経営感覚をもった農家を育て「儲かる農業」をめざす異色の農業生産法人(有限会社トップリバー・社長 嶋崎秀樹氏)
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「農業は儲からない産業。補助金で農家を助けるしかない」という“常識”を真っ向から否定して、「儲かる農業」を標榜し、現実に収益を上げて注目を浴びている企業がある。長野県を拠点とするトップリバーだ。創業者の嶋崎秀樹社長は元菓子メーカーの営業で、農業とは無縁だったが、強烈な使命感をもつに至り、経営感覚をもった農業経営者の育成に力を注ぐ。
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「私はマグロと同じで泳ぐのをやめると死んでしまう。だから、走り続けているんです」
長野県御代田町を拠点に農業生産法人を営むトップリバーの嶋崎秀樹社長(51歳)は、このように自身の心境について語る(以下、発言は同氏)。嶋崎社長が走り続けているのは、農業が「儲かる」産業であることを訴え、経営感覚をもった農家を育て、全国に増やしていくためである。
「農業」と「儲かる」は相反するテーマではないかと思う人もいるだろうが、嶋崎社長は「普通の企業のように経営を行なえば十分利益が出る」と言う。
実際、同社は2000年の設立以降、初年度を除き、ずっと単年度黒字を続け、昨年度の売上は12億円に達した。
正社員は35名で、その半数が大卒。3年目以上の社員には年俸350万〜650万円が支払われるが、農業経営を身につけたあと、独立するよう促される。農作業を行なうアルバイト55名は50〜70歳の地元住民で、1人当たり年間100万円程度の収入を得る。農作業に人件費の安い外国人労働者を活用する農家は多いが、同社では一切、採用していない。
同社の正社員には、農家出身者がいない。素人集団から出発した農業生産法人である。嶋崎社長自身が、菓子メーカーの営業マンだった。自社生産の他、農家と契約して栽培を委託している。管理する農地は契約農家の土地を含め約30万坪。そこでレタスやキャベツ、ホウレンソウなどを生産している。
これだけの従業員を雇用し、人件費を支払っても利益が確保できる--農業関係者には理解しがたいかもしれないが、嶋崎社長は「秘訣はあるが、秘密など何もない」と言う。
「努力すれば誰がやっても成果が出る経営でなければ意味がない。農業の仕組みをしっかりと理解する従業員と取引先がいれば利益は必ず出ます」
では、トップリバーが儲かる「秘訣」とは何なのだろうか。
その第一は、農協を通じた卸売市場ではなく、一般事業者を取引先にしていることだ。取引先は現在、50社ほどで、個別に契約栽培・販売を行なっている。ファミリーレストラン、ファストフード、コンビニエンスストア、野菜加工業者などの外食・中食関係が売上の7割を占め、残りはスーパーマーケット、生協などの小売業である。
卸売市場を通すと、売値が変動するので収益は安定しないが、契約栽培・販売では価格を事前に取り決めるので、相場に左右されない。納入数量も決まっているので、計画的に栽培でき、事前に生産コストもわかる。
つまり、従来のどんぶり勘定の農業に企業経営の基本を持ち込んでいるのだ。もちろん、自然が相手であるだけに不測の事態は起きるが、仮に生産量が不足すれば、同社は売値より高くても市場から調達し納入する。嶋崎社長は損しても契約を守り、欠品を出さないことで取引先との信頼関係を築いてきた。
生産が100なら営業に200の力を
秘訣の第二は、自前の農地をもたないこと。農地はすべて農家から遊休農地を借りている。長年放置されたために雑草や灌木が生い茂った土地を掘り起こし、耕してきた。農業機械も中古を手に入れ、ビニールハウスも農家から譲り受けて再利用している。必要なもの以外はコストをかけない。これも一般企業では当たり前のことである。
