“会社が望まないサービス残業”にはこう対処する
放ってはおけない悪習会社が強いているわけでもないのに、自らの判断で時間外労働を申告せずに働く従業員がいます。そうした〝サービス残業〞は看過できない問題です。
多くの会社では、遅くまで会社に残っていたり、休日出勤をしているのに、労働時間として申告をしない(残業代を請求しない)従業員がいるようです。
その理由は様々ですが、このような状態を放置するのは本人にとっても会社にとってもよいことではありません。
労働時間を申告しない理由として、
「職場に残業を申告しづらい雰囲気がある」
「家に帰るよりも会社にいることを好む」
「従業員に残業という感覚がない」
「仕事が好きで勝手に仕事をしている」
等の場合もあり、単純に業務量が多く時間が足りないために仕方なく残業をしているわけではないことも多くあります。
本来であれば残業をしなくてよい状態であるのに、従業員が勝手に残業をするという状態は、たとえ残業代の請求がなくとも会社としてはトラブルの種を抱えることになります。
明確な命令をしていないのに残って仕事をしている従業員の残業代についても、会社が黙認していたと判断されれば、その時間について残業代支払いの義務が発生することになります。
また、長時間労働は業務効率の低下を招き、それによりまた労働時間が長くなり……と負のループとなってしまっている場合があります。
こうしたリスクに気づいている会社は、サービス残業はそもそも会社も望まないものであると実感されていると思います。
会社全体の問題か特定の従業員の問題か
そもそも長時間残業が発生する要因は、大きく分けると次の3つのパターンに分類できます。
(1)個人の問題
(2)会社(上司・先輩)の問題
(3)業務量の問題
(1)については、だらだらと仕事をして収入を増やそうとする場合と、必要以上の仕事のクオリティを求めてしまうあまりに長時間労働をする場合があります。
前者のひどい場合には、「2時間残業をしてその日の飲み代を稼ぐ」などという話もあります。
後者は職人気質の従業員に多くみられるパターンで、仕事のクオリティを上げようという気持ちは素晴らしいのですが、仕事ということを超えて必要のない高品質、いわば趣味の範囲までがんばってしまうケースです。
(2)については、上司・先輩がいつまでも会社に残っていたりする場合です。上司や先輩を置いて先に帰ることに気が引ける人もいます。また、残業が前提になっている勤務体系が原因となっていることも少なくありません。
(3)については、一時的な繁忙は仕方のないことではあるものの、残業が恒常的なものであれば、その業務を分析して〝見える化〞し、担当者がだらだらと仕事をしているのか、本当に必要な仕事で業務量が多いのかを見極める必要があります。
サービス残業のリスクは大きい
残業代未払いのリスクはとても大きいものです。従業員の1人が残業代未払いを問題と考えて訴えを起こすと、それが全社的に発展することもあります。
金銭的な面でいえば、賃金債権の時効は2年ですので、サービス残業があった場合、全従業員の2年分の残業代という大きな金額がキャッシュアウトする可能性があるのです。
たとえば、給与30万円の従業員の時給は1,700〜2,000円程度です。
計算を簡略化するため、単純に時給を2,000円とすると、残業時の時給は2,500円(2,000円×1.25)となります。仮に1日に2時間、月22日の〝サービス残業〞を行なっていたら、それに見合う残業代は月に11万円となり、2年間では264万円に達します。
残業代請求問題が裁判となり、会社の対応が悪質と判断された場合、付加金という制度(労働基準法114条)があり、最大100%が追徴されます(つまり倍額の支払いとなります)。よって、2年間で最大1人当り528万円を支払う義務が生じる、というわけです。
こうした従業員が10人いれば、5,000万円を超える額となり、体力のない会社では経営が困難になることも十分に考えられます。1日2時間のサービス残業が発覚すれば、その代償はこれだけの金額に達するのです。
また、会社が望もうと望むまいと、長時間労働は従業員の健康を損なうというリスクにつながります。
厚生労働省は通達で、長時間労働による健康障害について、時間外・休日労働が月45時間を超えて長くなればなるほど健康障害のリスクは高まり、月100時間を超えた場合、または2か月〜6か月の平均が月80時間を超えた場合に、長時間労働が健康に影響を及ぼすという基準を示しています(「過重労働による健康障害防止のための総合対策」平成18年3月17日基発第0317008号)。
また、最近では精神障害(主にうつ病)も、長時間労働を原因として発症したものとして、労災認定されることが多くなりました。
身体的、精神的を問わず、長時間労働による従業員の健康障害が発生したときは、会社の責任が問われます。
