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復職後の「職務変更」「賃金減額」の適法・違法の分岐点

育児・介護休業、私傷病休職…
 

育児・介護休業や私傷病での休職などから職場復帰した従業員の職務変更や賃金減額について、労使が法廷で争う事例が増えています。
その法的な側面と適法・違法の判断ポイントを解説します。

復職した従業員の基本的な取扱い

育児休業等からの復職

育児・介護休業法では、労働者が育児休業や介護休業(以下、「育児休業等」といいます。)を取得したことを理由として、当該労働者に対し解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと定められています(10条、16条)。
「解雇その他不利益な取扱い」とは、解雇、賃金減額等の明白な不利益措置に限りません。
不利益な配置転換や、昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行なうことなど、多岐の事項が含まれます(図表1参照)。

図表1 育児休業等からの復職後に禁止される不利益な取扱い
(1)解雇すること
(2)期間を定めて雇用される者について、契約の更新をしないこと
(3)あらかじめ契約の更新回数の上限が明示されている場合に、当該回数を引き下げること
(4)退職または正社員をパートタイム労働者等の非正規社員とするような労働契約内容の変更の強要を行なうこと
(5)自宅待機を命ずること
(6)労働者が希望する期間を超えて、その意に反して所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限または所定労働時間の短縮措置等を適用すること
(7)降格させること
(8)減給をし、または賞与等において不利益な算定を行なうこと
(9)昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行なうこと
(10)不利益な配置の変更を行なうこと
(11)就業環境を害すること
※平成16年厚生労働省告示460号「事業主が講ずべき措置に関する指針」より

罰則は特段定められていませんが、この規定に違反する措置は民事上無効であると考えられていますし、労働者に財産的損害や精神的苦痛が生じた場合には損害賠償請求の対象にもなり得ます。

もっとも、本条で禁止されるのは、あくまでも育児休業等の取得自体を理由として取扱いがなされた場合です。
当該労働者の復職後の状況に応じて労働条件の変更を行なうことが直ちに違法となるわけではありません。

そもそも使用者には、労働契約の範囲内において、労働者をどこに配置しどのような業務に従事させるかを決定する権限(人事権)があります。
必要性があれば復職後の労働者に対しても、人事権に基づいて職務変更や配置転換を行なうことが可能です。

仕事給制度や職能給制度など、これらに従い賃金変更を行なうことができる明示的な根拠が就業規則等にある場合には、賃金の減額も有効であるとされています。

ただし、人事権の行使も、それが必要かつ合理的な理由に基づくものでなければ、人事権の濫用となり無効となります。
特に賃金の減額を伴う場合には、裁判所における合理性の判断が厳格になされる傾向があります。

私傷病休職からの復職

私傷病による休職制度を設けている場合、当該復職者について休職したこと自体を理由として不利益な取扱いを行なうことは、やはり私傷病休職制度の趣旨を逸脱するものであり、原則として認められないと考えられています。

厚生労働省が発表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成21年3月改訂)においても、まずは元の職場へ復帰させることを原則としています。

もっとも、医師の診断書によれば直ちに従来の業務を担当することができないと判断されるなど、以前の担当業務より軽易な作業に従事させる必要が生じる場合もあります。
また、うつ病の原因が休職前の職場の環境にあるなど、むしろ配置転換が望ましいと考えられる場合もあるでしょう。
その場合、会社は育児休業等の場合と同様に、人事権に基づき職務変更や配置転換を行なうことができ、明示的な根拠があれば賃金の減額も可能です。

人事権の濫用にならないかに留意することに加えて、私傷病休職の場合には安全配慮義務についても意識する必要があります。
会社は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をすべき義務を負っています(労働契約法5条)。
私傷病休職からの復職時は疾病が完治していないケースも多く、回復状況や担当業務の内容・量・質に応じて労働者の健康状態が悪化しないよう、通常以上に配慮しなければなりません。
少なくとも原職より負担の大きい職務への変更は避けるべきでしょう。

復職後の職務変更について

育児休業等からの復職

育児・介護休業法では、育児休業等を取得したことを理由とする不利益な配置転換を禁止しています。
さらに、厚生労働省の指針では、「育児休業及び介護休業後においては、原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われているものであることに配慮」すべきとされています(平成16年厚生労働省告示460号)。