秘訣の第三は、生産だけでなく「営業」にも力を入れること。嶋崎社長は生産が100の力だと仮定すると、営業・販売には200の力を注ぐという。生産技術はある程度のレベルまでいくと向上しにくくなるが、営業と販売は知恵とアイデア次第で他社と差をつけられる。
トップリバーでは現在、5名の営業担当がおり、顧客と生産者の間をつなぐコーディネーター役を担う。単なる御用聞きではなく、後述するように互いの利益を追求し、話し合いや工夫をするのが営業の役割だ。一方的な要求をする顧客とは取引を中止することもある。
「大半の生産者は営業・販売を農協と市場に頼り切っています。営業と販売を工夫すれば、儲かる農業が実現できるのに関心を向けようとしないのです」
同社は農協や市場に頼らないため、農機や肥料、備品類など農協の指示に従わずに、独自の工夫で合理化を進めている。
レタスの場合、農協に出荷するにはサイズごとに揃え、段ボールにはサイズ別に詰める必要があるため、収穫現場で分別しながら箱詰めする。
しかし、同社ではサイズにこだわらず、同一サイズのコンテナに収めて出荷。分別の必要がないので収穫時間も短縮できる。コンテナは積み上げても野菜を傷つけることがなく、段ボールのように廃棄せず、再利用が可能だ。
生産者と顧客双方のメリットを追求する
もちろん、加工・業務用向けと小売向けに出荷する野菜では自ずとニーズが違う。小売向けの野菜はサイズや形など見た目が重視されるため、同社もそのニーズに対応しているが、業務用であれば取引先もあまりこだわらない。大玉のレタスを納入すれば、効率的に利用でき、捨てる部分も少なく、喜ばれる。
「お客様が捨てる外葉を私たちが代わりに取り除く。その代わりキロ単価を上げてもらえればいい。私たちは生産者とお客様が互いにメリットになる工夫を日々、積み重ねているのです」
卸売市場でもサイズや形など一律の規格を求められるため、農家はムダな労力やコストを強いられるが、同社はそれぞれの取引先のニーズに応じることで、コストダウンを実現している。ただ、取引先のニーズに応えるためには、逆にコストがかかることも敢えて行なうという。
たとえば、生協向けには減農薬、除草剤不使用で割高な「エコレタス」を納めているが、ある年、長雨で出荷前のエコレタスが大量に傷み、欠品を出してしまった。当時、エコレタスはレタス出荷量の1割ほどしか生産していなかったためだ。そこで、翌年以降はすべてをエコレタスに切り替えた。嶋崎社長は契約農家にも1軒1軒頭を下げ、切り替えてもらった。その結果、安全なエコレタスを欲する他の業者から注文が舞い込んで取引量が増え、同社と契約農家の利益率が上がったという。
08年には食の安全や環境保全に取り組む農場が認証される「JGAP(日本版適正農業規範)」を長野県で初めて取得した。JGAPは、農薬や肥料、水の管理、生産者の労働安全など全部で120項目以上の基準が定められており、第三者機関によって審査され、認証される。
嶋崎社長は、取引を拡大する中で、生産量が増えても農薬などから生産者の安全を守りたいという思いから認証取得に取り組んだ。結果的にJGAPの認証取得によって、新規取引先の拡大につながったという。
嶋崎社長が儲かる農業を追求しているのは、収益を上げられる農業経営者を育成するためだ。自らがモデルを作ることで、新規の就農者を増やし、将来が危ぶまれる日本の農業を救いたいという思いがある。
「ただ、就農者といっても“農業”と“農”を分けないといけません。自然や農作業の好きな人はいわば趣味的な〝農〞だが、私が育てたい就農者は“農業経営”のできる経営者なのです」
単なる利益追求だけでも農業はできない。嶋崎社長は、食を供給する農業に誇りと情熱をもつ人や企業を求めている。
「ある居酒屋チェーンが自社で農業を手がけたいと当社の手法を見学に来たのですが、残念ながら農業への理解が浅く、ただ当方を利用したいだけだと感じました。産地を育成する姿勢も示さず、企業側の論理を振りかざすだけでは農業に参入してもうまくいかないし、当社も取引をお断りしています」
