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メンタルヘルス疾患は健康診断で発見できる?

 
  • 会社には、社員の健康に配慮する義務があり、その社員の地位、職務内容、年齢、従前の健康状態などから必要と認められる場合には、メンタルヘルス疾患についても検診項目に加えなければなりません。
  • メンタルヘルス疾患の有無についての健康診断は、社員の同意を得て実施する必要があります。
  • 社員がメンタルヘルス疾患に罹患しているとの診断結果が出た場合、原則として会社は社員に対して通知する義務があります。

法律で定められた「定期健康診断」

会社は、労働安全衛生法66条1項により、1年以内に1回以上の割合で、定期的に社員の健康診断を実施しなければなりません。この定期健康診断の実施を怠ると、健康配慮義務違反を問われる場合があります。

法定の定期健康診断の検診項目は、労働安全衛生規則44条1項などに規定され、「法定検診項目」といわれます。
しかし、これは最低限必要とされる検診項目を定めたものですから、会社は、法定検診項目についてだけ健康診断を実施していれば健康配慮義務を尽くしたことになる、とはいえません。

たとえば、「住友林業事件」(名古屋地判昭56.9.30)では、法定検診項目以外の項目について健康診断を実施すべきか否かは、その社員の地位、職務内容、年齢、従前の健康状態などから判断すべきであるとされました。

したがって会社は、社員の地位、職務内容、年齢、従前の健康状態などから、メンタルヘルス疾患の有無について健康診断を実施すべきか否かを、産業医の意見に基づいてその都度判断し、必要な場合にはこれを実施しなければならないといえます。
たとえばメンタルヘルス疾患に起因する異常行動が、重大な人身事故につながるおそれのある場合(運転手、操縦士など)がこれにあたるでしょう。

社員の同意を得る

労働安全衛生法上、社員は、法定の定期健康診断のうち法定検診項目については受診義務を負います。
しかし、メンタルヘルス疾患の有無は、法定検診項目以外の項目であるため、社員が当然に受診義務を負うわけではありません。
健康情報は、センシティブなプライバシー情報であることからすると、法定検診項目以外の検診項目については、社員の同意を得て健康診断を実施すべきでしょう。

健康診断を拒否されたら?

メンタルヘルス疾患は法定検診項目ではありませんから、社員が拒否すると、会社は強制できません。その場合、会社としてはメンタルヘルス疾患の疑われる社員に対して、業務命令として専門医に受診するよう命じるしかありませんが、それができるか否かが問題となります。

まず、会社の就業規則を再点検してみてください。就業規則に、健康管理については会社の健康管理従事者の指示に従うことが定められている場合が多いことと思います。
この定めがある場合、「医者に診てもらいなさい」と命令することができます。

精密検査(頸肩腕症候群の)の受診命令が問題となった「帯広電報電話局事件」(最判昭61.3.13)では、就業規則(健康管理規定)に健康管理従事者の指示に従う義務が定めてあったことを理由に、「労働者は、病気回復のために合理性・相当性のある場合には受診命令に従う義務がある」と判断されています。

したがって、就業規則に受診義務等が定められていて、メンタルヘルス疾患の回復のために合理性・相当性のある場合には、会社は社員に専門医の受診を命じることができます。

一方、就業規則に受診義務等が定められていない場合であっても、合理性・相当性の認められる場合には、やはり、受診を命じることができると考えられています。社員は、労働契約上、会社に対して労務を提供する義務を負っており、そのために自己の健康を維持する義務を負っていると考えられるためです。「京セラ事件」(東京高判昭63.11.13)は、業務に起因する疾病かどうかを判断するため、頸肩腕症候群の精密検査の受診を命令したケースで、受診命令には合理性・相当性があると判断しています。

健康診断の結果は社員に通知すべき?

労働安全衛生法66条の6により、会社は、社員に対して定期健康診断の結果を通知する義務を負います。
総合判定結果だけでなく、検診項目ごとの結果も含めて通知する必要があるとされています。会社が通知を怠って、社員の病状が悪化したら、安全配慮義務違反の責任を追及される可能性があります(京和タクシー事件・京都地判昭57.10.17)。

この通知義務は、法定検診項目以外の検診項目や、法定外の健康診断の場合にも、原則として当てはまるものの、検診結果を通知することが、かえって社員の人権を侵害するような場合には、会社はこれを社員に通知してはならないと考えられています。いったい通知しなければいけないのか、してはいけないのか、どちらなのでしょう。

たとえば「HIV感染者解雇事件」(東京地判平7.3.30)では、HIV感染の結果については、(1)労働者に告知を受け入れる用意と能力がある場合、または(2)告知に必要な知識と告知後の指導力を有する医療者によって告知するという場合でなければ、告知してはならない(告知した場合、不法行為責任を負う)、と判断されました。これは、HIVに関する情報は、とくにセンシティブなプライバシー情報であること、また、生死に関わる問題であることを考慮したものです。

ただ注意すべきは、この裁判がなされた当時、HIVに感染すればいずれ死亡すると予想され、またエイズは同性愛者や薬物濫用者の病気と考えられていたことが、判決の背景にあることです。しかしわずか10年の間に、治療法の発達によって、HIV感染は死を意味しなくなりましたし、HIVは異性間の感染が増えて、エイズはありふれた病気になりつつあります。ありふれた病気であれば、社員に告知する義務があるとの判断に傾きます。平成7年の判決をいつまでも信じていては、いずれ判断を誤る可能性があります。

一方、メンタルヘルスに関する情報については、センシティブなプライバシー情報ではあるものの、現在のところはHIVに関する情報ほどの機密性までは認められないこと、また、直接的に生死に関わる問題ではないことなどから、特段の事情がないかぎり、これを社員に通知することが違法とまではいえないでしょう。

ただし、メンタルヘルス疾患は、社員本人が病気であることを自覚することが治療上も重要ですから、本人が自発的に受診することを促すよう、告知の方法に工夫が必要です。

裁判所は裁判官の感覚により、「告知しなければならない」「告知してはいけない」と、正反対の判断をする可能性があります。しかし事前に、将来の担当裁判官の感覚を予想するのは不可能です。したがって会社側としてこのリスクを回避するには、告知しないよりも、告知することを選んだうえで、しかし告知の方法を念入りに整えることです。

上記のHIV感染者解雇事件判例を参考にするなら、(1)あらかじめ社員一般に対してメンタルヘルスに関する教育・啓蒙活動を行い、告知を受け入れる用意と能力をつけさせ、(2)告知に必要な知識と告知後の指導力を有する産業医などの専門家に、告知をさせることが有効でしょう。

企業実務サポートクラブ
前田陽司(弁護士)
田中享子(弁護士)

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