ビジネスで使用する契約書に必須の記載事項のポイント
契約書の基本
注:本稿では、「約束」と「契約」という用語を同じ意味で使用しています。
契約書は、取引を行う当事者の約束事項を書面化したものです。
なぜ書面化するかというと、口約束のみでは、後日、相手方がそのような約束はしなかったはずだなどと言い出して、無用な紛争が起きる懸念が残るからです。
また、口約束のみでは、細かい事項についてまで詰めることが困難です。
契約書を作成する理由については一般的に、以上のように説明されると思いますが、ここではもうひとつ、契約書を作成する理由を追加しておきたいと思います。
それは、裁判になったときに勝訴判決を勝ち取るため、という理由です。
せっかく取引当事者の間で約束が成立して取引が開始されても、その約束が守られなかったのでは意味がありません。
約束を守らない相手方に対しては、約束を実現させるための強制が必要になることがあります。
この強制のためには、基本的には裁判を起こして、その裁判で勝たなければなりません。
そして、裁判に勝つためには、自己の主張が正しいことを裏付ける「証拠」が必要になります。
契約書は、取引当事者の約束事項を直接示すものですから、約束が守られていないと主張して争う裁判において、きわめて重要な証拠となるのです。
したがって、契約書を作成する以上、万が一約束が守られず裁判になった際に、その裁判で証拠として使用して勝訴判決を勝ち取れるものにしなければなりません。
勝訴判決を勝ち取ることができる契約書であるためには、外せないポイントがあります。
以下では、このポイントのうちのいくつかについて、解説したいと思います。
契約当事者に関するポイント
裁判を起こす場合、まず誰を被告とするかを検討します。
結論として、約束を守らない相手方を被告として裁判を起こすのですが、契約書上相手方が不明確であると、この最初の検討段階で苦労することになってしまいます。
契約書では、通常、約束をした契約当事者が署名(記名)押印しますから、契約書上相手方が不明確な場合などないと思われるかもしれません。
しかし、個人と契約を結ぶ場合はさておき、団体を相手に契約を結ぶ場合は注意が必要です。
世の中の団体のなかには、契約当事者になれる団体(基本的にこうした団体を「法人」といい、株式会社などがこれに当たります)のみならず、契約当事者にはなれない団体も存在するのです(たとえば、単なる同好会など)。
契約当事者にはなれない団体と契約を結んで契約書にその団体名を記載してもらっても、その団体を被告として裁判を起こすことはできません。
したがって、ある団体と契約を結んで契約書を作成する場合は、事前に次の点を確認しておく必要があります。
- その団体は契約当事者になることができる団体か。
- その団体が契約当事者にはなれない団体である場合、誰を契約の相手方とするか。
①は、登記によって確認します。
登記されている団体は、原則として法人として認められており、契約当事者となることができます。
また、②については、たとえば、その団体の構成員全員(個々人)を契約の相手方にすることなどが考えられます。
この場合、契約の相手方を明確にするために、その団体の構成員全員に契約書上署名してもらうとよいでしょう。
契約の目的物に関するポイント
売買や賃貸借などでは、契約書上対象となる目的物を特定して明記することが必要です。
「特定」とは、他の物と区別ができ、「これが目的物です」と指をさせるようにするということです。
この特定は、いざという時に、勝訴判決を得て目的物に強制執行をかけるために必要です。
たとえば、売買において、売主が約束を守らず、売買目的物を引き渡してくれないケースを考えてみましょう。
この場合、勝訴判決(目的物の引渡しを命じる判決)が得られれば、その判決に基づいて、執行官(注:強制執行などの事務を行う裁判所職員)が売主からその目的物を取り上げて、買主にこれを引き渡してくれます。
しかし、目的物が明確に特定されていないと、執行官はどれを取り上げればよいのかわからず、こうした強制執行ができません。
そして、強制執行が見込めないようであれば、そもそも裁判において勝訴判決を得ることもできないのです。
したがって、勝訴判決を得て強制執行を可能とするために、契約書上、目的物の特定は欠かせません。
なお、「物」ではなく、「行為」を契約の対象とする請負や委任などでは、契約書上、請負内容や委任事項を特定して明記することが必要です。
