取締役等の会社に対する責任の軽減・免除のあらまし
地位と報酬にふさわしく会社の取締役等は、経営責任を厳格に追及すると、消極的な意思決定しか行なわなくなる恐れがあります。そのため会社法では、その責任を軽減できる制度が設けられています。
ここではその制度の概要を紹介します。
目次
行動の原因に着目する
取締役は、株主総会決議による選任を経て、会社との間で委任契約を結び、会社の経営を任されます。
会社と取締役とはこのような関係にあるため、受任者である取締役は、会社経営にあたって、委任者である会社に対して善管注意義務を負います。
ここでいう善管注意義務とは、善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務のことをいいます。
つまり、取締役は、会社のために法令を遵守して、会社(株主)の利益を最大化できるようにし、不用意な損害を与えないように配慮して職務を執行しなければなりません。
もしも取締役としての職務を怠って(任務懈怠)会社に損害が生じた場合には、その取締役は会社に対して損害を賠償する義務を負うことになります。
そして、会社の株主も、このような取締役の責任(損害賠償義務)を、株主代表訴訟によって(会社に代わって)追及することが可能です。
損害賠償責任は取締役を退任しても消えない
また、会社の取引規模は一般には個人の経営活動とは比較にならないほど大きいため、万一取締役が任務を怠って会社に損害を生じさせた場合、その損害賠償額は個人では負担できないような金額になることがあります。
他方、取締役に就任している間に生じた任務懈怠による損害賠償責任は、取締役を退任しても消滅しません。
取締役の任務懈怠による損害賠償責任の消滅時効は10年とされていますが、その間は取締役在任時の責任を追及されるおそれがあります。
さらに、その損害賠償債務は、相続の対象にもなります。
たとえば、会社の取締役であった夫を亡くした妻が、ある日突然、会社(株主)から損害賠償を求められることもあるのです。
取締役の責任免除制度の必要性
経営のプロたる取締役の会社に対する責任は重大ですが、会社経営に失敗はつきものです。
会社に生じた損害の責任をあまりに厳しく問おうとすると、経営リスクを極端に恐れる萎縮効果を招き、かえって会社の利益を損なうこともあり得ます。
そのため、取締役の責任を一定程度、軽減できる制度が必要になります。
また昨今、会社のガバナンス強化のため社外取締役の重要性が喧伝されていますが、社外取締役の負う責任の重さは社内の取締役とほとんど変わりません。
社外取締役の職務は主に経営を監視することですが、軽微な過失で違法な経営を見落としてしまった場合、巨額の損害賠償責任を負う危険があるのでは、その人材確保はますます困難となってしまうでしょう。
そこで、政策的に、社外取締役を含む社外役員について、その責任を軽減できる制度を設ける必要があります。
会社法上の取締役の責任免除制度の概要
会社の所有者は株主ですから、全株主の同意があれば、取締役の任務懈怠に基づく損害賠償義務はその全額を免除できます。
逆にいうと、任務懈怠による損害賠償責任を全額免除するには、多数の株主のいる会社では現実的には困難ということになります。
そのため会社法は、株主全員の同意がない場合でも、取締役・監査役が一部免除の必要性について個別に責任をもって判断し、株主総会決議や取締役会決議(定款の定めが必要)を得ることで、任務懈怠による損害賠償責任の一部を免除できる制度を設けています。
また、社外役員については、就任することのリスクを軽減できるよう、一定の要件のもと、事前に責任限定契約を締結できる制度があります(図表1)。
以下、それぞれの制度について解説します。
全株主の同意による全部免除
会社法424条は、役員等(取締役、監査役、会計参与、執行役、会計監査人)の会社に対する任務懈怠責任に基づく損害賠償義務は、全株主の同意がない限り免除できないと定めています。
これは、株主代表訴訟が単独株主(1株[1単元株式]だけ保有している株主)でも可能とされていることとのバランスで、役員の責任の免責は慎重であるべきということから、1人でも株主が反対すれば全部の免責は認めないという趣旨です。
このように、責任全部の免除の要件は厳しく、特に多数の株主がいる会社では現実的でないため、後述の一部免除に関する各規定が重要になります。
