兼務役員の労働保険料をめぐるQ&A
保険料過払いへの対処など健康保険・厚生年金保険は役員・一般社員とも基本的に同じ取扱いですが、労働保険の場合、役員は対象外。ただし、従業員の身分を有する一定の兼務役員は対象となります。Q&A形式でポイントを解説していきます
兼務役員の労働保険の適用関係
兼務役員とは雇用保険で使う略称で、正式には「使用人兼務役員」といいます。
原則として使用人(労働者)は雇用保険の対象となりますが、役員(取締役等)は対象になり得ません。
ただし、2つの身分を同時に有する(取締役でありながら総務部長や経理部長、工場長等も兼任する)場合、条件次第で雇用保険の対象となる場合があります。
それぞれの身分の定義は図表1のとおりです。
会社法上の委任契約と労働法上の労働契約では、法的構成・責任範囲が異なり、労働保険では、委任契約に基づき、役員(取締役等)に支払われる対価を「報酬額」と呼び、労働契約に基づき使用人(労働者)に支払われる対価を「賃金額」と区別しています。
労働保険(労災保険・雇用保険)の強制加入適用対象は「賃金額」部分のみになるため、役員(取締役等)の「報酬額」部分は適用対象外となります。
したがって、労働者としての身分を有する一定の役員(兼務取締役等)は労働保険の対象となり得ますが、役員の報酬額は保険料徴収の対象にはなりません。
ただし、社会保険(健康保険・厚生年金保険)は役員(取締役等)・使用人(労働者)とも基本的に同じ取扱いをしているために、労働保険よりも広い概念で「報酬」を定義しています。
実務で誤解が生じやすい点をQ&A形式でチェック
Q.雇用保険の対象となることができない役員(取締役等)はどのような役員ですか?
A.次の条件に1つでも該当すると「兼務役員ではない」と判断され、雇用保険の対象にはなりません。
- 労働者としての賃金よりも役員報酬が多い(同額でもならない)
- 労働者的性質が弱い者(肩書だけ部長で実質的には経営者という者)等
- 代表取締役・専務取締役・常務取締役・代表執行役・代表理事・清算人・業務執行役員・常勤監査役・監事などの役職の者
- 同族会社の役員のうち一定の要件を満たした者
Q.兼務役員の届出に必要な書類は何ですか?
A.個別案件ごとに追加資料を求められるケースもありますが、前述した兼務役員の要件をクリアしたうえで図表2の書類を提出しなければなりません。
Q.一般の役員から労働者として工場長に就任して兼務役員になりましたが、兼務役員の届を忘れて2年経過してしまいました。いまから届出をしたら、さかのぼって雇用保険の資格を取得できるでしょうか?
A.可能です。ただし、添付書類は図表2の書類に加えて2年前までの賃金台帳等が必要になるため、かなりの手間と労力がかかると思われます。
ちなみに、労働保険料の徴収に関する時効は2年です。
中小企業で散見される保険料の過払いに注意!
Q.じつは兼務役員だった者がいるのですが、兼務役員の手続きをせずに120万円の給与をすべて使用人(労働者)賃金として計上し、過分な保険料を徴収して納付してきました。いまから役員分の報酬に対する保険料を返還してもらえるでしょうか?