肝心な目的物などの特定方法ですが、目的物などの種類によっても異なってくるため、一律に示すことができません。
最近は、契約書のひな形が充実しているので、信頼できるひな形を入手して、特定方法を確認するとよいでしょう。
契約書の作成日に関するポイント
裁判において、事案によっては、契約の効力がいつ発生したかが争いになることがあります。
基本的に、契約の効力は約束の成立した日に発生しますから、約束事項をまとめた契約書の作成日(契約当事者が契約書に署名押印した日)が契約の効力発生日を示すはずです。
しかし、世の中では、契約書の作成日がバックデートされるなどして、実際の契約の効力発生日を示していないというケースも目立ちます。
しかし、契約書の作成日とは別に契約の効力発生日があるとなると、その契約効力発生日はどのような証拠で証明するのでしょうか。
少なくとも、作成日がバックデートされるなどした契約書では、契約の効力発生日を証明することができません。
このように、作成日が人為的に操作された契約書では、契約の効力発生日が争いとなっているような裁判では十分な証拠となりません。
契約書には、必ず実際の作成日を記載しましょう。
契約の効力発生日を契約書作成日よりも将来にしたい、あるいは逆に、契約書作成日よりも過去に遡らせたいという場合は、契約書の作成日を将来や過去にずらすのではなく、契約書に「効力発生日」という規定を設けて、そこに次の文例のような記載をして対応するべきです。
実際に契約書を作成する日が令和3年12月1日であることを想定- 契約の効力発生日を契約書作成日よりも将来(令和4年1月1日)としたい場合
文例:本契約は、令和4年1月1日より効力を生ずる。 - 契約の効力を契約書作成日よりも過去(令和3年11月1日)に遡らせたい場合文例1:本契約は、契約締結日にかかわらず、令和3年11月1日より遡及的に効力を有するものとする。文例2:本基本契約は、令和3年11月1日以降に締結された個別契約に適用するものとする。
契約書上の規定の有効性に関するポイント
取引当事者の約束事項を正確に示す契約書は、裁判において有力な証拠となります。
しかし、そもそも当事者の約束が法律に違反しているようでは、裁判所はその約束を有効と認めてくれず、勝訴判決を勝ち取ることができません。
契約書を作成・チェックする場合には、当事者の約束が違法で無効と判断されないか吟味することが重要ですが、これはかなり難しい作業です。
たとえば売買において、売主と買主が、今回の売買では売主は契約不適合責任を負わないという約束をしたとします。
こうした約束をすることも、一般的には自由であり、有効であると考えられています。
しかし、この売買が建物を対象としたもので、売主が宅建業者であるような場合は、買主である顧客との間でこのような約束をすることは許されず、無効とされてしまいます。
契約には、一般的に「民法」という法律が適用され、この民法は、契約(約束)内容は自由であるという原則を採用しています。
しかし、契約当事者の間に、交渉力・知識量・情報量などの点で格差が認められるような取引類型については、契約自由の原則は修正され、むしろ法律が細かいルールを定めてこれに従うことを求めています。
たとえば、労働契約については労働基準法が、借地や借家の契約については借地借家法が、交渉力などで劣るであろう労働者や借地人・借家人を保護するための細かいルールを定めています。
上記の宅建業者の例では、宅建業法という法律が契約自由の原則を修正して、知識量などで宅建業者よりも劣るであろう顧客を保護するために、宅建業者が契約不適合責任を負わないという約束をすることを禁止しているのです。
どのような取引において契約自由の原則が修正されているかを完全に把握することは難しく、最終的には法律の専門家に相談するのが一番でしょう。
ただ、せめて自分の会社が日常的に行っている取引については、どのような法律が適用になり、どのように契約自由の原則が修正されているかを理解しておくとよいでしょう。
日比谷T&Y法律事務所パートナー弁護士、企業法務・契約実務に精通。
<役職>
東京弁護士会法制委員会商事法制部会部会長
東京弁護士会会社法部副部長
平成28~30年司法試験・司法試験予備試験考査委員(商法)
令和2年司法試験予備試験考査委員(商法)
<著書>
会社役員 法務・税務の原則と例外(編著)
企業のための契約条項有利変更の手引(編著)
民法(債権法)改正の概要と要件事実(共著)など