なお、全株主の同意による免除は、後述する一部免除の規定と異なり、その取締役の任務懈怠が、故意または重過失による場合でも免責可能です。
ただし、この規定による免責は、あくまで取締役の会社に対する任務懈怠に基づく損害賠償責任が対象であり、取締役の会社以外の第三者に対する損害賠償責任は免責されないと解釈されていますので注意してください。
株主総会決議による一部免除
会社法425条は、役員等が職務について善意かつ無重過失の場合に限り、株主総会の特別決議をもって、会社に対する任務懈怠責任に基づく損害賠償義務の一部を免除できるとしています。
免除可能な金額(免除可能限度額)は、その損害賠償額から最低責任限度額を控除した金額です。
最低責任限度額は、原則として、代表取締役で報酬金額の6年分相当額、代表取締役以外の取締役(社外取締役を除く)で報酬金額の4年分相当額、社外取締役、監査役、会計参与、会計監査人で報酬金額の2年分相当額です。
たとえば、1億円の損害賠償責任があるとされた代表取締役の場合、その報酬金額が年額1,000万円であったとすると、最低責任限度額が6,000万円となるので、免除可能限度額は4,000万円となります。
そして、株主総会で(4,000万円以内の金額で)責任を免除する旨の特別決議を得ることができれば、決議された金額が免除できます。結局、最低責任限度額までは損害賠償義務を負うことになります。
この一部免除のための株主総会決議に関しては、(1)責任原因となった事実および賠償責任額、(2)免除可能限度額およびその根拠、(3)責任免除の理由および免除額、などをそれぞれ開示しなければなりません。
また、監査役設置会社では、同議案の提出について、各監査役の同意も得なければなりません。
本条も含む一部免除制度のポイントは、本条の株主総会決議による責任の一部免除の対象となるのが、善意かつ無重過失の場合、すなわち、軽過失による任務懈怠の場合に限られるということです(なお、利益相反取引による責任やその他の法定責任は一部免除の対象外とされていますので注意してください)。
「善意」とは故意でないこと、つまりその職務の任務懈怠について認識がないことをいいます。
また、ここにいう「重過失」については、故意と同一視できるような過失に限られる、という見解もありますが、一般的には、それよりも広く、注意義務違反の程度が重大な過失を指すものと解されています。
この点、たとえば、法令違反による任務懈怠責任などには、重過失が認められやすいといえるでしょう。
また、経営のプロとして期待が高い専門的な取締役ほど、その注意義務の程度が高くなりがちで、結果として重過失が認められやすくなるといえます。
定款の定めに基づく取締役会決議による一部免除
会社法426条は、取締役が2名以上いる監査役設置会社において、役員等が職務について善意かつ無重過失の場合に限り、責任の原因となった事実の内容、役員等の職務の執行状況その他の事情を勘案して特に必要と認めるときは、取締役会の決議をもって、役員等の会社に対する任務懈怠責任に基づく損害賠償義務の一部を免除できる旨を定款で定めることができると規定しています(この定款の定めは登記事項とされています)。
免除可能な金額(免除可能限度額)は、会社法425条の場合と同様、その損害賠償額から最低責任限度額を控除した金額です。
この会社法426条の規定を導入するための定款一部変更の議案を株主総会に提出するには、各監査役の同意が必要とされています。
また、この定款の定めに基づいて取締役会に責任免除のための議案を提出する場合も、各監査役の同意が必要です。
なお、免除対象となる取締役は、特別利害関係取締役に当たるので、その取締役会での審議・議決に参加できません。
またこの定款の定めに基づいて取締役会が責任の一部免除の決議を行なった場合、その責任原因等について公告または通知を行なう必要があり、1か月以上の一定期間内に100分の3以上の議決権を有する株主が異議を述べた場合、責任免除の効力は無効となるとされています。
前述のように、株主代表訴訟は単独株主でも可能です。そのため、本条や会社法425条の決議による責任の一部免除が行なわれる場面としては、たとえば、少数株主による株主代表訴訟が提起された場合、多数派株主がその役員を支持して事後的にその責任を一部免除する決議を行なう場面などが想定されます。
