キャッシュフローに基づく設備投資の採算予測法
適切な意思決定のために設備投資は多大な資金を必要とするため、その投資採算性を事前に検討しておく必要があります。
設備投資の採算性評価には様々な方法がありますが、ここではキャッシュフローを重視した採算予測について紹介します。
設備投資は企業の成長や事業基盤の確立を図るうえで欠かせないものですが、当然のことながら投資にはリスクが伴います。
投資に見合った収益を得られない場合、企業存続にかかわる可能性もあるため、投資効果の慎重な見極めが必要です。
本稿では、設備投資を行なううえで必要となる採算性評価の考え方とその手法を紹介します。
目次
キャッシュフローの具体的な計算方法
設備投資の採算性評価が用いるのは、収益・費用から計算される会計上の利益ではなく、増加営業キャッシュフローです。
その理由は、会計上の利益では投資資金の回収期間が予測しにくいほか、売上債権、棚卸資産、仕入債務の関係からキャッシュ・アウトとキャッシュ・インのタイミングにズレが生じるからです。
それでは、キャッシュフローの計算方法をみていきましょう。
増加売上高、増加費用の計算
増加売上高の計算
まず、設備投資により売上高がいくら増加するのかを予測します。
下請け企業の場合、元請け会社から「この設備を導入すれば、毎年○○円の仕事を出しましょう」という約束があれば増加売上高の計算は比較的容易ですが、通常は増加分の予測はかなり難しいものになります。
営業担当者などから取引先別や商品別の売上予測情報を入手し、それをまとめる形で予測します。
増加費用の計算
次に、増加費用を見積もります。
- 材料費
現状の材料費をベースとして、数量増加に見合う材料費の増加額を算出します。 - 労務費
生産量が増加することによって必要となる増加人員の労務費を算出します。逆に、人員削減などが見込めるのであれば減少させます。 - 製造経費
設備の増加に伴う光熱費や修繕費、消耗品などの増加分を計算します。 - 販売費及び一般管理費
発送費や保管料などの増加分を算出します。 - 支払利息
設備購入資金を借入れする場合、支払利息の増加分を計算します。 - 減価償却費
設備投資に見合う減価償却費を算出して織り込みます。耐用年数は法定耐用年数によらなくても構いませんし、償却方法も自由です。自社の基準に基づいた耐用年数を見積もってください。
予想増加利益の計算
増加売上高や増加費用の情報から、予想増加利益を計算します。
通常の原価計算方法で原価を計算している場合(全部原価計算といいます)は、在庫の関係で利益と正味キャッシュフローに大きな差が生じます。
したがって、この場合の増加利益は全部原価計算ではなく、「変動費」(売上高に比例する費用)と「固定費」(売上高に比例しない費用)に分けて計算したものを用います(直接原価計算といいます)。
変動費か固定費か迷うものは、固定費に入れてください。
設備売却額の予想
増加利益計算については、設備の売却額についても考慮する必要があります。
購入した設備を稼働期間後にどうするのか、ということです。
廃棄費用のみ発生するケースが多いので、もしも、多額の廃棄費用が予想されるのであれば、稼働期間の最終年の費用(固定費)に廃棄費用を加算してください。
売却価値をもつ資産であれば、稼働最終年の収益の額に「資産売却額」を追加して収益の額に加算します。
増加営業キャッシュフローの計算
簡便法
増加営業キャッシュフローを計算するには、かなりの労力を必要とします。
そこで、増加営業キャッシュフローに近い数字を簡単に計算する簡便法を紹介します。
具体的には、
増加利益+減価償却費-法人税等=増加営業キャッシュフロー
という算式で計算できます。
法人税等は、実効税率に近い40%で計算すればよいでしょう。
申告上の加算額が多ければ50%で計算しても構いません。
繰越欠損金が多額にあって法人税がかからないことが明確な場合は税率0%で計算することになりますし、中小企業で繰越欠損金がなく所得金額が800万円以下であれば、30%から35%を使ってもよいでしょう。
これなら、予想増加利益額と設備投資額から算出できます。
ただし、実際の税率よりも低くならないよう、若干高めの税率で計算することをおすすめします。
簡便法による計算
では実際に、事例を使って簡便法による計算をしてみましょう。
たとえば、1億円の設備投資を検討しているケースを考えてみます。
この投資を行なうことで、売上高は毎年6,000万円増加しますが、費用は4,000万円発生します。
在庫なし、借入なしで考えます(図表1)。
このとき、減価償却費は年間1,000万円(耐用年数10年、残存価額なし)、設備は10年間稼働するとします(図表2)。
投資額1億円に対して、その設備の稼働期間である10年間の営業キャッシュフローの増額(回収額)は2億2,000万円となります。
「設備投資額」<「営業キャッシュフローの増加分」となっていますので、まずまずの採算が見込める投資といえるでしょう。
より正確な増加営業キャッシュフローの計算方法
簡便法は、いわゆる現金商売の場合にのみ使えます。
売上代金の回収が翌月であれば、第1期の収入は11か月分となりますから、第1期末の現金の残高は、売上の1か月分少ないことになります。