特に従業員が死亡した場合や、寝たきりになった場合には金銭的に大きな賠償責任が発生します。最近の例では、長時間勤務が原因で低酸素脳症を発症し意識不明の重体になったレストラン支配人への損害賠償として、1億9,500万円の支払命令が出た後、和解で2億4,000万円という金額となったケースがあります。
また、仮に本人が好きで長い時間仕事をしていたとしても、本人に何かがあった場合にはその家族が会社に対して責任を追及することは当然に起こります。
対策の第一歩は実態を把握すること
会社としてサービス残業に対処するためには、まず実態の把握が必要になります。
サービス残業の原因が管理職にある場合もありますので、経営者がサービス残業をなくすという強い決意が重要となります。
実態の把握の具体的な方法として、従業員全員に、実際の始業・終業の時刻にタイムカードを打刻するよう指示を徹底することが挙げられます。
タイムカードがなければ、出勤簿への記録を徹底させます。この場合も、本当の始業・終業の時刻を記入させます。打刻(記入)された時刻を上司が定期的に確認することも必要です。
もちろん、終業打刻後に居残り残業をしている従業員には注意をして正しい時刻を打刻し直させ、業務でもないのに残っている従業員には退出させます。
次に、このデータから残業が、どの部門で多いのか、部門全体で多いのか、特定の人だけが多いのかなどの傾向を分析します。
長時間労働があきらかに、ある部門に偏っている場合は、その部門の管理職に勤務実態についてのヒアリングをする必要もあるでしょう。
もちろん、この時点で「サービス残業」が発覚した場合には、その部分の残業代の支払いをきちんと行ないます。
実態を把握しようとする際には、正確な情報を得るために、現状を批判しないことが重要です。あくまでも〝いまの状態〞を知ることが目的と考えることを徹底しましょう。
指導・改善の進め方
現状を把握した後は、問題がどこにあるのかを突き止め、施策を検討し、それを実行することになります。
問題を突き止める方法として、まずは、残業が多い部門、特に打刻を徹底してから残業が増えた部門(サービス残業が多かった部門)の管理職と従業員にヒアリングをすることが考えられます。
正直に答えにくい雰囲気があるようなら、無記名のアンケートをとる、という方法もあります。この場合は、総務部などが書類を管理して、従業員が本当の理由を書きやすいようにする工夫が必要です。
残業が多い原因だけを問うアンケートは、あまり前向きではありません。そこで、どうすれば残業が減るのか、解決策や提案なども一緒に記入してもらうとよいでしょう。
問題が、社風(上司が実績にかかわらず遅くまで残っている人を評価する傾向がある、上司の残業時間が長く部下が帰りにくいなど)にある場合は、まず、管理職、そして会社全体の意識改革の必要があります。
評価基準を残業時間の長短に置かないよう、管理職に意識改革を求めることはもちろんですが、
・一定の時間になったら職場の電気を一旦、一斉に消したり、音楽を流す
・必要もないのに遅くまで残っていないか、経営者や管理職が見回りをする
等、プレッシャーや強制力のある方法を粘り強く実施して、所定の時間になったら帰ることが当たり前という雰囲気をつくることが重要です。
業務量が多い場合は、業務を見える化し、見直しをする必要があります。その方法として、従業員それぞれが現在担当している業務と所要時間を記載させ、
・本当はなくてもよい業務はないか
・もっと効率的にできる業務はないか
・無駄に長時間になっている会議はないか
などを確認します。
それでも多すぎるなら、もともとの業務分担を見直す必要があるでしょう。
また、一部業務の外注、派遣社員・アルバイトも含めた新たな人材の活用等も検討するとよいでしょう。もし季節要因などによる業務の繁閑の差が大きいようなら、変形労働時間制の導入も検討してみてください。
対応がむずかしいのが、仕事や会社が好きだから、自分のペースで仕事をしたい、成果思考など、個人の考え方に原因がある場合です。単純に「残業をするな」というのではモチベーション低下の原因にもなりかねず、伝え方がむずかしいところです。
この場合、会社と個人の考え方のすり合わせをするために、命令・指導にはしない形で上司からコミュニケーションを取ってみるとよいでしょう。それで目標や方向性が合わせられるようなら、今後も前向きに仕事をしてくれるはずです。
この層には優秀な従業員が多いと思いますので、残業時間削減対策チームに入ってもらうのも1つの方法です。会社側の視点が見えてくれば、今後よいリーダーになる可能性があります。
また、しばらくは「そろそろ時間だね」等の声がけをして、時間に対する意識づけをするとよいでしょう。
従業員への説明の際に、費用や健康上の理由のほか、無許可の残業によって会社が困る理由として、たとえば、遅い時間や休日に1人で仕事をしているような場合は、防犯・警備や内部統制上の問題があることなどを挙げることもできます。「節電のため」も、いまのタイミングで主張しやすい理由だと思われます。
月刊「企業実務」 2011年7月号
山本喜一(社会保険労務士法人日本人事 代表社員 社会保険労務士