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固定費にまつわる常識と非常識

 

固定費の見直しが必要な理由

税理士として顧客と接しているときに「うちの経費で無駄なものはないですか?」という質問を受けることがあります。

売上数量を増やしたり、売上単価を高めたり、仕入コストを削減することが究極の利益獲得策であることはわかっているものの、その実行は非常に困難です。

毎月支払っている製造原価や販売費・一般管理費のなかに無駄な支出があるなら、削減して少しでも経営状況を改善したいというのは、誰でも考える方向性です。

しかし、大企業と異なり、中小企業にはそれほど無駄な支出はない場合が多いのも確かです。
経営改善が必要だということで銀行などが財務担当の役員を派遣し、むやみにコストカットしたためにその企業の基盤となるノウハウや強みが失われて倒産を早めてしまったという話も聞かれます。

そこで今回は、ただ経費を削減するのではなく、無駄や不効率なものがないかを見直すことも含めての固定費見直しを検討してみましょう。

企業の製造原価や販管費には売上に対して比例的に発生する原価や経費と、売上高とは比例せず固定的に発生する原価や経費があります。前者を変動費と呼び、後者は固定費と呼ばれています。

人件費は、一般的には固定費とされますが、残業手当は変動費と考えることもできます。

派遣社員や期間工の給与は数か月以上の期間での操業度、業務量の変化に対しては変動させることができるので変動費とみることもできます。

完全に変動費なのは、販売商品・製品の出荷に関わる荷造運賃、梱包材料費などです。

反対に本社社屋の賃借料、工場建物や機械の減価償却費、コンピュータやソフトウェアのリース料などは、完全に固定費といえます。少なくとも1~2年内の期間でいえば、固定費となります。

変動費の見直しも検討するに越したことはないのですが、売上高に比例して発生するため、粗利との比較も容易にでき、多くの企業では削減の努力をしています。

それに比べて固定費は、本店を頻繁に移転するわけにもいかず、工場建物や機械は10年以上のスパンでの設備投資であり、一度支出の意思決定がなされると変更が困難であるため、管理しようという意識が向きにくい支出です。
そのために惰性で支払われ続けているものがあるかもしれません。

損益分岐点分析の進め方

固定費の削減にはもうひとつの重要性があります。固定費を削減することで、企業の売上高の変動に対する許容力・抵抗力が増すのです。この関係を説明するのが損益分岐点分析です。

損益分岐点分析では、企業の原価・経費を売上に応じて変動する変動費と変動しない(しにくい)固定費に分けます。

通常の損益計算書は、下図「営業利益の内訳1」のようになっています。

これを変動費と固定費に分けると、下図「営業利益の内訳2」のようになります。

なお、営業外損益も考慮して、経常損益ベースで考える場合もあります。
変動費は、売上高に比例して発生するので、変動費率×売上高で表わすことができ、限界利益は、限界利益率×売上高で表わすことができます。

損益分岐点の利益はちょうどゼロということになるので、次のような式が成立します。

・売上高-変動費率×売上高-固定費=0

少し変形すると、

・(1-変動費率)×売上高=固定費

損益がゼロになる売上高、すなわち損益分岐点売上高は、図表1の式で算定できます。
図表1のグラフでは、横軸で売上高が増えていくに従って、変動費と固定費を加えた総原価が増えていく様子を示しています。

固定費は、売上に関係しないで固定的に発生するので、その上に売上に比例して増えていく変動費が乗って総原価となります。

横軸も縦軸も売上高を取ると、売上高は45度の角度で増えていくので、これと総原価が交差したところが、損益がゼロ、つまり損益分岐点となります。

では、売上高と営業利益は変わらなくても、変動費と固定費の状況が変わるとどうなるかをみてみましょう。その比較が図表2です。

同じ売上高、同じ利益であるにもかかわらず、下のほうが固定費が高くなっている影響で、損益分岐点がより高くなっています。

逆にいえば、景気の変動などで少し売上が落ちても赤字に転落してしまうような環境変化に弱い経営状況であることがわかります。

そこで、固定費を削減したり、支出を売上に応じて可変する変動費に切り替えるような工夫が求められるのです。

意味のある変動費化とは

固定的に発生する原価や費用を変動費にすることで損益分岐点が下がります。

しかし、何でも変動費化すればよいというものではありません。一般的には、使いたいときだけ使うためのコストは、割高になる傾向があります。自動車やパソコンのリースとレンタルを比較してみればわかります。

したがって、たとえば営業車をすべてレンタルにするのは意味がありません。従来、営業車をリースで50台使っていたのであれば、35台に減らし、15台分は必要なときだけレンタカーで調達する、といった使い方が基本となります。
また、本社社屋を売却したうえで、その社屋を賃貸契約で利用し続けるといった取引をみかけることがあります。

一見、減価償却費などの固定費を変動費化した取引のようにみえます。しかし、これは売却によって売却代金を得るという資金調達取引であり、売却益で事業損失等を埋める含み益の実現取引だと考えるべきでしょう。
なぜなら、売却後の本社の賃貸料の支出は、従来の減価償却費等の固定費よりも増えることが多いからです。

また、本社社屋として使い続けるのであれば、月額設定の賃貸料が継続して発生するため、変動費化できていないことになります。

このように、固定費の見直し、変動費化は、もともとの支出の意味や、見直し後の支出の内容を事前に検討しなければ実施すべきではありません。

月刊「企業実務」 2012年8月号
佐久間裕幸(公認会計士・税理士)

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