そこで、復職後、当該労働者を原職以外の職務に従事させる必要性が特段ない場合には原職に復帰させるべきと考えます。

もっとも、原職復帰に関する前記指針はあくまでも努力義務にすぎないため、これに反したからといって直ちに違法となるわけではありません。
したがって、当該労働者との間で勤務場所や職種を限定する合意がなされていない限り、必要かつ合理的範囲において、人事権に基づく職務内容や配置の変更を行なうことが可能です(図表2参照)。

■図表2 復職後の処遇に関する裁判例(1)
【1】慈恵大学附属病院事件(東京地裁昭和54年4月24日判決):育児休業

育児休業を終え復職しようとした看護婦が、原職とは異なる科へ配転された事件。

裁判所は、看護婦等の勤務場所の指定やその後の配置転換については、総婦長が「各病院内における業務上の必要、看護婦等の教育計画、看護婦等の間の公平、育児、母体保護等諸般の事情を考慮して行なう。」とし、従来からの看護婦の産前産後休暇・育児休業等の長期欠勤の場合の慣行に沿う措置であること、病院の社会的使命や総婦長の権限、職責等に照らして客観的な合理性のある慣行であること等を理由に本件配転を有効とした。

実際にも、原職の具体的な業務内容と復職後の当該労働者の育児・介護状況によっては、復職者が休業前と同様の職務を円滑に遂行することがむずかしいと考えられる場合もあるでしょう。

前記指針では、復職後の配置転換の違法性に関し、「配置の変更前後の賃金その他の労働条件、通勤事情、当人の将来に及ぼす影響等諸般の事情について総合的に比較考量の上、判断すべき」としています。

また、配置転換に関する判例では、「業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が……労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき……は、権利の濫用になる」(東亜ペイント事件、最高裁昭和61年7月14日判決)とされています。

そこで、職務変更の有効性は、前記指針の判断要素に照らし、労働者に与える不利益の程度と当該措置の業務上の必要性を総合考量して判断されることになります。

これに関連して、育児・介護休業法26条では、就業場所の変更を伴う配置転換について、「その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」と定められています。

具体的に配慮すべき事項として、前記指針では、

  1. 当該労働者の子の養育または家族の介護の状況を把握すること
  2. 労働者本人の意向を斟酌すること
  3. 配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育または家族の介護の代替手段の有無の確認を行なうこと

等が挙げられています。

配慮不足の場合、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる」措置として無効となるおそれが生じます。
特に、当該労働者が配置転換により遠隔地に転勤となると病気の家族を介護・看護できなくなるといったケースでは、労働者に著しい不利益を与えると判断されている例が多く見られます(ネスレ日本配転事件、大阪高裁平成18年4月14日判決等)。

介護休業後の配置転換においては特に注意が必要でしょう。

私傷病休職からの復職

私傷病休職からの復職時の職務変更についても基本的な考え方は育児休業等の場合と同様で、適正な人事権のなかであれば行なうことが可能です。

もっとも、前述のとおり安全配慮義務の観点が加わるため、私傷病の状況に応じて事前に産業医等の意見を確認するなど、その措置の妥当性を慎重に、十分に検討すべきです。

特にうつ病などの精神疾患による私傷病休職からの復職者については、回復状況を正確に把握することがむずかしく、復職により再発する可能性もあります。
試し出勤により原職に耐えられるかなど状況を見極めたうえの慎重な対応が望ましいでしょう。

復職後相当期間経過後も、疾病の状況によっては人事権の有効性に影響を与えますので、注意が必要です(図表3【2】参照)。

■図表3 復職後の処遇に関する裁判例(2)
【2】鳥取県・米子市事件(鳥取地裁平成16年3月30日判決):私傷病休職

女性教諭が私傷病休職からの復職後1年間本校で補助担任として勤務していたが、うつ病等の症状が再度悪化したため、校長が、職務を軽減するためとして分教室への配転を命じた事件。

裁判所は、配転により職務が軽減されたとはいえず、むしろ勤務環境を大幅に変更し精神的負担を与えるものであるとし、「それにもかかわらず、本件配転に際して何ら医師の意見を聞くなどしないまま配転を命じたものであり、原告の病状に対して十分な配慮を欠いたままなされたものであるといわざるを得ない」として、当該配転を違法と判断した。

