社員の「持ち帰り残業」に関するトラブル防止策
黙認していませんか?パソコンの普及により昨今では持ち帰り残業が生じやすい環境にありますが、事業主の目の届かない場所で仕事が行なわれることから様々な問題が浮かび上がっています。
リスク管理として押さえたい要点を学びましょう。
目次
持ち帰り残業はこういう会社で起こりやすい
東京都産業労働局労働相談情報センターの「平成20年度労働時間管理等に関する実態調査」によると、仕事を自宅等に持ち帰ってする、いわゆる持ち帰り残業を、「ほぼ毎日」もしくは「時々」していると回答したのは全体の2割超でした。
役職別にみると部長級と主任級、部門別では対人サービス部門において、その割合がほかと比べて多くなっています。
持ち帰り残業をする理由は、多い順で次のようになっています。
- 自宅のほうが仕事がはかどる
- 自分が納得する成果を出したい
- 勤務先で残業規制があり帰宅せざるを得ない
また、この理由を役職別にみると「自宅のほうが仕事がはかどる」という回答が最も多いのが部長級、次いで一般社員、主任級と続きます。
「自分が納得する成果を出したい」という回答が多かったのは係長級と課長級となっています。
「自宅のほうが仕事がはかどる」「自分が納得する成果を出したい」という理由で仕事を持ち帰る場合は本人の意思です。
しかし、次のケースに当てはまる場合、「100%本人の意思」で持ち帰り残業をしているとは断定できないでしょう。
- 定時退社が奨励されているため残業がしづらいムードがある
- 残業時間の上限(「月20時間まで」など)を設定し、それ以上の居残りを厳しく規制する
- 省エネ対策として早めの消灯をするので会社で残業ができない
- こなしきれない仕事量が期限付きで与えられる
以上のようなケースに該当する場合は、会社が意図しないところで社員の持ち帰り残業が常態化するおそれがあります。
そのほか、喫煙習慣のある社員が持ち帰り残業をする傾向もみられます。
これは、受動喫煙防止の対策として会社が全面禁煙となったことを受け、「喫煙しながら仕事がしたい」という自身の希望から、持ち帰り残業をすることが増えたようです。
また、育児や介護の都合で業務を自宅に持ち帰ってこなしているケースも多くみられます。
労働時間に当たる場合と当たらない場合の違い
持ち帰り残業は残業代(深夜割り増しを含む)を払う義務が事業主にあるのでしょうか。
それをはっきりさせるために、そもそも労働時間とは何かを明確にする必要があります。
労働基準法は次のようになっています。
(労働時間) 第32条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。 2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。 |
このように労働基準法は労働時間について規制しているものの、「労働時間とは何か」については定義がありません。
労働基準法について、行政解釈を中心に裁判例や学説等の引用を加えて解説している『労働法コンメンタール』では、「労働時間」の定義を示しています。
それによると、「労働時間とは使用者の指揮監督下に置かれている時間をいう」「使用者の指揮監督下とは明示的なものである必要はなく、現実に作業前に行なう準備や作業後の後始末、掃除等が使用者の明示または黙示の指揮命令下に行なわれている限りそれも労働時間である」となっています。
労働基準法32条の労働時間について弁護士の安西愈氏は、原則として次の5項目の拘束(指示命令)を使用者から受けて事業目的のために肉体的精神的活動を行なっており、労働から解放されていない時間としています。
- 一定の場所的な拘束下にあること(どこで業務や作業等の行為を行なうか)
- 一定の時間的な拘束下にあること(何時から何時まで行なうか、どのようなスケジュールで行なうか)
- 一定の態度ないし行動上の拘束下にあること(どのような態度や秩序、規律などを守って行なうか)
- 一定の業務の内容ないし遂行方法上の拘束下にあること(どんな行為(業務)をどのような方法、手順で行なうか)
- 一定の労務指揮権に基づく支配ないし監督的な拘束下にあること(それを上司の監督下や服務支配下に行なう必要があるか、自己の自由または任意か、それを行なわないことで懲戒処分や上司からの叱責を受けたり、賃金・賞与等の取扱い上で不利益を受けるものであるか)
