「書面添付制度」の活用実態と効果をさぐる
新指針摘要から2年税務申告書の作成に際して、一定の書面を添付した場合には、税務調査が省略されることもある「書面添付制度」。新指針が出されてから2年が経過したいま、書面添付制度がどのように運営されているのかまとめました。
書面添付制度とは、税理士法に規定されている制度です。
具体的には、「税理士は、税務申告書を作成した際に、その内容について計算・整理・相談に応じた事項を記載する書面を申告書に添付することができる」(計算事項、審査事項等を記載した書面の添付)という33条の2と、「税務当局は、書面添付されている申告書が提出されている場合には、税務調査を行なう際は、税務調査の連絡(事前通知といいます)をする前に、書面添付を行なった税理士に、その申告内容(具体的には、添付した書面の内容)について意見を聴取(事前通知前の意見聴取制度)をしなければならない」(意見の聴取)という35条から成り立っています。
もともとあった33条の2の「計算事項、審査事項等を記載した書面の添付」に加え、平成13年の税理士法改正により、35条「意見の聴取」が新たに制定されたことで書面添付制度は大きく拡充され、平成14年4月1日からスタートしました。
書面添付制度の発展
新たにスタートした書面添付制度でしたが、その後の書面添付割合は4〜5%程度で推移し、定着した制度とはいえない状況が続きました。
この状況を鑑み、日本税理士会連合会(日税連)は、書面添付制度の普及と定着を促進するため国税庁に対して、書面添付制度の普及・定着に関する要望書を提出しました。
その結果、平成21年4月に国税庁から「書面添付制度の運用に当たっての基本的な考え方及び事務手続等について(事務運営指針)」が公表され、日税連によって、「書面添付作成基準(指針)」が制定されたのです。
現在、税理士はこの国側からの「事務運営指針」と、税理士側からの「指針」の双方を考慮し、書面添付を行なっています。
国税庁の事務運営指針は、書面添付制度の普及と定着を促進するため、書面添付制度の効果をより明確に3点、規定しています(図表1)。
一方、日税連の指針には、国税庁の事務運営指針を受けての「良質な書面」を目指すための具体的な添付書面の作成基準が、各税目ごと、かつ各項目ごとに具体的に示されています。
平成21年4月の指針公表後の添付割合は、0.5%増となっただけで定着したとはいいがたい水準ですが、税理士会や税理士団体などでは書面添付制度を定着させるべく活動を続けている状況です。
書面添付のメリットとデメリット
では次に、書面添付制度のメリットとデメリットをみていきましょう。
メリット
融資を受ける際、優遇される
金融機関から融資を受ける際、金利や返済期間の優遇措置が行なわれるケースがあります。
中小企業の決算書は会計監査を受けていないので、そのままでは信用力が高いとはいえません。
しかし、そこに税理士の添付書面によって一定の保証が加味されると、金融機関もその真実性を考慮して一定の優遇措置を行なうことがあります。
たとえば、あるメガバンクの書面添付ローンでは、0.25%の金利引下げ措置、返済期間の延長、事務手数料無料などの特典があります。
経営助言に活用できる
添付書面には、「顕著な増減事項」という項目があります。
これは、前期に比べて資産や負債の大きく増減したもの、売上や経費項目について著しい変動があったものを列挙し、その理由を記載する項目です。
これにより、経営者も自社の財務内容の変化に気づくことになりますし、税理士側でも企業の税務だけでなく財務状態の変化に留意することになります。
税務調査の省略
税務調査は、何度体験しても煩わしいものです。何より多忙な経営者にとって貴重な時間を割かれるのは最小限にとどめたいものですし、経理担当者の負担も考えれば、税務調査がないに越したことはありません。これは税理士とて同じことです。
申告や書面添付を行なった結果、税務調査が省略されるのであれば、それ以上のメリットはないと考えるのが当然でしょう。
デメリット
企業にとって好ましくない情報も開示されてしまう
書面添付を行なうことで、申告書では把握できない企業の経営内容を記載することになります。この結果、企業にとって好ましくない材料であっても、開示されることになります。
しかし、情報開示、リレーションシップ・バンキングが叫ばれる昨今では、企業側にとってのデメリットはほとんどないと考えてよいでしょう。
その好ましくない材料に対して、どのように処理するかが明確になっていれば、金融機関などに対しても好印象を与えることができます。
事務作業の負担が増える
書面添付を行なう際は、必要となる事務処理のすべてを税理士にまかせることはできません。
書面添付制度に沿った形式で、自社の申告内容の根拠となる書類をきちんと整備しておく必要があります。この事務作業を行なう手間がデメリットといえますが、半面、書類の整備がなされることで、事務の効率化・簡素化が図られるのであれば、これをメリットと解釈できるかもしれません。
税理士にとっても負担が増える
税理士側としても、負担が増えることはデメリットです。しかし、企業側のメリットと顧問先からの信用度アップを考慮すれば、進んで行なうべき制度であるといえるでしょう。
最近では、制度についての知識がある経営者から、書面添付を行なっている事務所かどうかの確認をしたうえでの顧問契約の依頼を受けるケースもあります。
意見聴取の種類と流れ
一般的に世間で認知されている意見聴取とは、「事前通知前の意見聴取」をいいます。
税務署が税務調査を行なう際は、納税者と顧問税理士に税務調査を行なう旨を連絡しますが、この行為を事前通知といいます。
つまり、「事前通知前の意見聴取」とは、税務調査を行なうという前提のもと、事前通知(税務調査を行なう旨の連絡)を行なう前の段階で、税理士に質問をして意見を聞くことです(図表2参照)。