同社には毎年、60〜70名の入社希望者が訪れるが、優雅な田舎暮らしを期待するような人は通用しないという。同社の採用方式は独特で、まず7日間の短期研修を経て、それでもやる気があれば、3〜6か月の日給つき長期研修を受け、正社員となるのだが、その数は入社希望者の10分の1以下だ。厳しい労働に耐えられないこともあるだろうが、先述したように同社では定年まで勤めるのではなく、入社5〜6年目で独立を求められる。独立心の欠けた人ではついていけないのである。
そのため、正社員を「研修生」と呼ぶ。農業経営を学び、独立農家として送り出すことがトップリバーのもう一つの本業だ。
すでに13名が独立し、鹿児島に拠点を置いた28歳の青年は営業センスもよく、8億円を超える年商を上げている。
「彼のような農家が日本各地に育ち、大規模農業を展開すれば日本の農業を再建できます。わが社のような人材育成機能をもつ組織を全国に広めたいのです。ノウハウは包み隠さず公開するので、フランチャイズではなく、独自の組織を運営してほしい。そのために、私はいま走り続けているのです」
農作業が好きな人でなく農業経営者を育てたい
これほどまでに農業に肩入れする嶋崎社長だが、もともと農業とは何の縁もなかった。菓子メーカーの営業マンとして首都圏のスーパーを回り、トップセールスマンになったこともある。先輩にも恵まれ、充実したサラリーマン生活を送っていた。しかし、会社は成果ばかりを求める体質で、敬愛する先輩たちが次々と会社を辞めていくと、次第に嫌気が差し、退職を決意。夫人の実家が御代田町で佐久青果出荷組合という市場に売る産地業者を経営していたため、88年に入社し、家業を手伝うようになった。
ところが、義父は昔ながらのやり方を続けており、ほぼ儲けはなく、実態は赤字経営だった。危機感をもった嶋崎社長は消費者に直接売るため、農家に指定の注文数を指定の出荷日に用意するよう懇請したが、「そんなことはできない」「天候次第だ」と相手にされなかった。
そのうち、義父と激しく対立するようになり、「そこまで言うなら好きなようにやってみろ」と言われ、93年に嶋崎社長が出荷組合を買い取った。
嶋崎社長は少しずつ外食産業などとの契約販売を広め、農家との契約栽培を増やしたが、肝心の生産が追いつかなかった。それならば、自ら作るしかないと2000年にトップリバーを設立したのである。
初年度は近隣の農家の子弟を集めて取り組んだが、計画収量には達しなかった。社員たちもやる気がなかった。そこで、2年目から農業を志す都会の若者を集め、見よう見まねで始めたら、初年度より成果が上がった。
「3年目に入社した4名がとても熱心で、気持ちのいい連中だったんですよ。彼らは朝早くから夜遅くまで働き、近隣農家に平気で生産技術の教えを請いに行く。すると、農家も親切に教えてくれる。彼らの姿を見て感激し、一人前の農業経営者に育てることが私の使命だと思うようになりました」
素人集団であるがゆえに固定観念がなく、嶋崎社長の立てる生産計画や工夫、アイデアに次々と取り組み、同社は順調に売上を拡大してきた。
いまでは、嶋崎社長は生産も営業もほぼ部下に任せて、自らは農業経営者育成のために講演などで全国を飛び回り、複数の市町村と提携して、研修生を受け入れ、教育もしている。
なぜそれほどまでの使命感を抱いたのかと尋ねると、意外なことに「14年前から人工透析を受けているのです」と言う。
「そう長生きはできないことはわかっているので、焦りがあるし、若い人たちがわが子のようにかわいい。人を育てるのが、やはり私の仕事なんです」
儲かる農業の「儲け」の最大の秘訣とは、実は人づくりにあるのだろう。
嶋崎社長は取材の最後に、「少しでも農業に関心をもった経営者の方が手を挙げてくれれば相談に乗るし、喜んで会いに行きます」と語った。
月刊「ニュートップL.」 2011年10月号
吉村克己(ルポライター)
掲載内容は取材当時のものです。
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