これらの5項目すべての拘束要件を満たし、業務あるいは一定の使用者の事業のためになしている行為と評価される時間が原則として労働時間とみなされます。
安西弁護士の定義する労働時間を持ち帰り残業に当てはめると、
- 場所的な拘束がない
- 労働時間の拘束がない
- 行動はテレビを観ながら、あるいは飲酒しながらでも差し支えない
- 作業手順が自由である
- 使用者の具体的な指揮監督が及んでいない
となり、5項目のいずれにも該当しないことから労働時間とはなりません。
したがって、仮に持ち帰り残業について社員から残業代の支払いを請求されたとしても、持ち帰り残業は労働時間ではないので、原則として賃金の支払い義務は生じません。
労務管理の不備によって問われるリスク
前述のように、持ち帰り残業について会社が残業代を払う必要はありません。
しかし、明らかに持ち帰り残業をせざるを得ないような指揮命令をした場合は、請求があれば当然のこと、請求がなくても残業代を払うべきでしょう。
具体例を挙げると次のようなケースです。
- 「書類は明日の朝一番で提出すること」と言いながら残業を認めないで退社させる
- 残業時間を規制していながら仕事の量が減らなかったり、逆に増えているような状況で、「何としてでも月末までに終わらせろ」と指示する
また、上司が、持ち帰り残業が行なわれていることを承知していたり、あるいは持ち帰り残業の常態化を黙認している場合も労働時間となることがあります。
たとえば、夕方の会議で翌日の朝までに企画書を作成しなければならないことが決まったものの、節電や防犯のため決められた時刻で退社しなければならない場合、その社員は社外で作業をせざるを得ないケースもあるでしょう。
持ち帰り残業は就業時間外に行なっているので、厳密には労働時間ではないとしても、実質的に残業とみなされるような場合は、賃金不払い訴訟等において会社が不利になるので注意が必要です。
また、持ち帰り残業による長時間労働で労災認定をされるリスクもあります。
次の2つの事例は、労災を申請し、労働基準監督署では却下されたものの、訴訟により裁判で労災認定されました。
(1)Aさんはパソコン・システムを保全する責任を負わされていて業務量が多かったものの、上司から休日出勤等を止められていました。そのため、結果的には持ち帰り残業をするほかありませんでした。
裁判所は、「(持ち帰り残業の部分を含めると)時間外労働が月当りおおむね80時間を超える範囲に達していた」と推認し、業務と疾病の関連性を肯定しました。
(2)教師Bさんは、毎日のように自宅に仕事を持ち帰って作業しなければ処理できない多くの仕事を抱えていました。
裁判所は、Bさんの疾病と持ち帰り残業の因果関係を認めました。
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持ち帰り残業は労働基準法上は労働時間ではないので残業代が払われないこと自体は違法ではないとしても、業務の起因性などがあることから前述の2つの事例のように労災認定となる可能性があるのです。
労災に認定されると、労災保険から療養補償給付、休業補償給付などが支給されますが、その給付とは別に慰謝料の問題が起きます。
慰謝料は労災保険では補償されないので、会社が負担することになります。
労務問題以外の様々なリスク
持ち帰り残業は、賃金不払い訴訟や労災認定のリスクのほかにも様々なリスクがあります。代表的なものが次の2つです。
情報漏洩
まず注意したいのが、帰宅途中に書類を紛失したり、個人用のパソコンで業務用の情報を扱った結果、そこから情報が流出するリスクです。
ファイル共有ソフト「Winny」を悪用したウィルスにより、企業の内部資料等がネットに流出してしまう事件は度々起こっています。
また、自宅のパソコンに顧客情報や企業秘密情報が残るなど、経営側のリスクがあります。その情報を退職後に悪用されるおそれも生じます。
企業の情報管理的側面からみても持ち帰り残業は極力回避すべきでしょう。
企業イメージへの影響
もうひとつは、持ち帰り残業を不服に思う社員や家族が、その不満をインターネット上に流すリスクです。
ブラック企業リストを載せるサイトに自社の状況を投稿するケースも一部にみられます。これは一種の内部告発といえます。