税務署が、事前通知予定日のだいたい1〜2週間前までに、税理士法30条に規定する「税務代理権限証書(いわゆる委任状)」に記載されている税理士に対して、意見聴取を行なう旨を税理士に連絡します。
つまり、「事前通知前の意見聴取」の前提を満たすためには、書類としては税理士法30条に規定される「税務代理権限証書」の提出と税理士法33条の2に規定される「書面」を併せて提出していることが条件になります。
意見聴取は、税理士が税務署に赴いて行なわれますが、税理士が遠隔地に所在していて来署が困難な場合や、申告内容が簡素である場合などは、電話で意見聴取を行なうこともあります。
最近の税務調査の件数のノルマ増を反映してか、添付書面の内容をきちんと網羅・充実させておけば、遠隔地でなくとも電話での意見聴取で済む傾向にあるようです。
この書面添付の制度(つまり意見聴取の制度)は税理士に与えられた権利であるため、経営者の同席は認められていません。あくまで、税理士が意見陳述を行なうことになります。
意見を述べるといっても、実際の意見聴取の場面は、税務職員からの質問に税理士が回答するという形式になります。いわば、経営者の代わりに税務調査に対応するといった具合です。
税理士は、税務署担当者からの質問に回答しますが、場合によっては会計処理の根拠資料を提示して回答を行ないます。税理士側に資料がない場合は、後日その根拠資料を提示します。
税務署からの質問は、税務調査を行なった場合に調べるであろう内容やその根拠資料の確認が主なものです。
したがって、この意見聴取によって確認が十分になされた場合、税務調査が省略されます。
調査が省略される場合には、調査を行なわない旨の連絡の文書(調査省略通知)が税務署から税理士に郵送されます。
反対に、意見聴取の結果、税務調査に移行する必要があると判断された場合は、税務署から納税者(法人)と税理士へ税務調査を行なう旨の連絡(事前通知)がなされ、税務調査へと移行します。
なお、意見聴取が行なわれ、その後に修正申告書が提出されたとしても、国税通則法65条の5の規定により、原則として加算税は課されないこととなっています。これも、書面添付制度のメリットの1つといえるでしょう。
税務調査が省略された事例
私自身、何度か意見聴取に立ち会いましたが、毎月の巡回監査できちんと確認すべき項目を確認し、毎月または四半期での業績を把握し経営者に報告と確認を行ない、申告書には税務署が知りたい情報(売上の増減理由、収益・費用科目の金額の増減理由やその内容などの書面添付の記載内容として規定されている項目)をきちんと記載していれば、意見聴取の場では資料の確認だけとなり、結果として税務調査が不要になると実感しています。
税務調査は、大きく2つの項目に分かれます。
1つ目は、経営者に対する聞き取りです。つまり、企業の状況や特色、売上の計上基準や締め日についての項目、実際のお金の動きや経理の処理手順などです。
添付書面にこれらの項目が漏れなく記載されていれば質問は特にありません。つまり税理士が顧問先企業のこれらの内容を把握できていれば、社長になり代わって税務当局に回答できるのです。
書面添付制度とは税理士にここまで求められる制度であると考えます。
そして2つ目は、書類調査で総勘定元帳を見ながら各種契約書や会社側が作成した棚卸の資料、各種請求書、人件費の源泉徴収簿、その他領収書などと突き合わせをします。
意見聴取の際にも資料の提出を要求されるものは税務調査時の書類調査とまったく同じで、各種契約書、会社が作成した棚卸の資料、各種請求書、人件費の源泉徴収簿、その他領収書などです。
いいかえれば、意見聴取制度は、税務調査の聞き取り部分は添付書面で、書類調査は書類の提出を求めることで、税務署側の知りたい内容をカバーするものです。
添付書面の内容が充実していれば、意見聴取の際に求められるのは原始資料の提出だけとなり、意見聴取の場に持参していればそこで提示し、持参していなければ事務所に戻りファクシミリか郵送で対応するケースがほとんどです。
結果、税務行政の効率化・簡素化が図れることになります。
また最近では、隣接の所轄税務署であったにもかかわらず、電話での意見聴取と人件費の資料(源泉徴収簿)のファクシミリ送信で税務調査が省略となったこともありました。
このとき、私が意見聴取に携わった時間は正味30分ほどです。
制度を利用する際の留意点
添付書面の様式は、財務省令で定められており、計算・整理した内容や相談を受けた内容について項目欄ごとに付帯的に記載する必要があります。
記載スペースには限りがあるため、効率よく記載する必要がある半面、税務調査の際にポイントになりそうな部分など重要な事項についてはくわしく記載する等の配慮が求められます。
添付書面を作成する際のポイントは、以下のとおりです。
- 計算し、整理した主な事項について、どの書類や帳簿に基づいて、どのように確認したのか記載する
- 前年(度)と比較して顕著な増減が見受けられる事項について、どのような理由から増減したのか記載する
- 会計処理方法に変更等があった事項について、どのような理由からどのように変更したのか記載する
- 相談に応じた事項について、どのような相談があり、それに対してどのような指導または確認をしたのか記載する
特に、税務署側が確認したいであろう内容については、重点的に記載する必要があります。業績の顕著な変化やその理由、新たな業務を行なった場合には、その項目や効果、経理内容の変更などが重要です。
また、書面添付を行なう前段階としては、脱税志向や粉飾がないのは当然ですが、経営者の法令遵守の姿勢が好印象を与えます。
「書面添付を行なえば税務調査がなくなる」という短絡的な解釈では、実際に税務調査に至ってしまった際にトラブルが発生する恐れがあります。
書面添付を行なう際は、企業側もこの制度の趣旨をよく理解すると同時に、書面作成にあたって税理士に協力する姿勢が重要となるでしょう。
月刊「企業実務」 2011年6月号
蛭田昭史(税理士)