A.役員報酬額と使用人(労働者)分との区別が、明確に過去にさかのぼって書面により立証できるのであれば、保険料の返還請求は可能です。
まず都道府県労働局徴収部適用課で「労働保険料の訂正申告」を行なう必要があります。
時効の関係で最大2年前までであれば返還請求が可能ですが、「保険年度単位」でしか返還されません。
手続きは、「再確定申告用紙」(労働局ごとに呼称は異なります)に記入し、添付書類(該当者の賃金台帳等)を提出し、受理されれば、その時点で時効がストップし、最大2年分の保険料が返還されます。郵送による手続きも可能ですが、「消印日」ではなく「受理日」で判断される点に注意しましょう。
なお、厚生労働省から通達が出ていないため、労働局ごとに返還請求方法は異なります。
詳細は自社を管轄する労働局で確認してください。また、電話で返還請求しただけでは時効は停止しません。
このQのようなパターンは、中小企業で散見されます。
筆者が担当したある会社では、過去10年間で労働保険料を約800万円も過払いしていました。
そこで、時効にかからない2年分について至急、前述した返還の手続きを行ない、約200万円が返還されたのです。
もし、過払いに気づいていなかったら、その後も過分な保険料を払い続けていたと思われます。
兼務役員がいる会社は、過去2年間の年度更新手続きに見落としがないかどうか再確認するとよいでしょう。
Q.兼務役員として雇用保険の被保険者だった者が労働者としての実体を失いました。資格喪失の手続きを教えてください。
A.兼務役員も雇用保険被保険者証は使用人(労働者)と同じ様式を使用します。雇用保険被保険者証に小さく赤字で「兼務役員」という横版が押印され、区別されるだけです。
したがって、資格喪失については一般の被保険者と同じで、資格喪失届を提出するだけです。
なお、届出時のような添付書類は一切不要です。
保険給付の基準や支給限度額はどうなるか
Q.兼務役員の雇用保険給付はどのような基準で決まるのでしょうか?また、支給限度額はどれくらいでしょうか?
A. 雇用保険の支給限度額は、雇用保険法に基づき、毎月勤労統計における平均給与額の上昇や低下に応じて毎年8月1日に見直されます。
水準は年齢別に4階層あり、その階層ごとの賃金水準をもとに失業期間中の生活が保護されるように設定されています。
各上限を超えると保険給付には一切反映されません。
2011年3月1日現在で一番高い階層は45歳以上60歳未満で、金額にして1万5,010円が上限額です(図表3)。
したがって、支払保険料と保険給付に反映される、最大有効かつ適切な使用人(労働者)としての賃金は1万5,010円×30日=45万300円となります。
企業側は賃金額と報酬額のバランスを精査することが保険料削減のポイントです。ただし、賃金額の割合は必ず役員の報酬額よりも多くする必要があります。
以下、事例を使って説明しましょう。
年齢52歳の兼務役員Aが離職した場合、図表3(3)の賃金日額上限額・基本手当日額上限額が自動的に適用になります。
たとえば、給与で労働者分として月120万円を支払っていたとしましょう。
この場合も上限日額制度が適用されますから、基本手当日額の基準は図表3(3)の1万5,010円となり、基本手当日額は1万5,010円の50%の7,505円になります。
1日当り4万円の給与のうち、2万4,990円(=4万円-1万5,010円)分の給与に対する保険料は兼務役員Aの基本手当日額には反映されません。
Q.兼務役員の労災保険給付はどのような基準で決まるのでしょうか?また、最低限度額や最高限度額はどれくらいでしょうか?
A.年金給付額や休業(補償)給付額の算定の基礎となる給付基礎日額(ポイント解説参照)は、厚生労働省が調査する賃金構造基本統計調査の前年の結果に基づいて毎年8月1日に見直されます。
給付基礎日額は受給者の年齢5歳刻み(年齢階層)ごとに12年齢階層に区別されており、最高・最低の限度額が設定されています(図表4)。
労災の休業(補償)給付は、その労災事故により働くことができなくなった労働部分に対しての補償であり、「稼得能力の喪失の補填」としての給付となります。
したがって、年齢階層別の一般的賃金水準を基準として、労災事故に遭った時の年齢の「稼得能力」に応じて給付額が決まる制度です。
労災認定を受けた場合であっても、図表4の年齢階層別の限度額の適用により、年齢52歳の兼務役員Aのケースであれば、1日当り、年齢階層別の最高限度額の2万4,455円が最高額、6,286円が最低額になります。
兼務役員制度では、実務上の誤解や手続きの漏れがあり、企業が知らないばかりに損をしていることも考えられます。年度更新手続きまでに自社の実態を確認しておきましょう。
月刊「企業実務」 2011年4月号
早坂仁一(社会保険労務士・行政書士)