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成果の出る目標管理(MBO)制度運用のポイント

適切な評価と生産性向上に活かす

成果を上げるためのポイント

企業は何を目標にすべきか

どの企業でも売上高と利益の目標は立てます。
しかし逆に、それ以外の目標を立てている企業は少数派です。
これではスポーツの試合で、監督が選手にたんに「勝て」とか「点を取れ」とかいうことしか指示していないのと大差ありません。

ロバート・S・キャプランとデビッド・P・ノートンは、高い業績を上げつづけている企業がどのような目標を持っているかを調べた結果、バランスがとれていて、数値化された目標を立てていると結論づけました。
このような考え方を「バランスト・スコアカード」といいます。

バランスト・スコアカードはまず、「財務と非財務のバランス」を説きます。

  • 財務諸表に表れる数値に関する目標である「財務の視点」の目標
  • どういう顧客をどれだけ獲得するかに関する目標である「顧客の視点」の目標
  • 社内での、業務改善に関する目標である「社内ビジネスプロセスの視点」の目標
  • 社員の能力開発と職場満足に関する目標である「学習と成長の視点」の目標

以上4つです。これらについては表3に例示しておきます。

表3:4つの視点の目標例

視点 目標例
財務の視点 投資利益率、付加価値、売上高、売上構成、原価低減
顧客の視点 マーケットシェア、顧客獲得率、顧客定着率、顧客の利便性、顧客満足度
社内ビジネスプロセスの視点 新製品投入件数、新製品売上高比率、製品開発期間、損益分岐点時間
学習と成長の視点 従業員満足度、従業員定着率、労働生産性

また、バランスト・スコアカード論は数値化されていないことは管理できないので、目標は極力数値化することを求めています。

バランスト・スコアカードが示唆する二番目のバランスは「長期と短期のバランス」です。
1年以内で完結する短期の目標だけでなく、複数年かけて追求する長期の目標も設定するということです。
複数年かけて追求する目標は、その評価対象期間中にどこまで完成させるかを、その評価対象期間の目標として設定します。

三番目のバランスは「過去と未来のバランス」です。
毎年同じ目標ばかり設定せず、新しい目標も設定するということです。毎年最低ひとつは、既存の目標と新しい目標を入れ替えます。

なお、財務と非財務のバランスにせよ、長期と短期のバランスにせよ、過去と未来のバランスにせよ、全社目標レベルでの話です。
部門目標や個人目標まで、上記すべてのバランスを網羅していなければならないというわけではありません。

目標のチェックポイント

全社目標であれ、部門目標であれ、個人目標であれ、共通するチェックポイントがあります。
それは次の8点です。目標管理の推進者の主要な役割は次の諸点をチェックすることにあります。

  1. 目標は明確であるか
    「何を」「いつまでに」「どれだけ」やるのかが明確か。「・・・を適切に行う」や「・・・に全力を尽くす」は不可。
  2. 目標は数値化されているか
    「増やす」や「減らす」は不可。「○○円にする」「○○%にする」という明確な数値を示します。どうしても数値化できない目標は、達成したか達成しなかったかが検証できるような形で設定します。
  3. 目標は困難かつ可能であるか
    やさしすぎる目標は立てる意味がありません。反対に難しすぎても、社員が未達慣れしてしまいます。「もうこれ以上やったら体を壊す」という限界の95%か、あるいは達成できるかできないかが五分五分というところをイメージして立てます。
  4. 目標の連鎖が成り立っているか
    目標管理の重要な要件のひとつに「目標の連鎖」ということがあります。これは、全社目標にあることは必ずどこかの部門が部門目標に含み、部門目標にあることは必ずその部門の誰かが個人目標に含むということです。

    たとえば「全社売上高100億円」という目標があり、東京、大宮、横浜という3営業所があるとしたら、3営業所の売上目標の合計値は100億円以上になっていなければなりません。そして東京営業所の売上目標が40億円であるとしたら、東京営業所の、各営業パーソンの個人売上目標の合計値は40億円以上になっていなければなりません。

    あるいは、全社目標に「新賃金制度を構築する」ということがあったとしたら、人事部はやはり「新賃金制度を構築する」ということを部門目標に含んでいなければなりません。そして人事部内の誰かが個人目標に「新賃金制度を構築する」ということを含んでいなければなりません。
  5. 目標の達成期限が示されているか
    いつまでにその目標を達成するのかを明らかにします。売上高や新規顧客獲得の目標なら、達成期限は評価対象期間の末日が期限であることが自明ですから、特に示す必要はありません。

    しかし「新賃金制度を構築する」というような、特定の課題を達成する目標ならば、必ずしも評価対象期間の末日が期限にはなりません。すべての目標の達成期限を評価対象期間の末日に設定することも可能ですが、そうすると締切日が集中することになり、かえって困難になります。

    したがって、達成期限は分散した方が有利です。
    期限を設定した場合、それに遅れたときは達成率を減点します。
  6. 目標の責任の所在は明確か
    その目標を達成するのは誰の責任なのかを明確にします。それがAさんにあるとしたら、達成できなくても上司の責任ではありません。だからこそ、達成への方法はAさんに任せます。
  7. 目標は組織の価値観に合っているか
    企業には固有の価値観があります。それは経営理念や経営方針として明文化されたものにかぎらず、「心に壁を作らない」や「常に新しいことをやる」といった不文律のようなものもあります。これらと一致した目標を立てます。
    「コンフォートゾーンにとどまらない」という価値観を持っている企業が、現状に甘んじるような目標を持つべきではありません。
  8. 行動計画が立てられるか
    「宝くじで当てる」という目標を立てる人はいません。そのためにできることがないからです。こういうことは目標にしません。

