり後に解雇。 労働者側は「不当解雇」として訴え、また会社が病院に監禁したりいやがらせを行ったとして、会社に対して損害賠償請求した。 |
「退院時には就労可能な状況にあったもののさらに治療が必要な状況にあったことを認定し、解雇は有効と判断した。また病院に連れて行ったことについても違法性はなく、いやがらせもなかった」 |
企業実務サポートクラブ
前田陽司(弁護士)
田中享子(弁護士)