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賃貸物件の入居・退去にまつわる実務質問Q&A

オフィス、借上社宅など
 

オフィスや借上社宅の入居・退去時には、賃貸借契約に関する知識が不足していたり、不動産業界特有の慣行に不慣れなためにトラブルに遭遇することも多いもの。
ありがちなトラブルの予防策や解決法を探ります。

数ある契約形態のなかでも、不動産賃貸借契約は最も馴染みのある形態の1つかもしれません。
本稿では、不動産への入居時と退去時にスポットを当て、その問題点などについて法律的視点から解説します。

【Q】入居・退去時によくあるトラブルとは何ですか。

【A】不動産賃貸借契約の最初の段階である入居、契約の最後の段階である退去の時点は、様々なトラブルが発生しやすいポイントです。

入居時のトラブルとしては、借主が支払った手付金が返還されないケースや、約定したタイミングに入居ができないケース(前の借主が退去しない場合や新築・リフォームが遅れている場合など)があります。

一方、退去時のトラブルとして最も多いのが、敷金(保証金)が返還されないケースです。

さらに、借主が借入物件をどこまで原状回復すべきか、借主が設置した造作物を貸主に買い取るよう請求できるか、借主が貸主に代わって修繕等を行なった場合の費用の請求ができるか、などのトラブルもよく起きています。

契約する・しないは当事者同士の自由とはいえ、双方の力関係では借主のほうがどうしても弱くなりがちです。そのため法律上も、様々な形で借主の保護が図られています。

入居時に起きやすいトラブルとは

【Q】気に入った物件が見つかり仮予約をお願いしたところ、仲介業者に「手付金を入れてほしい」といわれました。契約締結に至らない場合は、この手付金は返ってきますか。

【A】賃貸借契約の申込みの際に、手付金、予約金など名目を問わず、契約意思をはっきりさせるために、一定の金員の支払いを求められることがあります。

「手付金」という言葉がよく使われる例として、売買契約を考えてみます。

売買契約の場合、手付金は契約成立の際に買主から売主に対して授受されます。その後、この契約を無効としたい場合は、買主は手付金を放棄することにより、また売主は手付金の2倍を返却することにより、契約を解除できます。

手付金という言葉のもつこのようなイメージから、手付金を預けた借主から契約を締結しない旨の意思が示された際に、手付金をそのまま没収してしまう貸主が少なくありません。

しかし、名目いかんを問わず、賃貸借契約が成立する前に支払った金員は「預り金」になりますので、借主は返還請求が可能です。賃貸借契約は、仲介業者がいる場合には、重要事項の説明等を経て、契約書を書面で取り交わしてはじめて成立します。

逆にこれらの行為がない以上、まだ契約は成立していないと主張できます。
したがって、物件の仮予約のみで契約の締結に至らなかった場合は、相手方に対して手付金の返還を請求できます。

【Q】気に入った物件が見つかり、賃貸借契約を締結しましたが、前のテナントが退去しないので入居を遅らせてほしいといわれました。従わなければならないのでしょうか。

【A】貸主の多くは、テナントとの賃貸借契約が終了することがわかると、すぐに新テナントの募集を始めます。これは、空室期間、すなわち家賃が発生しない期間をできる限り短くしたいという貸主側の思惑からです。

しかし、時間的に余裕のない新賃貸借契約を締結したことにより、結果的に、新旧テナントの入居期間が重なってしまった場合は、貸主の契約不履行となります。

賃貸借契約書には、いつから入居が可能か、明確に記載があるはずです。

決められた期日に入居ができない場合には、貸主の「使用・収益させる債務」の不履行となりますので、場合によっては賃貸借契約の解除ができますし、また同時にこの不履行により借主が被った損害の賠償請求もできます。

質問内容は、旧テナントが立ち退かないケースでしたが、請負業者の工事遅延により新築物件の完成が遅れて約定期日までに入居できなかったケースや、物件リフォームが遅延し、約定期日までに入居ができなかったケースも、同様に貸主の責任となります。

入居後に起きやすいトラブルとは

【Q】借主ですが、自社で賃貸物件の天井に埋込型のエアコンを設置しました。貸主に買い取ってもらうことはできますか。

【A】法律上、建物に付加した畳、建具、その他のものを「造作」といいます。取り外しができるが、取り外すことにより著しく価値が下落するもの、といわれています(図表1)。