【3】東朋学園事件(最高裁平成15年12月4日判決):産前産後休業等

賞与支給要件について就業規則で出勤率90%と定め、出勤率の算定にあたって産前産後休業日数および育児のための勤務短縮時間を欠勤日数に算入するという取扱いについて争われた事件。

裁判所は、従業員の年間総収入額に占める賞与の比重が高いため、賞与が支給されない者の受ける経済的不利益が大きいこと、従業員が産前産後休業を取得しまたは勤務時間短縮措置を受けた場合には、それだけで賞与の支給を受けられなくなる可能性が高いことなどから、本件条項は「労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきである」として、公序良俗に反し一部無効とした。

賃金の減額についての考え方

賃金の減額

賃金は労働者にとって最も重要な労働条件のひとつです。
休職の性質の如何を問わず、職務変更や配置転換に賃金の減額が連動する場合、その措置の有効性は厳格に判断されます。

まず、手続面として、復職者について賃金を減額する場合には、原則として就業規則等の明示の根拠がなければ認められません。
仕事給制度・職務給制度等により職種や職務の変更と賃金減額が連動する旨の明示的な根拠がない限り、賃金の減額は困難であると考えておいてよいでしょう。

特に私傷病休職からの復職時で完治していない場合、担当職務を原職より軽易なものに変更することも多く、会社は担当業務の量・質・責任を軽減することにより賃金も減額してもよいと考えがちです。
しかし、就業規則上の明確な根拠がない限り、一方的な減額は違法な措置として無効となる可能性が高いといえます。

就業規則等の根拠規定がある場合でも、賃金の減額は労働者に大きな不利益を及ぼすことから、裁判上、「その不利益もやむなし」とする程度の高度の必要性や合理性がなければ認められない傾向にあります。
この傾向は大幅な減額になればなるほど強まります。

なお、職務変更などの実質的な業務の変更を伴わず賃金だけを減額することは、原則として休業・休職を理由として賃金の減額を行なったこととなり、合理性が認められないと考えられます。

ただし、時短勤務の場合、現に働かなかった時間について賃金を支払わないことは、「ノーワーク・ノーペイ」の原則にかなうので差し支えありません。

賞与の算定

就業規則上、賞与算定基準のひとつとして、「出勤率」が定められている場合があります。
賞与の算定時に休業・休職期間を欠勤扱いとし、賞与を減額することはできるのでしょうか。

まず、一般的に賞与基準のひとつとして出勤率を用いる規定の有効性については、労働者の出勤率低下防止などの観点から一応の合理性を有すると考えられています。
しかし他方で、これに伴い育児・介護休業や私傷病休職の取得者が多大な不利益を受けることになれば、休業・休職制度の趣旨にはかなわないことになります。

そこで、判例では、労働者の被る不利益の程度・内容等を総合的に勘案して、「権利行使による不就労を欠勤扱いにすることによって、法律上保障された権利の行使を抑制し、これらの権利を法律が保証した趣旨を実質的に失わせるものと認められる場合に限り公序良俗に反して無効になる」と判示しています(日本シェーリング事件、最高裁平成元年12月14日判決/東朋学園事件、最高裁平成15年12月4日判決同旨)。

東朋学園事件では、賞与支給要件について出勤率90%と定められ、出勤率の算定にあたって産前産後休業日数および勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤日数に算入するという取扱いが違法と判断されました(図表3【3】参照)。

出勤率を賞与算定基準とする場合、こうした硬直的な条項では休業・休職者の不利益が大きいため、「出勤率100%~90%の場合全額支給」「90%~70%の場合8割支給」というように段階的な支給要件を設定すると、無効となるリスクを軽減できるでしょう。

判例にみる有効性の判断ポイント

コナミデジタルエンタテインメント事件(東京高裁平成23年12月27日判決)は、ゲームソフトの制作・販売を行なう会社に勤める女性労働者が、育児休業を終えて元の部署に復帰したものの、

  1. 担当業務を海外ライセンス業務から国内ライセンス業務へとより難易度の低いものに変更された
  2. 担当業務の変更を理由として役割グレードと呼ばれる職位をB1からA9へ変更されるとともに役割報酬を減額された
  3. 休業期間中に成果を上げていないとして成果報酬がゼロと査定された