つまり、現金商売でない場合、償却前利益=現金ではなく、さらに売上債権や仕入債務等の債権債務の増減や商品在庫の増減を調整を行なう必要があります。
このため、より正確な増加営業キャッシュフローを算出するには、キャッシュフロー計算書(間接法)における営業キャッシュフローの各項目にしたがって計算していきます。
キャッシュフロー計算書(間接法)の各項目
キャッシュフロー計算書(間接法)における営業キャッシュフローの各項目は、図表3のようになっています。
税引前利益に減価償却費をプラスするのは、簡便法と同じです。
ただし、製造業等の場合は、この税引前利益は、簡便法で使った直接原価計算によるものではなく、全部原価計算による税引前利益を使用する点に注意してください。
本来のキャッシュフロー計算書は1円まで合わせる必要がありますが、設備投資の採算性で使う営業キャッシュフローの計算では、設備投資額の2桁下くらいまでで十分です。
実際に計算する項目は、「売上債権の増加又は減少額」「棚卸資産の増加又は減少額」「仕入債務の減少又は増加額」「法人税等の支払額」といった重要なもののみでよいでしょう。
売掛金の回収が3か月後の場合前
述の図表2は、現金商売で在庫なし、借入なしの場合でした。
同じデータを使って今度は、売掛金の回収が3か月後、買掛金の支払いが1か月後の150万円、在庫金額が200万円である場合の増加営業キャッシュフローを計算してみましょう。
【1年目】
まず「売上債権の増加又は減少額」を計算します。
期首売掛金は0円、期末売掛金は売上6,000万円の3か月分ですから、6,000万円÷12月×3月=1,500万円になります。このため、「売上債権の増加減少額」は、0円-1,500万円=△1,500万円となります。
次に「棚卸資産の増加又は減少額」を計算します。期首在庫は0円、期末在庫は200万円ですから、200万円の減少となります。
最後に「仕入債務の減少又は増加額」の項目に入る金額を算出します。
期首買掛金は0円、期末買掛金は150万円ですから、150万円の増加となります。
【2年目以降】
2年目以降は、売上債権、棚卸資産、仕入債務の増減は0円ですから、毎年同一です。減価償却方法が定額法の場合、「税引前利益」「減価償却費」の数字は1年目と同額です。
結局、10年間の増加キャッシュフローの合計を見ると、現金商売の場合の2億2,000万円から1,550万円減って2億450万円になります(図表4)。
採算性評価とその手法
設備投資の評価方法の手法
設備投資の採算性を評価する方法としては、主に回収期間法、正味現在価値法などがあります。
ほかにも、内部利益率法や投資利益率法といった方法がありますが、これらはキャッシュフローではなく会計上の利益を基準とした手法ですので省略します。
回収期間法
「回収期間法」は投資資金の「回収期間」、いわゆる「元が取れる」までの期間に着目した手法で、最もよく使用されている手法です。
計算式は、
設備投資額÷年間増加営業キャッシュフロー=回収期間
となります。
投資により見込まれる増加営業キャッシュフローが毎年均一である場合や、簡便に回収期間を算出したい場合などに使われます。
たとえば、設備の投資額が1億円、毎年の増加営業キャッシュフロー予想額が2,200万円という図表2の例で、この設備投資案の回収期間を計算します。
設備投資額1億円÷年間増加営業キャッシュフロー2,200万円=4.55年
この期間が、いわゆる「元が取れる」までの期間です(図表5)。
この計算は、現金商売の場合です。これに売掛金、買掛金、在庫がある場合で計算すると、図表6のようになります。
このように設備投資額、稼働期間、売上高、費用が同じでも、投資回収までの期間が異なることになります。
正味現在価値法
回収期間法の欠点の1つに、キャッシュフローの時間的価値を考慮していない、という点が挙げられます。この欠点を補った手法が正味現在価値法です。
設備投資が長期にわたるために将来の価値を考慮する必要がありますが、将来の価値を現在の価値に引き直す計算を割引計算といい、現在価値に割引きするときのレートを割引率といいます。
それでは実際に、図表6の例で割引率5%の場合の正味現在価値を計算してみましょう(図表7)。
この事例の場合、設備投資額1億円を回収できるのは、回収期間法による6年目からさらにのびて7年目になるという結果が出ました。
なお、日本の企業では、割引率を5%として計算している企業がほとんどです。
2つの手法の活用方
法回収期間法は、計算が簡単で設備投資に関する安全性という観点からはきわめて有用な採算性計算の方法です。
したがって、回収期間法で安全性をみながら、正味現在価値法で収益性を確認しつつ意思決定する、つまり「回収期間法」と「正味現在価値法」を併用し、総合的に投資の意思決定を行なうことが最適な手法と思われます。
もっとも、現在の預金金利は限りなく0%に近く、定期預金の金利のほとんどが0.1%を切っています。
したがって、株主配当を行なわない企業の場合は、キャッシュフローの時間的価値についてはほとんど考慮する必要がなく、回収期間法による採算性評価だけでも問題ないと思われます。
金利が上昇してきた場合にはじめて、正味現在価値法の観点を加味して採算性評価を行なえばよいでしょう。
月刊「企業実務」 2014年4月号
米津晋次(税理士)