ネット上に流れた情報やデータは取り消したり回収することが不可能に近く、会社側に抗弁する機会がほとんどありません。採用活動が困難になったり、取引先が減少する事態などにも発展する可能性があります。
また、近年は社員の内部告発によって企業が著しい損害を被り、倒産に至るケースもあるので、油断しないほうがよいでしょう。
持ち帰り残業をしない社内風土を醸成するには
本来、持ち帰り残業は、
- 賃金不払いで訴えられる可能性
- 労災と認定される可能性
- 情報漏洩の可能性
- 内部告発の可能性
があるので禁止すべきです。
持ち帰り残業をさせない第1ステップは、持ち帰り残業禁止を就業規則や賃金規程に明記し、社内のルールとすることです。
しかし、禁止しても社員が自らの意思でこっそり行なう持ち帰り残業を阻止することは困難です。
また、持ち帰り残業をせざるを得ない環境を会社が放置していては、いくらルールを作成しても効果がありません。
持ち帰り残業を禁止するには正面から取り組む必要があります。
- 持ち帰り残業撲滅のためのプロジェクト委員会を設置する
- 業務や業務フローに関するアンケート調査を行なう
などによる対応をすべきでしょう。つまり、組織的な動きをすることで会社の“本気度“をまず示すのです。
問題解決の手順は次の方法が考えられます。
ステップ(1) 対象者にアンケート等で現状把握をする ↓ ステップ(2) 対象者と上司が面談してさらに情報収集をする ↓ ステップ(3) 情報収集後、問題点の洗い出しをする ↓ ステップ(4) 対策を立案する ↓ ステップ(5) 対策を実行する ↓ ステップ(6) 実施後の経過を定期的に確認する |
この取組みはある時期に集中して行なうのが効果的です。4月など、年度の始期は取組みをするのによい時期といえます。
ステップ(3)の問題点の洗い出しでは、社員が持ち帰り残業をせざるを得ない事情が山ほど出てくるものです。
そこで大切な点は、持ち帰り残業をせざるを得ない事情に振り回されることなく、「どうしたら持ち帰り残業をしなくなるか?」というテーマにフォーカスし、改善点を検討することです。そうすればよい対策案が出てきます。
それでも完全に持ち帰り残業を撲滅することはむずかしいものです。精神論ではなく、万が一の情報漏洩を予防するために、少なくとも次のような具体的な方策を打ち出したほうがよいでしょう。
- 個人所有のパソコンを使った業務の禁止(PCの持ち込みも禁止)
- 業務の情報を扱う場合に、印刷物で持ち出すことや、情報を保護できないメディアにコピーすることの禁止
- 業務用のパソコンを、自宅のインターネットや公衆無線LANに接続することの禁止
- 業務の情報を自宅にメールで送り、印刷したり他のメディアにコピーすることの禁止
やむなく持ち帰り残業を命じる場合について
様々なリスクがある持ち帰り残業は極力回避すべきとはいえ、繁忙期には持ち帰り残業を認めざるを得ない状況になるときもあるでしょう。
会社が社員に持ち帰り残業を命じる場合に押さえておきたい留意点は以下のとおりです。
本人の同意を得る
持ち帰り残業分を労働時間として取り扱うことを条件に、本人の同意を得なければなりません。
実際に持ち帰り残業をさせる場合は事前申請方式とし、それに見合った賃金を払うようにするとよいでしょう。
強制することはできない
本人が同意しない場合、会社は持ち帰り残業を強制することはできません。
テレワーク(在宅勤務)などの勤務形態の場合は別として、使用者の指揮監督が及ばない私生活の場(自宅など)でも労働を提供する契約を交わしていない場合、社員は持ち帰り残業に応じる義務はないからです。
拒否されても業務命令違反にはならない
会社が持ち帰り残業を命じたのに社員が拒否したとしても業務命令違反とはなりません。
また、持ち帰り残業を拒否したことを理由に会社が懲戒処分をすることもできません。
情報漏洩の対策をとる
業務の都合上、内部資料等の情報を持ち出さなければならない場合は、社外で業務を行なうことを前提としたルールづくりが必要となります。
インターネットを経由した情報漏洩だけでなく、
- 持ち運びをしている最中の盗難(置き引きや車上荒らし等)のリスク
- 置き忘れのリスク
なども考えなければなりません。具体策としては、
- 生体認証など情報の保護機能を備えたノートPCを利用する
- 内部のファイルを暗号化する
といったことを検討するようにしましょう。
月刊「企業実務」 2012年4月号
中川清徳(社会保険労務士)