間違いのない「退職給付引当金」の計算と会計処理
中小企業も計上が必須就業規則に基づく退職金制度がある会社では、将来の退職金支給に備えて、企業会計上、退職給付引当金の計上が必要となります。
その計算の基本と会計処理のしかたについて解説します。
退職給付引当金を引き当てる意味とは
退職給付会計は、2001年から始まった制度です。
退職金は、将来、受け取るものですが、いま現在の日々の労働により発生しています。
会社は、従業員に対する将来の退職金の支払義務という負債を負っているため、会計上、引当金を計上して、貸借対照表の負債の欄に示すことが必要です(図表1)。
退職給付とは、従業員1人ひとりの将来の退職金受取見込額を算出して、これを一定の率で割り引くことにより、現在価値になおしたものです。
実際の計算では、年金の原資(「年金資産」といいます)を外部に積み立てていれば、そのぶんを将来支払う退職金見込額から差し引くことになります。
言い換えると、退職給付引当金は、年金資産より当期までの退職金見込額が大きいときに、年金の積立不足がどのくらいあるかを表わしています。
ところが、中小企業においては、会計処理上必要だとは認識していても、退職給付引当金を計上していないところが少なくありません。
その主な理由として、計算が複雑で企業内で算出するのがむずかしいということがあります。
また、退職給付引当金は負債に当たります。負債の計上金額が多額になると、企業の財政状態や経営成績に大きな影響を与えます。
たとえば銀行から見た格付けが下がり、借入金利が高くなったり借入自体ができなくなる恐れもあります。
退職金原資の積立手段として企業年金が利用されますが、最近は確定給付型(年金の受取額が固定)の制度から確定拠出型(年金の運用結果により受取額が変動)への移行が増加しています。
退職給付引当金の計上が必要なのは、確定給付型の場合です。
具体的には、厚生年金基金、確定給付企業年金法による企業年金、規約型企業年金等が対象となります。
確定給付と確定拠出の双方のメリットをもつキャッシュバランスプラン(混合型)も、原則として対象となります。
確定拠出型の企業年金であればいったん払い込んでしまえば追加負担が発生しないため、退職給付引当金の対象とはなりません。
なお、退職給付引当金を新たに計上するとなると影響が大きいため、変更時には、一度に負債計上せずに、ある一定の年数にわたって負債計上していく方法が認められています。
これを 「変更時差異」といいます。
退職給付引当金の会計処理
退職給付の会計処理には、「原則法」と「簡便法」があります。
- 原則法…退職給付債務を年金数理計算に基づき算定
- 簡便法…退職給付債務を期末自己都合要支給総額といった簡便な方法で計算
というものです。
「中小企業の会計に関する指針(最終改正平成25年2月22日)」によって、退職給付引当金は、原則として原則法で計算することが明確化されました。
ここではまず、原則法の個別財務諸表のケースについて説明しましょう。
退職給付引当金は、原則、図表2の算式によって計算します。
退職給付債務(PBO)は、退職給付見込額(退職により見込まれる退職給付総額)のうち、当期までに発生した分です。
また、退職給付費用は、当期のその負担増加分です。
図表3がその関係を表わしたものです。
引当金の計上の進め方としては、まず、退職給付見込額を見積もって、勤務費用(退職給付費用の一部)を計算します。
これを見積もるときは、退職率と死亡率、昇給率なども考慮します。
退職給付債務は、国債等の利回りを用いて、割引計算(金利等を踏まえて現在の金額が将来どのくらいの価値になるのかに置きかえること)をします。
このように、退職給付は予測をもとに計算をします。これらの計算基礎となる数字に重要な変動が生じている場合には、変更を検討します。
また、原則法の特徴として、「未認識債務」という概念があります。「未認識債務」とは貸借対照表にまだ計上していない負債です。
退職給付は予測で計算するため、実際額との差異が発生します。この差異を即時に積立不足として貸借対照表に計上すると、会社にとって負担が大きいため、債務計上を遅らせることができます(遅延処理)。
この債務は簿外処理され、一定の期間にわたって費用を通じて徐々に負債計上できます。
「数理計算上の差異」「過去勤務債務」「適用時差異」の3つがあります。
その内容も含めて、退職給付会計で出てくる用語を図表4にまとめたので、参考にしてください。
原則法の具体的な計算例を示したものが図表5です。
退職給付債務は、原則として貸借対照表日(期末日)現在のデータ(給与データや人事データ)を用います。
しかし、計算とデータ収集に時間がかかることから、貸借対照表日前のデータを用いて計算することが可能です。
実際にはこの計算は複雑なため、会計ソフトによって行なうか、保険数理人に委託して処理することになります。
中小企業に認められる簡便法
小規模企業は、簡便な方法(簡便法)で退職給付引当金を計算することができます。
ここでいう小規模企業とは、原則として、退職給付債務の計算対象となる従業員が300人未満の企業です。
簡便法の退職給付の計算式は原則法と同じです。
ただし、原則法の「退職給付費用」の計算でみられた未認識債務を考慮に入れなくても構いません。
つまり、債務の遅延認識はせず、一括で費用処理をすることになります。
簡便法の場合の最も簡単な計算は次のようになります。
- 退職一時金の退職給付債務=期末自己都合要支給額
- 年金制度の退職給付債務=責任準備金の残高
「期末自己都合要支給額」は、期末において、全従業員が自己都合で退職すると仮定した場合に、退職金規程等に従って計算される支給額の合計です。
「責任準備金」は、保険会社等の外部機関による年金財政計算で、外部機関が将来の年金支給のために積み立てている金額です。
年金制度であっても、従業員が一時金を選択することが多い場合は、退職一時金と同様の計算ができます。
年金資産は、原則として、期末日における年金資産の公正な評価額が必要ですが、決算時にあわせて入手するのは困難です。
そのため、直近で入手できた年金資産をもとに、期末日までの拠出額と退職金の支払額、そして、見積運用収益を加減算して計算した金額を用いることも認められています。
会計と税務で異なる点
税務上、退職一時金は実際に退職者に支払いをしたときに全額を損金計上します。
年金制度は積立のために掛金拠出をしたときに損金計上します。
会計上は、退職給付費用が費用計上されます。
損金計上のタイミングはずれますが、スパンを退職金の支払い時までと考えれば、会計上の費用と税務上の損金の額は一致し、税効果会計の対象となります。
中退共の会計処理
中小企業を対象とする、退職金制度を補完する制度として、「中小企業退職金共済制度(中退共)」と「特定退職金共済制度」があります。
これらは、確定拠出型の制度です。
確定拠出型の会計処理は、掛金を拠出した額を、「退職給付費用」などの科目で費用計上します。
費用の相手勘定科目は、「現金」となります(決算整理時は、「未払金勘定」も考えられます)。
退職一時金の一部を中退共から支給する場合は、期末自己都合要支給額から中退共給付額を除いた金額となります。
月刊「企業実務」 2013年11月号
西村光子(公認会計士)