ことにより、結果的に年俸が以前の640万円から520万円に引下げとなった、という事案です。
当該女性労働者は、この措置が人事権の濫用にあたるほか、育児・介護休業法10条等に違反するとして、差額の賃金支払い、不法行為による損害賠償、謝罪などを求めて提訴しました。

第一審(東京地裁平成23年3月17日判決)では、担当業務の変更の必要性と合理性を認めて人事権の濫用にはあたらないとし、役割グレードとこれに連動する役割報酬の引下げについても有効としました。
成果報酬ゼロ査定については、休業前の3か月は実績を上げており、これをゼロとすることは人事権の濫用であり無効としました。
しかし、控訴審(東京高裁平成23年12月27日判決)では、担当業務の変更は有効として維持しながらも、役割グレードおよびこれに伴う役割報酬の一方的な引下げを違法としました。

その理由として、

  1. 変更された役割グレードB1とA9との間には質的な違いがあり、一種の階層的な要素も含まれていること
  2. 役割報酬の引下げは、労働者にとって最も重要な労働条件のひとつである賃金額を不利益に変更するものであるから、就業規則や年俸規程に明示的な根拠もなく、労働者の個別の同意もないまま、使用者の一方的な行為によって行なうことは許されないこと
  3. 本件では役割グレードと役割報酬の連動という明示的根拠が不十分であると考えられること

などが挙げられています。
また、「一般のサラリーマンの場合には、いかに成果報酬の考え方に基づく報酬制度を導入したとはいえ、特段の事情がない限り、前年と同程度の労働を提供することによって同程度の基本的な賃金は確保できるものと期待するのが当然であり、そのような期待を不合理なものであるとはいえない」とも述べて、たとえ担当業務の変更を伴うものでも、大幅な役割報酬の減額は人事権の濫用であるとしました。

さらに、成果報酬をゼロと査定したことはあまりにも硬直的な取扱いといわざるを得ず、育児・介護休業法に関する指針等に照らしても、育児休業等を取得したことを理由とした不利益な取扱いを禁止している趣旨に反する結果となるとしました。

そして、会社としては、たとえば前年度の評価を据え置いたり、同様の役割グレードの平均値を用いるなどして、育児休業等を取得した者の不利益を合理的な範囲で可能な限り回避するための措置をとるべきだったとして、本件の成果報酬の査定を人事権の濫用として違法であると判示しました。

職務変更・減額の際のトラブル防止策

育児休業等や私傷病休職からの復職後に職務変更や賃金の減額を行なう場合は無効となるリスクが潜在することになりますが、これはあくまでも会社の措置として一方的に行なう場合です。

紛争予防の観点からすれば、その必要性を十分に説明・説得し対象従業員の合意を得たうえで、勤務場所、勤務時間、賃金等の労働条件の変更を行なうことが最も好ましいといえます。
このとき合意の成立を後々争われないよう書面化しておくようにしましょう。

また、合意を得られずやむなく一方的な措置を行なう場合に備えて、あらかじめ就業規則に復職後の賃金、配置その他の労働条件に関する事項を定め、これを労働者に周知させるための措置を講じておくことが有効です(図表4参照)。

■図表4 私傷病休職からの復職に関する就業規則の規定例
第○条(復職)
1 休職期間の満了日以前にその事由が消滅した場合は、会社指定の医師の診断書を添付し、会社の承認を得たうえで復職することができる。

2 会社は、休職期間の満了日以前にその事由が消滅したものと認めたときは、復職を命ずる。

3 復職後の職務は、原則として休職前と同一とする。ただし、従前の職務への復帰が困難または不適当と会社が認めた場合は、私傷病の回復の状況その他の事情を勘案して、業務内容、勤務時間等を変更することがある。

4 前項ただし書に基づき、復職時に業務内容の軽減、勤務時間の短縮等の措置を取る場合には、その状況に応じ、降格および賃金の減額等の調整をなすことがある。

当該規定によっても、会社の自由裁量で賃金の減額等を行なうことが許されるわけではなく、あくまで必要性・合理性の範囲内となります。

しかし、就業規則上の明確な根拠に基づく人事として有効となる可能性を高められますし、労働者にとっても復職後の処遇についての予測可能性が生まれ、トラブル自体を防ぐ効果があると思われます。

月刊「企業実務」 2013年11月号
湊信明(弁護士)/野坂真理子(弁護士)

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