責任限定契約による一部免除
前述のように、昨今は会社のガバナンス強化のため社外取締役の設置の重要性が再注目されていますが、現実には社外取締役の確保は容易ではありません。
社外取締役が会社に対して負う責任は重大ですが、軽微な過失による場合でも巨額の損害賠償責任を負う危険があるというのでは、ますますその引き受け手がいなくなってしまいます。
そこで会社法では、社外取締役を含む社外役員については、就任に当たり事前にその責任を軽減できる責任限定契約制度が設けられています。
会社法427条は、社外取締役等(社外取締役、会計参与、社外監査役、または会計監査人)の任務懈怠による会社に対する損害賠償責任について、社外取締役等が職務について善意かつ無重過失の場合に限り、
- 定款で定めた額の範囲内で、
- あらかじめ契約で会社が定めた額と、
- 最低責任限度額(原則として報酬の2年分相当額)とのいずれか高い金額を限度とする旨の責任限定契約を社外取締役等と結ぶことができる旨を定款で定めることができるとしています(この定款の定めは登記事項とされています)。
この定款の定めに基づき、会社は社外取締役等と事前に責任限定契約を締結することができ、締結した場合にはその責任が軽減されます。
もっとも、責任限定契約を行なった社外取締役等の損害賠償責任は、前記(3)の最低責任限度額を下回ることはできず、これと前記(2)の会社と社外取締役等との契約上定められた金額とを比較して高い金額までは責任を負わなければなりません。
たとえば、定款で300万円の範囲内と定められた場合、少なくともこの金額までは損害賠償責任を負わなければなりません。
そして、報酬が年間300万円の社外取締役の場合、原則として最低責任限度額は600万円となりますから、仮に責任限定契約でその責任額を500万円とするとその損害賠償責任額は600万円となり、責任限定契約で責任額を1,000万円とすると、1,000万円が責任額になります。
また、社外取締役と責任限定契約を締結できる旨の規定を導入するための定款一部変更の議案を株主総会に提出するには、各監査役の同意が必要とされています。
なお、責任限定契約を締結した会社が、その契約相手方である社外取締役等の任務懈怠によって損害を受けることを知ったときは、その後最初に招集される株主総会において、
- 責任原因事実および賠償責任額
- 免除可能限度額およびその算定根拠
- 責任限定契約の内容および契約締結理由
- 責任免除額
上記をそれぞれ開示しなければなりません。
本条の対象となる社外取締役は、会社法2条で定義される、過去1度もその会社やその子会社の業務執行取締役、従業員になったことがない者をいい、社外監査役は、過去1度もその会社やその子会社の取締役、会計参与、従業員になったことがない者をいいます。
要件がかなり厳しいので、注意が必要です。
もしも、責任限定契約を締結している社外取締役や社外監査役が、子会社の業務執行取締役を兼任する等、途中でその要件を欠くに至った場合、その責任限定契約の効力は将来に向かって失われてしまいます。
したがって、その効力が失われた日より前の時点の任務懈怠による損害賠償義務は軽減の対象となりますが、それ以降のものは対象外になります。
図表2は、社外取締役の責任限定契約書の例です。
中小企業の取締役の責任免除について
中小企業の場合、株主が1人、あるいは同族で数名というケースも多く、責任免除については縁のない話と思うかも知れません。
しかし、株主構成にもよりますが、中小企業でも、主にオーナーである代表取締役や後継者である取締役を目標にした株主代表訴訟が、会社の支配権争い等の駆引きの手段として用いられる例などがあり、決して無縁ではありません。
他方、中小企業の役員は、上場企業等の大企業のように会社役員賠償責任保険に加入する例は多くはありません。
このような事情から、代表訴訟のリスクへの備えのひとつとして、取締役会決議による責任一部免除の制度の導入も受け入れられつつあります。
また、中小企業でも社外役員を登用する例が増えてきており、責任限定契約の導入も広くみられるようになりました。
いずれも定款の整備等の事前の準備が必要ですので、会社のニーズや株主の状況等を考慮しつつ検討するとよいでしょう。
月刊「企業実務」 2014年2月号
鄭一志(弁護士)