労働生産性を56%上げる方法

目標管理の最大のKFS(Key Factor for Success 重要成功要因)は社長の関与度です。
前述のとおり、目標管理を行った場合、生産性は平均で45%上がっています。このうち社長の関与度が強いケースでは56%上がっており、社長の関与度が弱いケースでは6%しか上がっていません。
じつに10倍近い開きがあります。

目標管理は全社目標が決まらなければ始まりません。
そして全社目標を立てられるのは社長だけです。また部門目標や個人目標を提出させるためには、ある程度の職権を発動させなければなりません。
社長が指示していない命令など誰も従おうとしないのです。

話し合って目標を設定する

目標管理の定義のひとつに、上司と部下が話し合って目標を設定するということがあります。
これは社員が自由に目標を設定するという意味ではありません。
そのようなことは非現実的であり、会社は賃金を払っていけません。

話し合って目標を設定するということは、どうしてその目標が必要なのかということを話し合うということです。
通常、目標を設定する最大の理由は社員の賃金を上げることです。このことを理解してもらいます。

目標の達成率を2.2倍にする方法

人間が目標を達成する過程について研究している、心理学者ハイディ・グラントは「目標達成のためのアドバイスをひとつだけ選べと言われたら、私は『いい計画を作ること』だと答えます」と言っています(『やってのける』2013年、大和書房)。

グラントは、計画はシンプルな、「いつ」と「どこで」と「何を」するかを示すだけでじゅうぶんだと言います。
たとえば「月・水・金の12時から3時まで、事務所で、WEBマガジンの原稿を書く」というようなものです。

学生にレポートの宿題を課した実験では、学生を2組に分け、一方のグループにはそのレポートをいつ、どこで作成するかを紙に書いて提出させました。もう一方のグループには特にそのような指示をしませんでした。
その結果、計画を書いたグループはそうでないグループに比べて、提出率が2.2倍高かったということです。
グラントは、計画を繰り返し音読して、脳に覚えこませることを推奨しています。

「守りの仕事」の目標は

目標管理の問題点のひとつに「守りの仕事」、つまり成果がはっきりしない仕事や、自分の裁量で進められないような仕事には使いにくいということがあります。
典型的なのが事務の仕事です。

こういう仕事は特別な課題、たとえば「新賃金制度を作る」など、その評価期間特有の課題がある場合は、それを期限までに完成させることを目標にします。

特別な課題がなくルーティンワークだけがある場合は、それらすべてをノーミス、ノー残業で期限までに遂行することを目標にします。

事務の仕事は大きく「人事労務」「点検」「届出・申請」「その他」に分かれます。
人事労務には給与計算、社会保険の資格取得手続きなどがあります。点検には消防機器やレジオネラ菌予防についてなどがあります。届出・申請には36協定やみなし労働時間に関する労使協定など、その他として消防訓練や各種税金の納付などがあります。
これらすべてを、ノーミス、ノー残業で期限までに行うことを目標にします。

それでも目標を設定しえない仕事については、目標管理をあきらめて他の評価方法を使う以外にありません。社内のすべての人を同じ制度で評価しなければならないという理由はありません。

上司は部下を支援する

目標管理の定義のひとつに、上司は部下を放任するのではなく支援するということがありました。

支援には三種類があります。

第一はやりがいが持てるよう支援するということです。
やりがいを持たせるためには、やる気を刺激することよりも、やる気を阻害する行為をやめることの方が簡単で効果があります。
たとえば相談せずにものごとを進めるとか、アイデアを無視するとか、なぜその仕事をやらせるのかを説明しないなどの行為をやめます。

第二は仕事がうまく進むよう支援するということです。
仕事のやり方を本人に任せるとか、必要な機械器具や予算を与えるとか、相談に乗る、協力するなどのことが含まれます。

第三は気持ちよく働けるよう支援するということです。
人格を尊重する、病気や家族の問題などに直面しているときには理解を示す、友好的な人間関係を築くなどのことが含まれます。

目標管理を導入したからといって、上司は暇になりません。

長考より行動を

スタンフォード・ビジネススクールのロバート・サットン教授は「イノベーションを求めるならば、来る日も来る日もこれから何をするか話し合い、計画を立てるばかりで何も実行しない人を解雇すべきである」と述べています(『なぜ、この人は次々と「いいアイデア」が出せるのか』2002年、三笠書房)。

どの目標なら成功し、どの目標なら失敗するかを事前に知ることはできません。
長考より、まずは行動です。やってみて、良かった目標は続け、悪い目標は取り下げる。
このプロセスを繰り返さないかぎり、目標管理で成功はおぼつきません。

神田靖美 氏(賃金コンサルタント)

人事制度のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。(株)ナショナル証券経済研究所等を経て、2010年リザルト株式会社設立。主に中小企業向けに、賃金・評価制度の導入をサポートしている。日本実業出版社『企業実務』に賞与相場、賃上げ相場の予測記事を20年にわたり執筆。著書に『成果主義賃金を正しく導入する本』(2003年、あさ出版)など。日本賃金学会会員。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

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