■図表1 造作、必要費、有益費の例
〈造作〉
・畳、建具、網戸、雨戸
・埋め込むタイプのエアコンの設置
〈必要費〉
・窓枠の修理、雨漏りの修理
・備付給湯器の修理
〈有益費〉
・壁紙を貼り替えた費用
・トイレを水洗式に取り換えた費用

たとえばエアコンは、壁に穴をあけて取り付けるタイプでしたら取り外しても「著しく価値が下落」はしませんが、天井に埋め込むタイプは配管・取付費用が高いため、それを取り外すことにより「著しく価値が下落」するので造作に該当します。

造作は、貸主の許可を得て取り付けた場合には、賃貸借契約が終了する際、そのときの時価で買い取るよう貸主に対して請求ができます。これを造作買取請求権といいます。

もっとも現在、ほとんどの賃貸借契約書の書式では、借主が造作買取請求権をあらかじめ放棄する旨の条項が盛り込まれています。

エアコンの買取りが可能かどうかについては、賃貸借契約書のなかの造作買取請求権の条項をチェックしてください。

ちなみに、造作と類似した費用として必要費、有益費があります。

必要費とは、不動産賃貸借の目的を達するために必要な修繕費用です。窓枠や雨漏りの修理、備付給湯器の修理などです。必要費は貸主の「使用・収益させる債務」から派生していますので、貸主が負担すべき費用です。
そもそも修理すべき箇所が出た際には、貸主が率先してこれを修理すべきなのですが、借主からの要請にもかかわらず貸主がなかなか修理してくれない場合、借主が費用を立て替えて修理し、修理費用(必要費)を貸主に請求するという形をとります。

必要費は支出後すぐ、貸主に対して請求できます。貸主がそれに応じない場合には賃料と相殺することもできますが、念のため内容証明郵便などでその旨を通知する必要があります。

一方の有益費とは、不動産の価値を増加させる費用をいいます。たとえば、壁紙を新しく貼り替えた費用などが含まれます。

有益費は、賃貸借契約が終了した際に、貸主に対して現存価値の請求ができます。現存価値は税務上の減価償却の考え方を応用しますので、有益費を支出する際には、借主が請求できる金額が数年後にはほぼゼロになってしまうことを念頭に置いておく必要があります。

【Q】賃貸借契約書で記載されている基本設計や広さと実物が異なっています。どのように対処したらよいでしょうか。

【A】仲介業者(宅建業者)は賃貸物件を広告に出す際に、物件の所在、規模、形状、利用制限、交通の利便、賃料などについて、「著しく事実に相違する表示をし、又は実際のものよりも著しく優良であり、若しくは有利であると人を誤認させるような表示をしてはならない」とされています。これに違反した場合には、宅建業者には様々なペナルティが課されることになります。

そこでまず、仲介業者に対して誇大広告の疑いがある旨を指摘し、対応を検討させるのも1つの方法でしょう。

また、賃貸借契約の家賃の決め方が、単価に面積を乗じて算出されたはずなのに、その面積が家賃分(計算上の数字)よりも少ない場合は、足りない面積分の賃料の減額を主張することができます。これを、数量を指示してなした賃貸借といいます。

数量を指示してなした賃貸借といえるためには、単に対象物件の面積と賃料が記載されているだけでは足りず、貸主が賃貸借契約において、一定の面積があることを表示し、かつこれを基礎として賃料等が定められたもの(単価に面積を乗じて賃料を算出したもの)であることが必要です。

数量を指示してなした賃貸借の数量不足が判明した場合、借主は貸主に対して、すでに支払ってしまった分の返還請求ができるほか、将来の賃料債務と相殺することも可能です。相殺を行なう際には、念のため内容証明郵便などでその旨を通知します。

さらに、図面で示された仕様と実際とが異なるため契約の目的を達することができない場合には、契約を解除して損害賠償を請求できます。

この場合の損害賠償の対象には、契約締結に際して貸主に対して支払った金額のほか、転居に要した費用や着手した内装工事費用などを含めることができます。

とはいえ借主としても、新しい営業場所の確保が遅れることにより、顧客からの信用を失墜させることにもなりかねません。
賃貸借契約を締結するに際しては、きちんと内見をして、実物が自分の想定しているものと合致しているか否か確認するべきでしょう。

【Q】賃貸借契約期間中ですが、中途解約をすることはできますか。

【A】契約期間を定めている場合、借主は貸主との間でその期間が満了するまで不動産を借り続ける約束を交わしていることになります。

したがって、中途解約をするためには、契約書のなかに中途解約権が留保されていることを確認する必要があります。

中途解約権は、「貸主は6か月前までに、借主は1か月前までに、相手方に対して予告をすることにより、契約を終了させることができる」等の文言で表わされています。借主は、この予告期間さえ守れば解約することができます。

逆に貸主は予告期間を守るだけでは足りず、解約を申し入れるだけの正当な事由が必要です。

どのような場合に正当な事由として認められるかについては、たとえば、これまで借主からの賃料の支払いが滞っていること、建物が老朽化して建替えをする必要があること、正当な事由を補強するために貸主から借主に対して立退料の支払いがあること、などが挙げられます。

賃貸借契約に期間の定めがない場合であっても、貸主から解約を申し入れる場合は、前記同様、6か月前の予告を要するほか正当な事由が必要です。
これらは、貸主と借主との間で賃貸借契約の終了およびその時期について争いがある場合に当てはまります。

貸主と借主が合意して、前記と異なるタイミングで賃貸借契約を終了させることはもちろん可能です。これを合意解約といいます。

退去時に起きやすいトラブルとは

【Q】賃貸借契約を終了させようと思いますが、敷金(保証金)はどのくらい返還されるのでしょうか。

【A】敷金とは、賃貸借契約において、賃料やその他賃貸借契約上の債務を担保する目的で、借主が貸主に対して交付する金銭であり、貸主にとっては預り金になります。

賃料の不払いがあった場合にはこの敷金から充当することができ、その分だけ借主にとっては退去時に返還される敷金が減ることになります。

賃貸借契約において、経年劣化は貸主が負担するものと考えられています。したがって、普通に物件を使用している際に発生する壁や床の汚れを修繕するための費用は家賃の対価と考えられ、家賃をすでに受け取っている貸主は、さらに敷金からクリーニング代等を控除することは許されません。

しかし、経年劣化の修繕やクリーニング費用はすべて借主の原状回復義務の範囲であると主張して、敷金からこれらの費用を控除する貸主も少なくありません。

退去する際に返還された敷金の額があまりにも少ないと感じたときは、内容証明郵便などの方法で返還請求を行なうとよいでしょう。それでも先方が応じない場合には、専門家へ相談してください。

賃貸借契約書には、あらかじめ敷金のうち一定額を返還しない旨の特約が付されていることがあります。これを「敷引特約」といいます。

敷引特約はもともと関西方面で多かったといわれていますが、最近は関東方面でもよくみかけるようになりました。

平成23年3月に下された最高裁判所での判断では、賃貸借契約の敷引特約は、「敷引金の額が高額すぎる場合で、賃料が相場より大幅に低額であるなど特段の事情がない限り、無効と解するのが相当」であるとの基準を示しながらも、当該ケースでは「月額賃料の2倍弱から3.5倍強にとどまっている」等から、無効とはいえないと判断されました。

オフィス等を借りる場合には、賃貸借契約を締結する段階から、敷金の返還についてどのような約定になっているのか確認をしておくことが大切です。

【Q】退去時に多額の原状回復費用を請求されましたが、支払う必要はありますか。

【A】原状回復義務とは、賃貸借契約が終了するまでの間に、不動産に施した様々な変更を元に戻す義務をいいます。

先のQ&Aでも説明したとおり、経年劣化を修復する費用は貸主の側で負担すべきものです。借主が通常の方法で物件を使用し、賃貸借契約が終了する際には、敷金はほぼ満額が返ってくるはずです(図表2)。

しかし、あれこれと理屈をつけて借主に原状回復義務があるかのように主張し、敷金の返還義務を免れようとする貸主が多く存在するのも、先に説明したとおりです。

貸主が主張している内容が、本当に原状回復義務の範囲内なのか、よく吟味する必要があります。

貸主と借主が原状回復について共通認識をもつことこそ、無用なトラブルを防ぐポイントになります。

国土交通省では、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を公表しています。

あくまで一般的な基準としてのガイドラインであり、当事者を法的に拘束するものではありませんが、原状回復についての考え方がわかりやすく解説してあります。

月刊「企業実務」 2013年12月号
梅原ゆかり(弁護士)

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